ガダルカナル

第12話 建制化

 本土に戻り、閉塞された軍艦から解放された途端、伊澤艦長の耳に虚実入り混じった噂話が次々に飛び込んでくる。


 ミッドウェー海戦の折、第三次攻撃隊を出すか出さないかで第一航空艦隊司令部と第二航空戦隊司令官の山口少将との間で激論があった。

 山口司令官は二航戦の手練れ搭乗員たちであれば、たとえ少数機であったとしても残る二隻の米空母を撃破することが可能だと言って戦闘継続を訴えた。

 だが、草鹿参謀長をはじめとした一航艦の参謀たちは友軍艦上機隊の消耗が激しいこと、それにミッドウェーの飛行場が健在な中での深追いはあまりにも危険が大きすぎるとして同司令官の具申に反対した。

 結局、南雲長官が参謀らの意見に与したことで、第三次攻撃は沙汰止みとなったのだそうだ。


 それと、連合艦隊旗艦の「大和」がミッドウェー近傍海域で米機動部隊が蠢動している兆候を作戦開始前に察知しながら、しかしそれを一航艦に伝達しなかったという噂も伊澤艦長は耳にしている。

 MI作戦後にそのことを知った一航艦司令部や二航戦司令部がその件で珍しく連合艦隊司令部に嚙みついたというのだ。

 その噂については、山口司令官が情報伝達をせき止めた黒島参謀をタコ殴りにしたなどといった胡乱なものまで含まれていたが、しかしさすがに伊澤艦長もそれについては信用していない。

 少佐が大尉に手を上げるのならともかく、少将が大佐をしかもタコ殴りにするなどあり得ないしあっていい話ではない。


 ただ、伊澤艦長としても一航艦司令部や山口司令官の気持ちはとてもよく理解出来た。

 中止になったMO作戦にせよ中途半端に終わったMI作戦にせよ、これまでの連合艦隊司令部の戦争指導には首をひねらざるを得ないことがあまりにも多すぎた。

 特にMI作戦では「龍驤」や「隼鷹」それに「瑞鳳」や「鳳翔」といった他の空母に別任務を与えて戦力を分散させたこと、それに機動部隊の遥か後方に戦艦部隊を配置したことなどはどう考えても納得できるものではなかった。


 だが、今では連合艦隊司令部も一航艦司令部もこれまでの傲慢ともいえる空気は雲散霧消している。

 米機動部隊が想像以上に手強かったこと、それになにより現状において日米機動部隊の戦力比が明らかに日本側不利となってしまったことが大きい。


 ミッドウェー海戦が終わってから帝国海軍は敵信傍受や捕虜からの尋問によって同海戦で撃沈したのが「レキシントン」と「ヨークタウン」であることを突き止めていた。

 また、時を同じくして「サラトガ」がすでに完全復活し、そのうえ「ワスプ」が太平洋に回航されつつあることもつかんでいる。


 一方、日本側は「翔鶴」と「赤城」がミッドウェー海戦で被った損傷を修理している最中だ。

 しかし、両艦は戦線復帰までには三カ月程度かかると見込まれ、さらに機関故障の「瑞鶴」も復旧にはまだしばらくの時間が必要だった。

 不幸中の幸いだったのは「レンジャー」がいまだ大西洋にあることだ。

 このことで、太平洋に展開している米空母は最大でも四隻までということが分かっている。


 それでも、最低でも三〇〇機以上と予想される米機動部隊に対し、現在の帝国海軍が投入出来る戦力は「飛龍」と「蒼龍」の二隻の中型空母と、あとは「龍驤」と「隼鷹」それに「瑞鳳」と「祥鳳」といった小型空母あるいは改造空母しかなく、その搭載機数は二五〇機足らずでしかない。

 他にも「鳳翔」や「大鷹」があるが、しかしこちらは古すぎたりあるいは脚が遅すぎたりして、艦隊決戦に使うには難が有り過ぎた。

 いずれにせよ、大型空母を擁する一航戦と五航戦の抜けた穴はあまりにも大きすぎた。


 それと、こちらが「レキシントン」と「ヨークタウン」を撃沈したことを知ったのと同様、米国もまた「加賀」の沈没それに「赤城」ならびに「翔鶴」と「瑞鶴」が修理中であることを承知しているはずだ。

 それゆえに、彼らが仕掛けてくるとすればこれら三隻の大型空母が修理を終えるまでの間が最もその可能性が高い。

 「赤城」や「翔鶴」それに「瑞鶴」が戦線に復帰すれば今度は米機動部隊の方が劣勢となるからだ。


 逆に言えば、米機動部隊にとっての攻め時はまさに今ということでもある。

 軍令部や連合艦隊司令部では米軍が次に狙う場所として可能性が高いのはウェーク島あるいはマーシャルあたりではないかと予想している。

 ただ、機動部隊による帝都空襲を敢行した実績もあることからラバウルやトラックもまたその警戒対象に含めている。


 いずれにせよ帝国海軍にとって機動部隊の立て直しは急務だ。

 洋上航空戦こそが艦隊決戦の死命を決すると分かったこと、それになにより米機動部隊に対抗するためにもその停滞は許されない。

 そのことで、帝国海軍は第一航空艦隊を解隊し第三艦隊を新たに編組する。

 第三艦隊は旧一航艦司令部が願ってやまなかった建制化された機動部隊だった。

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