第61話 正念場
(正念場だな)
「祥鳳」艦長の有賀大佐は胸中で小さくつぶやく。
第二艦隊の第一遊撃部隊と第二遊撃部隊は第四機動群が放った一一一機からなる攻撃隊の空爆を受けようとしていた。
上空に援護の零戦は一機もなく、頼れるのは高角砲や機銃といった対空火器、それに爆弾や魚雷を回避する操艦の手腕だけだ。
四八機のF6Fが零戦の出現に備えて中高空を旋回する中、敵編隊が二群に分かれる。
一群は第一遊撃部隊、残る一群は第二遊撃部隊にその矛先を向ける。
このうち、第一遊撃部隊に向かってきたのは「ホーネット2」索敵爆撃隊のSB2C一二機と、それぞれ九機のTBFから成る「プリンストン」ならびに「ベロー・ウッド」雷撃隊の合わせて三〇機。
一ダースの急降下爆撃機は二手に分かれ、それぞれ「祥鳳」と「瑞鳳」に向けて襲撃態勢に移行する。
そこへ「大和」や「武蔵」それに「長門」や「陸奥」といった戦艦から高角砲弾が撃ち込まれていく。
さらに「祥鳳」や「瑞鳳」それに四隻の重巡の高角砲も加わり空をどす黒く染め上げていく。
日本の艦艇は一般的に米軍のそれに比べて高角砲の装備数が少なく、また射撃指揮装置の性能も低い。
しかし、それでも数撃てば当たる弾も出てくる。
そのうえSB2Cは少数だから、一機あたりに指向出来る対空火器も相対的に多くなる。
一機、また一機と脱落していくSB2Cだったが、しかし四機が降下ポジションに到達、翼を翻して「祥鳳」へと迫ってくる。
そこへ多数の火箭が噴き伸びていく。
SB2Cの動きを追うのに精いっぱいだった有賀艦長は「大和」型戦艦が「祥鳳」のかなり近くにまで寄ってきていることに今さらながらに気づく。
それが「大和」なのか「武蔵」なのかは有賀艦長はすぐに分かった。
同期であり、「大和」艦長であり、そしてかつての「祥鳳」艦長だった森下大佐が自分たちを守ってくれているのだ。
六機から三機にまで撃ち減らされたSB2Cの内懐に飛び込むようにして有賀大佐は「祥鳳」を全速で疾駆させる。
急降下爆撃機にとって最悪の機動をする「祥鳳」に、しかしSB2Cは投弾をやり直す余裕は無い。
SB2Cが投じた一〇〇〇ポンド爆弾は一発も命中することなく「祥鳳」の両舷に水柱をふき上げただけに終わる。
そのことに安堵することなく有賀艦長は右舷前方を見やる。
まだ小さな点にしか過ぎないが、海面上を這うように肉薄してくるのは明らかに米雷撃機だ。
九機の米雷撃機は一機も損なわれることなく輪形陣を突破、「祥鳳」に迫ってくる。
有賀艦長はその点に向けて艦首を振る。
一万トンを超える船体に駆逐艦のエンジンを積んだ「祥鳳」は加速も最高速度も「蒼龍」や「飛龍」、あるいは「翔鶴」型といった正規空母にはまったく及ばない。
だが、それでも襲撃前に最高速度までもっていけば、それなりの回避運動は可能だ。
徐々に飛行機の形を成してくる米雷撃機に対して護衛の戦艦や重巡から大量の火箭が注ぎこまれていくが、一向に撃墜できる気配は無い。
だが、それでもさすがに距離が二〇〇〇メートル、一五〇〇メートルと近づけばめったに当たらない二五ミリ機銃でも命中弾は出てくる。
一機また一機とTBFが海面に滑り込むように落ちていき、「祥鳳」に向けて投雷出来たのは七機にしか過ぎなかった。
多数機による挟撃であればすでに「祥鳳」の操艦に習熟していた有賀艦長といえども躱すことは無理だっただろう。
しかし、TBFが一方向からの雷撃を選択したこともあり、有賀艦長はすんでのところですべての魚雷の回避に成功する。
「祥鳳」にとってなにより幸運だったのはTBFそれにSB2Cが雷爆同時攻撃をしてこなかったことだった。
あるいは、TBFとSB2Cが同じ空母の所属だったら呼吸を合わせて同時攻撃が可能だったかもしれない。
そうなっていれば「祥鳳」は間違いなく爆弾か魚雷、あるいはその両方を食らっていたことだろう。
そう考える有賀長官だったが、彼は正しかった。
「ホーネット2」の爆撃隊と雷撃隊の息の合った連携による同時攻撃を食らった第二遊撃部隊の「千歳」と「千代田」はともに魚雷それに爆弾を被弾している。
「千歳」は爆弾二発と魚雷一本、「千代田」は爆弾三発と魚雷一本を食らいともに洋上停止していた。
また、「祥鳳」の僚艦である「瑞鳳」は魚雷や爆弾を完全に回避することはかなわず、こちらは飛行甲板中央部に一〇〇〇ポンド爆弾を被弾、離発艦能力を喪失していた。
それでも「祥鳳」と「瑞鳳」が撃沈されずに済んだのは第二艦隊を攻撃した第四機動群が他の部隊に比べて六割以下の戦力でしかなかったことが大きい。
それと、護衛艦艇の貧弱な第三艦隊の各部隊とは違い、戦艦や重巡による手厚い援護を得ることが出来たこともその理由の一つだ。
いずれにせよ、一三隻あった第一機動艦隊の空母はそのほとんどが撃沈されるか撃破され、戦闘力を残しているのは「祥鳳」ただ一隻のみとなった。
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