第6話 零戦と対空火器

 「祥鳳」五号機から空母二隻を含む新たなる敵機動部隊発見との報告が送られてきた時、伊澤艦長は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 これまでの一連の防空戦闘で、零戦が決して無敵あるいは万能の存在ではないということを思い知らされていたからだ。


 それとともに、お粗末と言ってもいいくらいの帝国海軍艦艇の対空砲火の命中率の低さもまた衝撃的だった。

 伊澤艦長が見たところ、高角砲や機銃といった対空火器はそのほとんどが米機に対して効果をあげていない。

 むしろ味方の対空砲火は零戦のほうこそをせっせと撃墜しているように思えてならなかった。

 このようなひどい有り様に伊澤艦長は、もしMO作戦が予定通り実施されていれば「祥鳳」はどうなっていたことかと今さらながらに恐怖する。

 だからこそ、聞かずにはいられなかった。


 「発見された米機動部隊は空母二隻を基幹としたものが二群、合わせて四隻だ。一航艦はこれまでミッドウェー基地から発進したと思しき航空機の攻撃はなんとか撃退した。しかし、次にこちらにやってくるのは間違いなく米空母の艦上機だ。

 狭い飛行甲板に離発着出来る彼らの技量はこれまでに襲いかかってきた連中よりも一枚も二枚も上手をいくだろう。そんな連中を相手に現有戦力でしのぎ切れると思うか?」


 すでに現実に意識を切り替えている伊澤艦長が飛行長に直截に問いかける。

 素人が見ても分かるであろう一航艦の稚拙な防空戦闘、それを目の当たりにした専門家の意見を是非聞いておきたかった。


 「発見された空母は『レキシントン』と後は三隻の『ヨークタウン』級と思われます。仮にこれら四艦が『加賀』あるいは『翔鶴』型と同程度の艦上機を持っていると想定すればその数は三〇〇機に及びます。

 搭載機の比率は分かりませんが、便宜上戦闘機と急降下爆撃機、それに雷撃機を等分に搭載していると仮定してそれぞれ一〇〇機。戦闘機の半数を直掩に残すとして、そうなると攻撃に出せるのは二五〇機となります」


 ここで飛行長はいったん言葉を区切る。

 なにやら脳内で思案あるいは計算しているような飛行長に、だがしかし伊澤艦長は急かすような真似はせず次の言葉を待つ。


 「これまでの対空戦闘で『祥鳳』戦闘機隊は一八機あった零戦のうち一機を失い、さらに三機が即時再使用不可の損害を被っています。もし仮に他の五隻の空母の零戦隊も同程度の被害だとすれば、現在直掩隊で稼働状態にある零戦は一航艦全体で三七機程度にしか過ぎません。これらに第一次攻撃から戻ってきた零戦の中で使用可能なものを加えたとしてもおそらく六〇機には届かないでしょう。

 ですので、敵が二波に分かれて攻撃を仕掛けてくれば第一波は対応可能ですが第二波のほうは空母の損害無しで乗り切ることは極めて困難でしょう。一方、二五〇機がまとまって来た場合は、これはもう完全にお手上げですね」


 一航艦の防空戦闘の現状については、敵機の撃退のその九割以上を零戦の働きに依存しているのが現実だ。

 護衛艦艇や空母に装備された高角砲や機銃といった対空火器は悲しいほどに成果をあげていない。


 「艦長がこのようなことを部下に聞くのはどうかとは思うのだが、それでも敢えて聞いておきたい。飛行長は今後について『祥鳳』はどう動くべきだと考える?」


 伊澤艦長の問いかけに飛行長は内心で安堵のため息をつく。

 虚勢や見栄を張って、つまりはやせ我慢をして部下や専門家に尋ねるべき事柄を尋ねない、あるいは分かったようなつもりになって頓珍漢な命令を出す。

 そういった連中のことを思えば、伊澤艦長の態度は一〇〇倍は好ましい。

 だからこそ、飛行長もまた胸襟を開くことが出来るし、言いにくいことも言える。


 「もし、米艦上機の攻撃を受けた場合は『祥鳳』は回避運動をしつつ他の空母から距離を置くべきだと考えます。六隻もの空母が団子になった状態で空襲を受ければ、下手をすれば一網打尽にされかねません。この場での空母の分散配備は現実的ではありませんが、それでも少しばかり距離をおくことで一度にまとめてやられてしまう危険を少しは減じることが出来ます」


 そう訴える飛行長に、伊澤艦長は胸中で安堵のため息を漏らす。

 戦力の小さな小型空母の艦長を務めているがゆえに今後の成り行きに悲観的あるいは彼我の戦力差に神経質になり過ぎていたのかもしれないと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 信頼できる部下との意見の一致は伊澤艦長に少しばかりの安心感と余裕のようなものをもたらした。

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