第22話 反撃の雄牛

 「ジャップの連中はほんとうにモレスビーに来るのか? 五月のときのように、途中で引き返したりはしないだろうな」


 懐疑の感情をこれでもかとばかりにその表情に滲ませたハルゼー提督が情報参謀に確認する。

 彼はミッドウェー海戦、それに第二次ソロモン海戦の敗北によって左遷されたフレッチャー提督に代わって機動部隊の指揮を任されることになった。


 「通信傍受ならびに哨戒中の潜水艦によって、日本軍がモレスビーを目標にしていることそのものについては複数の裏付けがとれています。その日本軍の主力は水上打撃部隊の第二艦隊、それに機動部隊の第三艦隊の二個艦隊から成り、その戦力は空母が四乃至五隻、戦艦が四隻前後と見積もられています。ただ、提督が懸念されておられる日本軍が途中で引き返すかどうかについては小官には分かりかねます」


 情報参謀の説明にはいささかの疑念が残るものの、しかしその戦力評価はハルゼー提督の見立てとも合致していた。

 日本の空母は「飛龍」と「蒼龍」それに「瑞鳳」が修理中であり、さらに「隼鷹」と「飛鷹」もまた日本本土にあることが分かっている。

 そうなればあとは消去法であり、残るは「赤城」と「翔鶴」それに「瑞鶴」を除けば小型空母が若干といったところだ。

 そして、それらが出撃するとなれば空母は最大でも大小合わせて五隻までとなる。


 「日本軍はどう出てくると思う」


 情報参謀から作戦参謀へと向き直り、ハルゼー提督は質問を重ねる。


 「日本軍はミッドウェー海戦のときは『隼鷹』と『龍驤』がアリューシャンの友軍基地を攻撃しています。また、第二次ソロモン海戦では『祥鳳』と『瑞鳳』がガダルカナル飛行場に空襲を仕掛けました。

 そして、これら空母に我が軍の耳目が集中している間に別動隊の日本の正規空母が我が方の空母を攻撃した。連中は小型空母を囮、あるいは餌として差し出すことによって我が方の正規空母を釣り上げてきました。そして、それは今回も同様だと考えます」


 「戦力の小さな小型空母を悪目立ちさせて我々をおびき寄せ、そこを正規空母で叩くというわけだな。しかし、そんなことがよく出来るものだな。仮に我が方が同じことをやればブーイングどころでは済まんぞ。小型空母内部でストライキかあるいは下手をすれば反乱すら起きかねん」


 「日本は建前上は議会制をとっていますが、しかし実際は軍部独裁です。その強権は我々が想像する以上に強固に兵士たちの自由と権利を束縛しているのかもしれません」


 命令に素直に従ってくれる兵士は指揮官にとってはありがたいが、それでも限度はあるだろう。

 そう考えるハルゼー提督ではあるが、しかしジャップの将兵に同情するつもりも無いので思考を切り替える。


 「つまり、ことさら目立つ艦隊の空母は囮の小型空母で、その側背に潜んでいるほうが本命の正規空母ということだな」


 「そうなります。複数の艦隊を発見してそのいずれにも空母が配備されていた場合、後方にある、あるいは我々から見て遠い場所にある空母こそが最優先で攻撃すべき正規空母となります」


 「了解した。これでようやく『レキシントン』や『ヨークタウン』それに『ワスプ』の敵討ちが出来そうだな」


 ハルゼー提督の凄みのある笑みに参謀たちが首肯する。

 合衆国はその工業力を総動員して「エンタープライズ」と「サラトガ」に三交代、つまりは二四時間ぶっ通しの修理を施し、短期間にそれを完了させた。

 「エンタープライズ」と「サラトガ」の両艦にとって幸いだったのは被弾したのがいずれも五〇〇ポンドクラスの爆弾だったことだ。

 これが一〇〇〇ポンド爆弾あるいは魚雷であったなら早期の戦線復帰はかなわなかっただろう。


 そして、今回はその「エンタープライズ」と「サラトガ」に加えてオーバーホールを終えた「ホーネット」もまた参陣する。

 三隻の空母の搭載機数は二六一機。

 一方、日本の空母は米国のそれに比べてかなり少ないことがこれまでの戦いから分かっている。

 「赤城」と「翔鶴」それに「瑞鶴」のそれを合わせてもせいぜい二〇〇機をわずかに超える程度だろう。

 そして、連中はいまだに「エンタープライズ」と「サラトガ」が修理中だと考えているはずだ。


 (待っていろよ、ジャップ。俺はミッドウェーやソロモンで貴様らに後れをとったフレッチャーとは一味も二味も違うぞ)


 胸中で闘志を高めつつ、ハルゼー提督は戦場に急ぐ。

 日米三度目となる機動部隊同士の戦いは目前に迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る