第19話 撃破の代償
第一次攻撃隊指揮官の江草少佐は前方に広がるゴマ粒の数に絶句する。
二〇機あまりのグループが、それも三つもある。
一方で、五四機の九九艦爆を守ってくれている零戦は三〇機にしか過ぎない。
江草少佐は知らなかったが、それらは「サラトガ」と「エンタープライズ」、それに「ワスプ」から発進した七二機のF4Fだった。
しかも、これらは米機動部隊の全戦力ではなく、「サラトガ」には第二次空襲に備えてなお一二機のF4Fが残されていた。
真っ先に制空隊の一二機の「龍驤」隊が中央のゴマ粒のグループに向かって突っ込んでいく。
乱戦に巻き込んだ「龍驤」隊は二倍のF4Fの拘束に成功する。
その頃には残る零戦もまた左右のF4Fに向けて突撃している。
右の編隊には「飛龍」隊と「蒼龍」隊の一二機、左の編隊には六機の「隼鷹」隊が立ち向かった。
「飛龍」隊ならびに「蒼龍」隊は二倍の数のF4Fを相手に辛うじてではあるが阻止線の役割を全うする。
しかし、四倍のF4Fと対峙した「隼鷹」隊はさすがにこれを捌ききれない。
「隼鷹」隊の防衛網を突破したF4Fが九九艦爆に迫る。
狙われた九九艦爆は機首や後部座席に備え付けられた七・七ミリ機銃を振りかざして必死の反撃に転じる。
しかし、F4Fはそんな豆鉄砲など恐れるに足らずとばかりに肉薄しては一二・七ミリ弾のシャワーを九九艦爆に浴びせていく。
だが、炎を噴き上げ煙を曳きながら墜ちていく機体は思いのほか少ない。
九九艦爆の搭乗員らはミッドウェー海戦において、F4Fが機銃の性能に頼った直線的な攻撃を仕掛けてくることを学習していたからだ。
九九艦爆は全長が一〇メートル、全幅に至っては一四メートルを超える大柄な機体だが、それでも空の上では小さな点にしか過ぎない。
だから、わずかに機体を横滑りさせたり、あるいは高度を少し下げたりするだけでかなりの確率で射弾を避けることが出来た。
もちろん、F4Fが射撃を仕掛けてくるタイミングを見誤らない限りにおいての話だが、熟練が駆る九九艦爆であればそれは可能だ。
ぎりぎりのところで一二・七ミリ弾を躱しつつ進撃を続ける江草少佐の眼に三つの輪形陣が映り込んでくる。
間違いない。
米機動部隊だ。
「『飛龍』隊は左翼、『隼鷹』隊は右翼の空母を攻撃せよ。『蒼龍』隊は中央の空母を叩く!」
江草少佐の命令一下、「飛龍」隊と「隼鷹」隊が左右に分かれていく。
どちらも一八機あったはずの機体がすでに一四、五機にまでうち減らされている。
九九艦爆にしつこくつきまとっていたF4Fが離脱していく。
それを合図に眼下の米艦隊から対空砲火が撃ち上げられてきた。
激しかったミッドウェー海戦のそれを大きく上回る火弾と火箭が九九艦爆目掛けて殺到してくる。
その間隙を縫うようにして江草機が急降下に遷移する。
(爆弾を切り離すまでは当たらんでくれよ)
そう念じながら高度五〇〇メートルで二五番を投下、火箭の追撃を受けつつもかろうじて離脱に成功する。
対空砲火の有効射程圏を抜け出せたとしても油断は出来ない。
気を抜けば周囲にたむろするF4Fに食われてしまう。
気になる戦果については、離脱途中に部下から聞かされていた。
「蒼龍」隊は三発の二五番を「ヨークタウン」級あるいは「ワスプ」と思しき空母に命中させたとのことだ。
他隊はどうなったかと江草少佐が考えたとき、その報告が上がってくる。
「『飛龍』隊、『サラトガ』に爆弾四発命中」
「『隼鷹』隊、『ヨークタウン』級乃至『ワスプ』に爆弾三発命中」
どうやら、すべての空母に複数の直撃弾を与えることが出来たようだった。
しかし、一方でその代償は大きかった。
最初一八機あった「蒼龍」隊はF4Fの襲撃や敵艦の対空砲火によってその数を一一機にまで減らしていた。
四割近い損耗率だ。
他隊も似たような状況だろう。
(あまりにも犠牲が大きすぎる。あるいは、敵の至近距離に肉薄する急降下爆撃はすでに過去の戦術になったのかもしれんな)
そんな思いを抱きつつ江草少佐は乗機の機首を北へと向ける。
敵空母を撃破したという高揚はさほど感じなかった。
むしろ、敵空母すべてを撃破したのにもかかわらず、素直にそれを喜べない自分を自覚していた。
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