第60話 第三艦隊壊滅

 いつ自分たちに襲いかかってくるか分からない剣呑な零戦が、しかし一向に姿を見せないことでF6Fヘルキャット戦闘機の搭乗員らはどうにも落ち着かない気持ちを持て余していた。

 その様子を、第一機動艦隊司令長官の小沢中将は「大鳳」艦橋から愉快そうに眺めている。


 「こちらの航空戦力をすべて攻撃に投入したことで護衛のF6Fは完全に遊兵化したようだな。まあ、それが狙いでもあったわけだが」


 小沢長官は具体的な数は分からなかったが、しかし実際には二六四機ものF6Fが二一〇機のSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機それに一七七機のTBFアベンジャー雷撃機の護衛として第三艦隊や第二艦隊上空にまで出張っていた。

 逆に言えば、直掩に一〇〇機あるいは二〇〇機程度の零戦を残していたとしても、それは気休めにしかならなかった可能性が高かったということだ。

 ただ、二六四機のF6Fの無効化には成功したものの、しかしSB2CやTBFの脅威が無くなったわけではない。


 甲部隊の「大鳳」と「翔鶴」それに「瑞鶴」に襲いかかってきたのは第一機動群の六〇機のSB2Cと四八機のTBFだった。

 それら一〇八機の猛禽は護衛の艦艇には一切目もくれずに三隻の空母に的を絞って攻撃を集中してきた。

 真っ先に「イントレピッド」爆撃隊が「大鳳」に急降下爆撃を仕掛ける。


 (搭乗員たちが大型艦好きあるいは新型艦好きなのは洋の東西を問わんらしいな)


 見た目のボリュームとしては「翔鶴」や「瑞鶴」とさほど差が無いはずの「大鳳」に、だがしかし真っ先に突っかかってくる米機を見て小沢長官が苦笑する。


 「イントレピッド」爆撃隊の一八機のSB2Cは次々に一〇〇〇ポンド爆弾を投じ離脱していく。

 数瞬後、「大鳳」の左右両舷に水柱が立ち上る。

 しかし、「大鳳」に爆弾命中による火柱や爆煙が立ち上ることは無かった。

 実際には「大鳳」は四発を被弾していたのだが、しかしそれらはすべて飛行甲板装甲によって弾き返されていたのだ。


 「大鳳」は装甲空母と言われてはいるが、実際に飛行甲板に装甲が施されている部分は全体の半分程度でしかない。

 だから、確率的には二発被弾すればそのうちの一発は非装甲部に命中するはずなのだが、しかし今回は幸運にもそのすべてが前後エレベーター間の装甲部に命中したのだった。


 だが、二〇機近い急降下爆撃機の集中攻撃にさらされてなお一向に参った様子を見せない「大鳳」の姿は米搭乗員の闘争心を完全にかきたててしまう。

 「イントレピッド」索敵爆撃隊と雷撃隊に加え、「ヨークタウン2」雷撃隊も加わり「大鳳」を包囲する。

 三方向からの挟撃は「大鳳」艦長の操艦技術をもってしてもこれを避けることはできない。

 一二機のSB2Cと三〇機のTBFの同時攻撃によって「大鳳」は二発の一〇〇〇ポンド爆弾と両舷に合わせて六本もの魚雷を食らってしまう。

 日本の空母の中でも隔絶した防御力を誇る「大鳳」といえども、これではさすがにもたない。


 その頃には「ヨークタウン2」索敵爆撃隊と「カウペンス」ならびに「モンテレー」雷撃隊の挟撃を受けた「翔鶴」も二発の一〇〇〇ポンド爆弾と四本の魚雷を食らい洋上停止している。

 「ヨークタウン2」爆撃隊によって四発の一〇〇〇ポンド爆弾を被弾した「瑞鶴」は沈む気配こそ無かったが、完全に離発着能力を奪われたことは明らかだった。


 甲部隊が攻撃されているのと同じ頃、乙部隊と丙部隊もまた第二機動群と第三機動群から発進した艦上機隊の攻撃を受けていた。

 乙部隊の「赤城」や「飛龍」それに「蒼龍」は「大鳳」や「翔鶴」型ほどには打たれ強く無い。

 同規模の攻撃を受けてしのげるはずもなく、「赤城」は爆弾四発に魚雷四本、「飛龍」は爆弾三発に魚雷二本、「蒼龍」は爆弾四発に魚雷二本を食らい、いずれも助かる見込みは無かった。

 第三機動群艦上機隊の攻撃を受けた丙部隊の「隼鷹」や「飛鷹」それに「龍鳳」もまた乙部隊の三隻の空母と同じ運命をたどった。


 合わせて三〇〇機を大きく超える急降下爆撃機それに雷撃機の攻撃を受けてなお致命傷を負わずに済んだのは、第三艦隊の空母の中では「瑞鶴」ただ一隻のみだった。

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