インド洋の戦い
第29話 二線級空母
開戦以来、長らく「祥鳳」の艦長を務めた伊澤大佐は内地勤務となった。
もちろん栄転だ。
ミッドウェー海戦では敵機動部隊を発見するという殊勲を挙げ、第二次ソロモン海戦では囮あるいはもっと言えば餌となり、珊瑚海海戦では正規空母の弾避けという最悪極まりない任務を、だがしかし「祥鳳」をまったく傷つけることなく持ち帰ったのだ。
信賞必罰の原則を考えれば、彼の貢献に応じたポストを用意するのは海軍人事では至極当然のことだった。
後任の艦長には伊澤大佐の二期下で軽巡「川内」艦長の森下大佐がこれにあたることになった。
森下大佐は航空戦の専門家ではないものの、一方で操艦の名手として知られ、敵に真っ先に狙われる空母の乗組員にとっては実に心強い艦長として歓迎された。
その森下艦長は第三艦隊司令部で次期作戦の説明を受けていた。
「連合艦隊がインド洋に矛先を向ける理由や意義は理解出来るのですが、しかしこう言ってはなんですが、空母に関してはずいぶんと寄せ集め感がしてなりません」
森下艦長は手渡された編成表を眺めつつ、眼前の第三艦隊参謀長の山田少将に正直な感想を吐露する。
第三艦隊
甲部隊
「隼鷹」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻九)
「飛鷹」(零戦二一、九九艦爆一八、九七艦攻九)
「龍驤」(零戦二七、九七艦攻六)
重巡「利根」
軽巡「長良」
駆逐艦「秋月」「黒潮」「親潮」「早潮」
乙部隊
「祥鳳」(零戦一八、九七艦攻九)
「瑞鳳」(零戦一八、九七艦攻九)
「龍鳳」(零戦一八、九七艦攻六)
重巡「筑摩」
駆逐艦「照月」「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」
第二艦隊
戦艦「武蔵」「大和」「長門」「陸奥」
重巡「高雄」「愛宕」「妙高」「羽黒」
軽巡「阿賀野」
駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「谷風」「浜風」「萩風」「舞風」「嵐」「野分」
「空母についてはそう思われるのも仕方がありません。ですが、戦力の大きな『赤城』と『翔鶴』それに『瑞鶴』はいまだ修理中ですし、修理を終えた『飛龍』と『蒼龍』は現在は航空隊の錬成中とあってこちらも使うことが出来ません。
それと、歴戦の『祥鳳』と違い『飛鷹』と『龍鳳』はいまだ実戦経験が無いので来るべき太平洋艦隊との決戦までの腕慣らしという意味もあります」
淀みなく答える山田参謀長に森下艦長は質問を重ねる。
「戦闘機が充実しているのはいいのですが、しかし艦爆や艦攻といった対艦打撃能力を持った機体が少なすぎませんか。これだと、実際に攻撃に使えるのは『隼鷹』と『飛鷹』に搭載された三六機の艦爆と一八機の艦攻だけしか無いでしょう」
「今回については『龍驤』と『龍鳳』の九七艦攻にも対艦攻撃の任を負ってもらうことにしています。『龍鳳』は魚雷を搭載できますし、『龍驤』に至っては小ぶりながらも魚雷調整室を持っている。両艦ともに六機ずつと少数ですが、それでも英艦隊が相手であればそれなりに有力な打撃戦力になるはずです」
「そうなると、『祥鳳』の役どころとしてはミッドウェー海戦と同様に索敵と防空ですか」
「そうなります。『祥鳳』は第二次ソロモン海戦では囮、珊瑚海海戦では弾避けと厳しい任務が続きましたが、今回は索敵に対潜哨戒、それに艦隊防空といった『マルチ祥鳳』の名に違わない働きを求められています」
艦長が交代したためか、あっさりと囮や弾避けといった言葉を吐く山田参謀長に森下艦長は苦笑するしかない。
前任の伊澤艦長がこれを聞いたらどんな反応を見せるのだろうか。
まあ、簡単に想像はつくが。
しかし、今はそんな余計なことを考えている場合ではない。
「今回のインド洋への進攻は第三段作戦の流れにそったものでしょうか」
「その通りです。第三段作戦の本旨は長期持久態勢の確立。つまりは攻勢よりも防御なのですが、一方で機会があれば敵戦力の減殺も謳われています。
今回はその趣旨に沿った、つまりは西の脅威を積極排除することが主目的と言ってもいいでしょう。それと、連合艦隊は英艦隊を撃滅する副産物として実戦経験を積むことによる艦隊の術力向上も狙っています」
「つまりは、英艦隊をかませ犬にして友軍将兵を鍛えようというわけですか。東洋艦隊の将兵が聞いたら激怒しそうですな」
森下艦長の言葉に山田参謀長は苦笑するとともに、別の理由を付け加える。
「あとは戦艦部隊の機嫌取りですな。ミッドウェー海戦では戦艦部隊も遠征しましたが、結局は出番無しに終わった。鉄砲屋のストレスも無視できないほどに膨れ上がっていると聞いています。もし可能であれば『大和』や『武蔵』それに『長門』や『陸奥』に英戦艦との砲撃戦の機会を設けてやりたいと上層部は考えているようです」
あるいは、今回の作戦ですべての空母を二線級で揃えたのも、実のところは東洋艦隊をおびき寄せるための罠かもしれない。
そうなると、「祥鳳」はまたしても餌あるいは囮として使われたことになるのだが、しかしそのことを森下艦長は指摘せずにおいた。
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