第5話 殊勲甲

 「どうやら、これでひとまずは敵の攻撃をしのげたようですな」


 いかにも人心地ついたような草鹿参謀長の声に第一航空艦隊司令部幕僚の誰もが同感だとばかりに安堵の笑みを見せる。

 「祥鳳」四号機より敵機動部隊発見の報が入ると同時に南雲長官は指揮下にある五隻の空母から第二次攻撃隊を発進させた。


 一航戦の「赤城」と「加賀」から零戦一二機に九七艦攻四五機。

 二航戦の「飛龍」と「蒼龍」から零戦一二機に九九艦爆三六機。

 五航戦の「翔鶴」から零戦六機に九九艦爆二七機。


 合わせて一三八機からなる第二次攻撃隊が発進した直後、だがしかし一航艦は米機からの断続的な攻撃を受けた。

 最初に二〇機近いSBDドーントレス急降下爆撃機が襲いかかってきた。

 これらのうち半数は零戦によって撃墜されたが、残る半数は「飛龍」と「蒼龍」を爆撃する。

 幸い敵機の数が少なかったことで両艦ともに回避に成功、被害は無かった。


 その直後には同じく二〇機近いB17重爆による空襲を受ける。

 「赤城」と「飛龍」、それに「蒼龍」が狙われたが、高空からの水平爆撃だったことで回避も容易だったことから被害はほとんど無かった。

 しかし、一方で零戦もまたB17に一矢も報いることが出来ず、全機を取り逃がすという無様を演じている。

 この後、さらに一〇機あまりのSB2Uビンディケーター爆撃機も襲撃してきたが、こちらは零戦の奮闘で爆撃前に撃退することが出来た。


 「これまで四発重爆や双発爆撃機、それに急降下爆撃機や雷撃機などから断続的に空襲を受けましたが、幸い直撃弾を食らった艦は一隻もなく、被害は至近弾によるものだけです。いずれの艦も航行ならびに戦闘力については問題ありません」


 航空参謀の吉岡少佐の報告に南雲長官もほっとした様子でうなずく。


 「『祥鳳』の投入は正解だったようですな。一航艦の中には回転整合が済んでいない同艦の同道を不安視する者もいましたが、しかし今のところ大きな問題は起きておりません。それどころか、敵艦隊を発見したうえに迎撃戦でも多大なる貢献をしてくれました。

 もし『祥鳳』の零戦が無ければ戦力不足によってあるいは何隻かは被害を受けていたかもしれません。まさに殊勲甲の働きです」


 「参謀長の言う通りだな。『祥鳳』四号機の報告が無ければ、かなりの確率で私は爆装転換命令を出していたはずだ。あるいは雷爆転装中に被弾して空母を何隻も失うようなことになっていたかもしれん。

 もし、そうなっていれば敵機動部隊を眼前にして雷爆転装をやらかした愚かな指揮官として後世の笑い者になっていただろう」


 喜色を含んだ草鹿参謀長の声に、だがしかし南雲長官は少しばかり苦いものを含んだ笑みを返す。

 実際、南雲長官は第一次攻撃隊指揮官から「第二次攻撃の要あり」の連絡を受けた際に九分九厘雷爆転装に気持ちが動いていたのだ。

 その蹉跌に突き進もうとしていた自分を「祥鳳」四号機が救ってくれた。


 「参謀長が言っていた多目的空母あるいは多用途空母を意味する『マルチ祥鳳』とはまさにこのことだな。索敵に防空に、ほんとうによくやってくれている。

 小型空母が参入したところで焼け石に水程度にしか思っていなかった自身の不明を反省せねばならん」


 しみじみとそう語る南雲長官だったが、その会話もすぐに打ち切られる。

 「祥鳳」五号機が新たなる敵機動部隊を発見したとの報が飛び込んできたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る