第10話 転進
「『飛龍』は『赤城』隊、『蒼龍』は『加賀』隊、『祥鳳』は『翔鶴』隊の機体を収容せよ。格納庫に収容しきれない場合は損傷機体を投棄して構わない」
被弾してなお通信能力を残していた旗艦「赤城」に座乗する南雲長官の命に従い、「祥鳳」は一航艦上空に戻ってきた第二次攻撃隊の収容作業に入る。
「祥鳳」に降り立ったのは五機の零戦と二二機の九九艦爆だった。
どの機体も胴体や翼に無残な被弾痕を残し、無傷のものはほとんど見当たらない。
それでも「祥鳳」のベテラン整備兵らは瞬時に格納庫に収容するかそれともレッコーするかを判断していく。
諸々込みで一機あたり二〇万円もする機体が次々に海に落とされていく。
どんなに頑張っても艦体の小さい「祥鳳」は三〇機程度までしか収容出来ない。
もったいないが仕方が無かった。
「第二次攻撃隊の収容作業を終了しました。本艦に着艦した『翔鶴』隊のうち零戦二機と九九艦爆六機は即時再使用が可能なので格納庫に降ろしました。残る零戦三機と九九艦爆一六機についてはこれをすべて海洋投棄としております」
着艦作業を指揮していた飛行長の報告に、伊澤艦長は空母同士の戦いの壮絶さを改めて思い知らされる。
作戦前、「祥鳳」は一八機の零戦と九機の九七艦攻を保有していた。
だが、相次ぐ防空戦闘で三機の零戦を失いさらに七機が被弾によって即時再使用不可と判定される損傷を被っていた。
また、九七艦攻も索敵の際に二機が被弾しており、これらはいずれも修理は可能なものの、しかし格納庫を空けるためにすでに投棄されている。
飛行長の報告通りなら、現在「祥鳳」は零戦一四機に九九艦爆六機、それに九七艦攻を七機搭載していることになる。
九七艦攻はすべて「祥鳳」所属の機体だが、九九艦爆は「翔鶴」、零戦は「祥鳳」や先程収容した「翔鶴」のもの以外に被爆した「赤城」や「加賀」の機体が含まれている。
「先ほど『加賀』の放棄、つまりは撃沈処分が決まった。同艦の乗組員の救助が終わり次第、一航艦は北西に進路を取る。南雲さんとしてはいったんミッドウェー基地ならびに敵機動部隊と距離を置いて態勢の立て直しを図りたいのだろう」
伊澤艦長は飛行長が不在の間に入手した情報を彼に伝える。
情報の共有は大事だ。
「収容作業中に凄まじい煙を噴き上げている艦を見たのですが、あれは『加賀』だったのですね。それと第三次攻撃は取りやめですか」
「まあ、『飛龍』と『蒼龍』、それに『祥鳳』に残った機体であと一撃はかけられるかもしれんが、戦果はあまり期待できんだろう。一四〇機近い大戦力で挑んだはずの第二次攻撃隊も大損害を被ってしまったしな。少数機で攻撃を仕掛けても損害ばかり大きくて逆に効果は小さいのは火を見るよりも明らかだ」
第二次攻撃隊は「レキシントン」とさらに一隻の「ヨークタウン」級の合わせて二隻の空母を撃沈したものの、一方で少なくない機体が未帰還となり戻ってきた機体もその多くが被弾していた。
伊澤艦長の言葉に飛行長は明らかにほっとした様子を見せる。
「数もそうですが、搭乗員の疲労も限界に近付いております。特に直掩隊は朝からぶっ通しで戦い続けており、第一次攻撃隊に随伴した零戦に至ってはミッドウェー上空での空中戦のあとで迎撃戦闘に加わっておりますからさらに厳しいでしょう。搭乗員以外にも整備員や兵器員、それに発着機部員らの疲労も大きいはずです。
一方で残る二隻の米空母の直掩隊はおそらくはいまだ戦闘には参加していないはずですから元気が有り余っていることでしょう。疲労困憊の搭乗員が駆る少数機で米機動部隊に攻撃を仕掛けてもまず戦果は望めません。一航艦司令部の方針は理にかなっていると考えます」
飛行長の言葉に伊澤艦長も首肯する。
このような状況で第三次攻撃を主張するような少しばかりアレな人間は某航空戦隊司令官くらいのものだろう。
しかし、伊澤艦長はそのことを口にはしなかった。
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