第17話 残存戦力

 (ミッドウェー海戦の戦訓は生かされているようだな)


 被弾した当初は盛大に煙を吐き出していた「瑞鳳」だったが、しかし今ではわずかに細いそれがうっすらと後方に流れているのが分かる程度で、つまりは火災の鎮圧に成功しつつあるということだろう。

 ミッドウェー海戦では「赤城」と「加賀」それに「翔鶴」の三隻がSBDドーントレス急降下爆撃機が投じた複数の一〇〇〇ポンド爆弾を浴びて炎上した。

 このうち「加賀」は火災を鎮圧することが出来ずに沈没、「赤城」と「翔鶴」は辛うじて消火に成功したものの、一時はかなり危険な状態に陥っていたという。


 帝国海軍最大最強の「加賀」が船火事が原因で沈没したことは当時の第一航空艦隊のみならず帝国海軍に大きな衝撃をもたらした。

 これ以降、海軍上層部や現場の将兵の間で被害応急に対する意識が高まり、艦艇の不燃化あるいは難燃化対策が急ピッチで進んでいる。

 「瑞鳳」の速やかな消火もまた、その流れに沿ったものの一つなのだろう。

 そう考えている伊澤艦長のもとに艦上機の収容作業を監督していた飛行長が報告に戻ってくる。


 「直掩機ならびに攻撃隊の収容作業が終わりました。直掩機のほうは本艦と『瑞鳳』の合わせて二一機を収容、そのうち損傷のひどい一三機を海中投棄処分としました。

 攻撃隊のほうは出撃した三〇機のうち二六機が帰還。内訳は零戦が一六機に九七艦攻が一〇機です。こちらも同じく損傷の大きな機体を投棄、直掩機と合わせて現在『祥鳳』には零戦二〇機に九七艦攻五機があり、いずれも即時使用が可能です」


 開戦時には「祥鳳」と「瑞鳳」を合わせて零戦が四二機に九七艦攻が一二機あったから、零戦は半数以下、九七艦攻に至っては四割あまりにまでその戦力を減衰させていた。

 それでも伊澤艦長は丙部隊が非常な幸運に恵まれたことを理解している。

 「祥鳳」が無傷で、また「瑞鳳」も被弾が一発だけで済んだのは敵攻撃隊の中に護衛の戦闘機が含まれていなかったからだ。

 敵攻撃隊にわずかでも護衛戦闘機が随伴していたならば、零戦は側背を気にしながら敵急降下爆撃機や敵雷撃機に対処しなければならなかった。

 そうなれば、迎撃効率は低下し、その結果として撃ち漏らしが相当数に上ったことは間違いない。


 (あるいは敵の指揮官は、空母の保全を最優先としたために護衛戦闘機を出し渋ったのか)


 真珠湾攻撃において第三次攻撃を行わなかった南雲長官、それに敵護衛艦隊を撃滅しながら肝となる輸送船団に手を付けずに引き揚げた三川長官。

 敢闘精神の欠如あるいは弱腰を批判される一方で、その彼らが艦の保全に努めるよう海軍上層部から要請されていたのではないかという噂を伊澤艦長は耳にしたことがある。

 もし、仮にそのようなことを言われたのであれば、いかに優勢な局面であったとしてもその追撃の手は鈍ってしまうだろう。

 あるいは、米軍の指揮官もまた貴重な空母を傷つけられないように命令されているのではないか。

 そう考えなければ、四〇機近い規模の攻撃隊に護衛の戦闘機を同道させなかった理由が分からない。

 だが、それはそれとして伊澤艦長には現実にやっておかなければならないことが山積している。

 「瑞鳳」が被弾によって通信能力を喪失、同艦に座乗する山口司令官から今後の航空戦の指揮を委ねられたからだ。


 「零戦の半数を上空警戒、それに残り半数を即応待機にする。それと、九七艦攻は常時二機を周辺警戒にあたらせるつもりだが、それは可能か」


 「零戦のほうは『瑞鳳』のそれを含めれば三〇人以上の搭乗員が健在ですので交代で休みがとれるから問題はないでしょう。九七艦攻のほうもまた同様に搭乗員については問題ありません。

 ですが、これですと整備員の負担が大きいですな。彼らには代わりとなる交代要員がいませんから」


 伊澤艦長の端的な問いかけに飛行長も要点だけを簡潔に述べる。


 「『祥鳳』が生き残るためにはここが正念場だ。整備員たちには苦労をかけるがやってもらわなければならん。私自身の口で彼らに事情を説明しよう」


 そう言って伊澤艦長は操艦を航海長に委ね、飛行長を伴って格納庫に向かった。

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