第59話 零戦隊猛爆
全体の中で最も先任という理由で攻撃隊指揮官を押し付けられた「千歳」飛行隊長兼戦闘機隊長の新郷少佐は、自身が課された使命に落胆にも似た感情を抱いていた。
命令が零戦隊を率いて敵の戦闘機隊を撃滅せよというものであれば喜々としてその任に就くことが出来たはずだ。
しかし、そうではなかった。
「四航戦零戦隊は敵機動部隊に緩降下爆撃を仕掛ける。貴官にはその指揮を執ってもらいたい」
「千歳」艦長に直々にそう頼まれては断るわけにもいかない。
士気が上がらないことおびただしいが、それでも命令は命令だ。
それなりにやる気があることを装いつつ新郷少佐は出撃する。
四航戦の各空母から飛び立った零戦のうち一二機は攻撃隊の護衛にあたり、残る六〇機は戦闘爆撃機として二五番を腹に抱いている。
護衛の一二機の零戦は進撃の途中、F6Fを迎撃するために編隊から離れていった。
用心棒がいなくなったとはいえ、六〇人の搭乗員に動揺は無かった。
もし、敵の戦闘機が襲撃してきたら、その際は爆弾を捨てて戦闘機として振舞っても構わないと指示されていたからだ。
一二機の零戦が離れてしばらく後、新郷少佐は四航戦が撃破すべき三隻の空母を基幹とした米機動部隊を発見する。
「『千代田』隊は先頭、『祥鳳』隊は左後方、『瑞鳳』隊は右後方の空母を攻撃せよ。『千歳』隊は輪形陣の前方に位置する駆逐艦を叩け!」
敵空母撃破の栄誉は慎ましく他の戦闘機隊に譲り、新郷少佐は直率する「千歳」戦闘機隊に攻撃すべき目標を指示する。
小隊ごとに分かれた「千歳」隊の零戦が緩降下に遷移する。
目標は輪形陣を形成する駆逐艦、それも前を行く艦だ。
「千歳」隊の一五機の零戦のうち一機が投弾前に撃ち墜とされたものの、しかし残る一四機はなんとか緩降下爆撃を成功させる。
対空装備の強力な米艦相手にこの程度の被害で済んだのは、零戦が狙った米駆逐艦が他艦からの支援が受けにくい輪形陣の外郭に展開していたからだ。
いくら対空性能に優れた米駆逐艦といえども、単艦の火力だけではそうそう航空機を撃ち墜とせるものではない。
零戦が投じた二五番のうちで命中したのは三発でしかなかった。
緩降下爆撃は急降下爆撃に比べるとどうしても精度が落ちてしまう。
それでも二五番の威力は駆逐艦に対しては絶大で、被弾したそれらはそのすべてが行き脚を奪われてしまう。
そして、後続する艦はそれを避けるために転舵を強いられる。
その結果、輪形陣は崩れ艦隊単位としての防空システムは機能しなくなる。
敵の隊列の乱れを「祥鳳」と「瑞鳳」それに「千代田」の零戦搭乗員は見逃さない。
四五機の零戦が一斉に身をひるがえし、それぞれに定められた目標に殺到する。
「ホーネット2」を狙った「千代田」隊は投弾前に二機が撃墜されたものの、残る一三機は爆撃を成功させた。
的の大きさも相まって「ホーネット2」には三発の爆弾が命中、同艦は完全に離発着能力を喪失する。
その頃には「祥鳳」隊と「瑞鳳」隊もまた投弾を成功させ、「瑞鳳」隊によって二発の二五番を食らった「ベロー・ウッド」は飛行甲板に大穴を穿たれ、こちらもまた離発着不能に追い込まれる。
一方、「プリンストン」を狙った「祥鳳」隊も二発を命中させる。
二発の爆弾は相次いで飛行甲板後部に命中、そこで解放された爆発威力とそれに伴う炎と熱が「プリンストン」の魚雷庫に火を入れる。
「プリンストン」にとって不運だったのは、巡洋艦改造空母ゆえに艦内スペースが狭隘で、そのことで爆弾や魚雷の収容に問題を抱えていたことだ。
日本の艦艇相手にその威力を発揮するはずだった大量の炸薬に火が入り爆発、「プリンストン」を内部から破壊する。
艦の後半部は凄まじい勢いで吹き飛び、盛大過ぎる火災が発生する。
そこへ投弾後の離脱途中に被弾、致命的ダメージを被った零戦が道連れとばかりに「プリンストン」に突っ込んできたからたまらない。
「プリンストン」の火災に被弾した零戦の残燃料が注ぎ込まれ、これがさらなる爆発を生じさせるとともに火勢を一層強める。
誰が見ても「プリンストン」が助からないのは明らかだった。
それはつまり、これまで飛行場を爆撃した程度で、駆逐艦はおろか商船さえ撃破することが無かった「祥鳳」がここにきて初めて敵艦を撃沈したということでもあった。
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