第4話 索敵入魂

 伊澤艦長は索敵に出る二七人の九七艦攻搭乗員らに対し、敵機動部隊がミッドウェー近傍海域にすでに進出しているという前提で任務にあたってもらいたいと強い口調で訓示していた。

 攻略部隊の第二水雷戦隊が前日からB17やカタリナ飛行艇と思われる機体から攻撃を受けているし、そのうえ第一航空艦隊もまた米機によってその存在を暴露している。

 すでにこちらは強襲以外に取り得る選択肢が無くなってしまった一方で、米機動部隊のほうはいまだにその所在が不明だから、つまりは奇襲が可能だということだ。

 帝都空襲を成功させるなど大胆不敵なうえに神出鬼没、そのうえ機を見るに敏な米機動部隊が今何をしているのか。

 少なくとも訓練に励んだり整備に勤しんだりしていることはあり得ない。


 米機動部隊の居場所がまったく分からない中で、それでも慢心で緩み切っている一航艦司令部の面々を伊澤艦長は言葉にこそ出さないが内心苦々しく思っている。

 米機動部隊がそんな一航艦の側背を、油断を突いてくる可能性は決して小さくはないのだ。

 そのようなことを、伊澤艦長はオブラートに包んで二七人の搭乗員に伝えていた。


 それと、伊澤艦長は言葉にこそ出さないものの、MO作戦以降から海軍上層部に対する不信の念が強くなっている。

 先月、中止となったポートモレスビー攻略作戦において伊澤艦長は第四艦隊司令部に対し、戦力が貧弱な「祥鳳」を五航戦に組み込むよう要望したが却下された。

 そのうえ輸送船団にベタ付きの、つまりは掣肘だらけのバカげたやり方による護衛まで命令された。

 もし、「瑞鶴」が故障せずにそのままMO作戦が実行に移されていれば、あるいは無謀な命令にがんじがらめにされた「祥鳳」は撃沈の憂き目にあっていたかもしれない。

 そう思わせるほどのひどい作戦指導だった。


 第四艦隊司令部の軛を逃れ、一航艦の下で働くことになった「祥鳳」だが、状況はさほど好転したわけではなかった。

 一航艦司令部もまた第四艦隊司令部に勝るとも劣らないアレな集団だったからだ。

 戦力不足には敏感なくせに、一方で索敵にはさほど注力していないように思える一航艦上層部がミッドウェー近傍海域に敵機動部隊がいないと判断しているのであれば、それはかなりの確率で敵は潜んでいるということだ。

 少なくとも伊澤艦長はそう考える。

 たいへん失礼な逆張りだが、これが意外によく当たる。

 それに、敵情を知る努力を怠る者、あるいは根拠無き楽観論に走る者はかなりの高確率で敵の陥穽にひっかかる。

 だからこそ、索敵に出る艦攻搭乗員たちには定められた索敵高度を遵守すること、そして何かあった際には断片情報でも構わないから速やかに一報を入れることを念押ししておいた。


 その一航艦は現在、艦隊が創設されて以来の混乱の渦中にある。

 合わせて一〇機ほどの単発機と双発機が低空から雷撃を仕掛けてきたのだ。

 艦隊上空にあった二一機の零戦がこれに立ち向かう。

 だが、滞空していたすべての零戦が低空の敵機に向けて殺到したために中高空ががら空きになる。

 それをカバーすべく「祥鳳」から即応待機の六機の零戦が緊急発進、低空域の乱戦は無視してぐんぐん高度を上げていく。

 索敵に出した「祥鳳」四号機から敵艦隊発見の報が飛び込んできたのはそんな時だった。


 「空母二隻を中心とする機動部隊発見、ミッドウェーよりの方位一〇度、二四〇浬」


 予想外に近い距離だった。

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