第58話 最弱部隊猛攻

 第五艦隊が放った六五一機には及ばないものの、それでも第一機動艦隊から出撃した第二次攻撃隊もまた帝国海軍創設以来最大規模のものだった。


 第三艦隊甲部隊の「大鳳」と「翔鶴」それに「瑞鶴」から零戦二七機に彗星と天山がそれぞれ三六機。

 乙部隊の「赤城」と「飛龍」それに「蒼龍」から零戦二七機に彗星三〇機、それに天山が三六機。

 丙部隊の「隼鷹」と「飛鷹」それに「龍鳳」ならびに航空戦艦の「伊勢」と「日向」から零戦二七機に彗星四四機、それに天山が二四機。


 第二艦隊に臨時編入された「祥鳳」と「瑞鳳」それに「千歳」と「千代田」から零戦が七二機。

 四隻の小型空母から飛び立った七二機の零戦のうち二五番を抱えたものは六〇機で残る一二機はそれらの護衛を任務としている。


 合わせて三五九機の第二次攻撃隊は進撃の途中でF6Fヘルキャット戦闘機の迎撃を受けた。

 だが、戦闘機掃討任務にあたった一九八機の零戦からなる第一次攻撃隊との戦闘で直掩任務にあたっていた二六四機のF6Fは三割を失い、さらに四割近い機体が二〇ミリ弾や一三ミリ弾をしたたかに浴びて再出撃不能の損害を被っていた。


 一〇〇機以下にまでうち減らされたF6Fに九三機の零戦が彗星や天山を守るべく突っかかっていく。

 性能面では零戦を凌駕するF6Fも搭乗員が疲労していてはその戦力を十全に発揮することは出来ない。

 零戦がほぼ同数のF6Fを拘束する間に彗星と天山はそれぞれ定められた目標に肉薄、被撃墜機を出すことなく攻撃態勢に移行した。


 丙部隊が目標としたのは空母部隊指揮官のミッチャー提督が直率する第一機動群だった。

 正規空母で固められた甲部隊や乙部隊に比べて、改造空母と航空戦艦で編成された丙部隊の戦力はいささか劣るものではあるが、しかしそれを言い訳に出来る状況ではない。


 「『伊勢』隊は護衛の艦艇、『日向』隊は後方にある二隻の小型空母を攻撃せよ。『隼鷹』隊は左前方の正規空母、『飛鷹』隊は右前方の空母を叩け!」


 怒鳴り込むようにして命令を出した松崎少佐は自身が直率する「隼鷹」艦攻隊を敵輪形陣の左前方へと誘う。

 真っ先に「伊勢」隊が輪形陣の前方を固める巡洋艦や駆逐艦に攻撃を開始する。

 二機がペアになり、タイミングをはかったうえで同時急降下爆撃を敢行した二二機の彗星は投弾前に五機が撃墜されたものの、しかし残る一七機は二五番をそれぞれの目標に投下して離脱を図った。


 このうち命中したのは五発であり、開戦の頃を思えばあまり良くない成績ではあったが、しかしこのことで一隻の巡洋艦と四隻の駆逐艦の脚が奪われる。

 被弾した五隻の友軍艦艇を避けるために後続の艦艇はそれぞれに舵を切らざるをえなかった。


 混乱に陥り、輪形陣が崩壊した米機動部隊の隙を「隼鷹」隊と「飛鷹」隊、それに「日向」隊は見逃さない。

 それぞれが定められた目標に一気に肉薄する。


 松崎少佐もまた、転舵によって護衛艦艇との連携を断ち切られた左前方の大型空母に一一機の部下とともに突撃する。

 大型空母から吐き出される火弾や火箭の量は尋常ではなく、一機また一機と部下が撃ち墜とされていく。

 射点に到達するまでに三機が撃ち墜とされた「隼鷹」隊は、だがしかし九本の魚雷の投下に成功する。

 敵大型空母は転舵で必死の回避を図るが、真珠湾攻撃以来のベテランである松崎少佐の狙いを外すことは出来なかった。

 敵空母の追撃の火箭を躱しつつ、超低空飛行で離脱を図る松崎少佐の耳に後席の部下から興奮に満ちた戦果報告が飛び込んでくる。


 「目標とした空母の左舷に水柱、さらに一本、二本」


 投下した九本の魚雷のうちで三本命中というのは悪くない成績ではあるが、それでも松崎少佐はそのことをさほど喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 投雷後の避退途中でさらに二機の部下を失っていたからだ。

 敵戦闘機に襲われることもなく、さらに味方の急降下爆撃機によって輪形陣を潰してもらったというのにもかかわらず、四割を超える被害を出してしまったのだ。


 だが、気持ちは気持ちとして指揮官としての務めは果たさなければならない。

 敵の対空砲火の射程圏外に離脱すると同時に松崎少佐は眼下に広がる光景を注視する。

 目標とした四隻の空母のうち大型の二隻は行き脚を完全に止めている。

 さらに、後方の二隻の小型空母はいずれも煙を噴き上げている。

 「飛鷹」隊や「日向」隊もまた「隼鷹」隊と同様に戦果を挙げてくれたのだ。


 「第三艦隊最弱の自分たちがこれだけの仕事を成し遂げたのだ。甲部隊や乙部隊がよもや仕損じることはあるまい」


 そう考えて松崎少佐は戦果報告を打電させるとともに帰路に着く。

 松崎少佐の考えは完全に正しかった。

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