第28話 MO作戦中止

 「祥鳳」と「龍驤」の飛行甲板はてんやわんやの大騒ぎだった。

 二波に分けて一八〇機を出撃させた「赤城」と「翔鶴」それに「瑞鶴」がSBDドーントレス急降下爆撃機の猛攻によって被弾、そのいずれもが飛行甲板を盛大に破壊されて艦上機の離発着能力を奪われてしまったからだ。

 母艦に戻ることが出来ないのであれば、第一次攻撃と第二次攻撃に参加した機体はいまだ無傷を保っている「祥鳳」か「龍驤」に着艦するしかない。


 不幸中の幸いだったのは、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊の帰投時間に相当なラグがあったことだ。

 もし、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊の機体が同時に帰投していれば、短時間にそれらの収容を捌ききることは出来ず、かなりの機体が不時着水を余儀なくされていたことだろう。


 「『祥鳳』に六九機、『龍驤』には五六機が着艦しました」


 帰投してきた艦上機の数をカウントさせていた部下からの報告に、伊澤艦長は第一次攻撃隊と第二次攻撃隊が極めて厳しい戦いを強いられたことを理解する。

 熟練で固めた攻撃隊だったのにもかかわらず、全体の三割を超える未帰還機を出してしまったのだ。

 失われた搭乗員は一〇〇人どころでは済まないだろう。


 機体も同様だ。

 「祥鳳」は収容した機体のうち、無傷なものは格納庫に収容したが、そのようなものは極めて少数であり、ほとんどの機体を海中投棄、いわゆるレッコー処分としている。

 「龍驤」もまた、似たような状況だろう。


 「近藤長官は追撃をかけるつもりなのでしょうか」


 飛行長が吐いた疑問は伊澤艦長が抱くものと同じだ。

 今追撃をかければ、被雷して速度が衰えた「サラトガ」を捕捉することは十分に可能だ。

 第二艦隊は四隻の「金剛」型戦艦に八隻の重巡洋艦、それに一個水雷戦隊を擁する極めて有力な艦隊だし、そのいずれもが三〇ノット以上を発揮できる韋駄天で固めている。

 しかし、米機動部隊の水上打撃戦力はさらに強大だ。


 索敵機の報告を信じるのであれば、新型戦艦が二隻乃至三隻に巡洋艦が一〇隻ほど、さらに二〇隻近い駆逐艦が付き従っているとのことだから総合戦力では明らかに第二艦隊を上回る。

 なんにせよ、「サラトガ」を撃沈するためにはまず米新型戦艦をどうにかしなければならない。


 「水上砲雷撃戦となれば米機動部隊の護衛艦艇はその戦力を結集して第二艦隊と対峙するだろう。水上砲雷撃戦の肝となるのはなんと言っても戦艦だ。空母とともに行動していた以上、発見された戦艦はすべて『ノースカロライナ』級かあるいは『サウスダコタ』級といった新型戦艦だろう。もし四隻の『金剛』型が相手取るとして、敵の新型戦艦が二隻ならば互角、三隻ならば明らかに不利だと思うが、そこを近藤長官がどう判断するかだな。まあ、傷ついた『サラトガ』を追撃してとどめを刺したいところではあるのだが」


 米新型戦艦がどの程度の実力を持っているのかは分からない。

 「大和」型には及ばないはずだが、それでも「長門」型よりは明らかに強いだろう。

 それを帝国海軍の戦艦で最も攻撃力が小さくそのうえ防御が薄弱な「金剛」型で戦うというのはかなり無謀な気がする。

 もちろん、格下が数の力を頼んで格上を倒す事例はいくらでもあるが、しかしこれが今回の戦いに当てはまるのかどうかは伊澤艦長にも分からない。

 ただ、「赤城」と「翔鶴」それに「瑞鶴」が戦力を喪失したことでMO作戦の失敗はすでに決定づけられている。


 そのような中で、「サラトガ」追撃というのは一見魅力的なオプションには思えるのだが、しかし伊澤艦長としては、これ以上の戦いは無駄な消耗戦ではないかという疑問も払拭出来ない。

 いずれにせよ、日米の水上打撃部隊がぶつかれば、双方ともにただでは済まないことは間違いない。

 そう考える伊澤艦長の前に、通信長が駆けこんでくる。


 「『赤城』が火災の鎮火に成功、第三艦隊は先に火を消し止めた『翔鶴』ならびに『瑞鶴』とともにトラックへ避退するとのことです」


 通信長の報告で伊澤艦長はポートモレスビーをめぐる戦いの幕が下りたことを悟る。

 第二艦隊は追撃を行わない。

 傷ついた「赤城」や「翔鶴」それに「瑞鶴」を無事に持ち帰ることを優先し、「サラトガ」を見逃してでも戦場からの離脱を図るはずだ。

 帝国海軍の宿痾とも言うべき艦隊保全本能は、しかし上層部にいくほど根深いものがある。

 それに、空母一隻撃沈、二隻撃破というのは悪くない戦果だろう。

 そのうえ、撃破した「サラトガ」は複数の魚雷を食らっており相当長期間に渡って戦線離脱を強いられるはずだ。


 (正規空母の弾避けという理不尽極まりない役目を仰せつかったのにもかかわらず、しかし今回もまた「祥鳳」はなんとか無事に帰還することが出来そうだな)


 胸中で安堵する伊澤艦長だったが、彼の予想通りこの二時間後に作戦中止が発令されることになる。

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