第31話 現世は少しずつ交差し始めている
「ーーん?」
「お前はカフェオレか…フッ(笑)子供だな」
やっぱり、そう言うと思った…。
「どうせ、子供ですよ」
萌衣は頬を膨らませて言ってみせた。
子供扱いされたことが悔しくて、だけど20歳以上の年の差はもがいても、
あがいても、どうすることもできない。
「やはり親子だな。ユキと同じだ」
「え?」
「そういや、ユキもブラックコーヒーが飲めなかったなって…」
まるでそれは大切な思い出をイタズラに開けては一人楽しんでいる笑みである。
「……え」
「…砂糖2杯、ミルク2杯のクソ甘ーいカフェオレが好きでさ…」
同じだ……
母は砂糖2杯、ミルク2杯のカフェオレを『美味しい、美味しい』ってよく飲んでいた。子供心に私は大人になったら絶対、母と同じカフェオレを飲むんだって思って、
実際、初めて飲んだ時は『何、これ甘っ』て思ったけど、今じゃ慣れっこになって
母と同じカフェオレを飲んでる。
最近じゃ、この甘さがたまんないくらい癒しのひとときでもある
やっぱりDNAの力かも……
好きだから……?
「社長はよく母のことを見ていたんですね」
「もう、昔の事だ。っていうか、なぜか最近、お前を見てるとユキを思い出す。
きっと、お前は母親の血が濃いんだな」
それってまだ母のことが好きってことなのかなあ……
直接は聞けないや、、、
「なに、いつまで突っ立っとる。早く戻って仕事しろ」
はっはっはっ…いつもの
「…はい」
我に返った私は早々と自分のデスクへと戻る。
いかん。思わず
自分のデスクにコーヒーカップを置くと、そのまま私は腰を下ろす。
そして、視線の先にはまた
知らないうちに
「データが打てたら、こっちに転送しろ、確認したい」
「はい」
いかん、仕事に集中しないと……。今日中に終わらないかも……
今までいた秘書達はこんな雑務まで一人でしていたのか…… すごい…
「この会社には事務社員という役職はないもんでな。基本事務的作業は
秘書がしている」
「へ?」
「俺の秘書達は皆優秀だったからな。こんなタイプ入力は1時間もあればササッと
済ませていたな」
〈……すみませんね、優秀じゃなくて…〉
「さずがですね…。コストを抑えた素晴らしい考えだと思います」
ここは一つ
人は褒められたら目の前の人間に優しくなれるっていうし、、、。
「まさか俺が事務作業を手伝わされるなんて初めてだ」
「……う、、、」
……
そう言えば前に麗花さんに聞いたことがあったっけ……
※麗花さんとは…【本名
《ここから萌衣の回想が入る―――》
それは萌衣が藤城コーポレーションに入社して3日目のことだった。
そして、昼休憩の時間だけが萌衣にとって些細なひとときでもあった。
休憩室に入った萌衣は煌びやかなその光景に胸が弾んでいた。
女子社員達は美人ばかりで男性社員達は高学歴のハイスペックイケメン男子達
ばかりだったからだ。美男美女が揃う会社って
できない貴重なシーンでもある。
なぜ、私がこの場所にいるのかさえわかっていなかった。
『津山さん、ここ』
『え…』
私に視線を向け、名前を呼ぶ人は
麗花さんは秘書の時よりもナチュナルメイクになりスーツも派手さがなくなって
いたが、落ち着きのある風習と姿勢を正す姿は変わってはいなかった。
相変わらずモテ美人だ。彼女の周りにはイケメン男子達が座っている。
それと、受付嬢の美登里さんと千羽夜さんもいた。
私は早くもなく遅くもなく普段と変わらない歩幅のまま麗花さんが
座るテーブルまで歩いて行く。
『へぇ、この子が社長の新しい秘書の子?』
イケメン男子の一人が言った。スーツの名札には
と書かれている。
『そう…』
秘書の時の麗花さんとは少し印象が違って見えた。
『どう? 社長秘書は務まりそう?』
『わかりません。もう覚えることがたくさんあって大変です。あの…麗花さん、社長ってどんな方
なんでしょうか?』
『一言で言うとイケメンの仮面を被った鬼?』
『いや…女好きでしょ』
美登里が斜め前から口を出してきた。
『その日の気分でコロコロ変わるから大変だって言う子もいたね』
千羽夜が昼食を口にしながら言う。
よくも、まあ次々と色んな噂が出るもんだわ。でも、あの社長なら
ありうるかも、、
『俺はベットインした女は必ず秘書にさせるって聞いたけど』
背後から近づいてきた男性社員が萌衣の肩に手を置いて言った。
名札には
『木根君…』
『木根ー』
『へっ!?』
思わず私の視線は肩に乗った彼の白くて長い指先に向く。
ーーーというか、私はまだベットインまでしていないんですけど……
なのに、なぜ私は秘書に?
多分、ここにいる社員達を含め、みんながそう思っているに違いない。
『ああ、それはあるね』
『ここだけの話、この会社の殆どの女子社員は社長の女って噂も…』
『それ、ここだけの話になってねーし。みんな知ってるし…』
『暗黙の了解みたいなとこもあるしね』
『っていうか、ベットの時の社長ってめっちゃいいもん持ってるしね。
一回じゃ終わらせてくれないとこがまた快感なんだわ』
『え、もしかして千羽夜さんも美登里さんも…その…社長と…』
『うん』
『私もしたよ』
『私達、受付嬢の前は社長秘書してたしね』
マジかあ……
『そうなんですね』
麗花さんは
他にも社長の彼女いたんだ。いや…セフレだけの関係もアリなのか…。
『あの麗花さんはなんで社長の秘書をやめたんですか。もしかして私が入社したから
でしょうか』
『自惚れないでよ』
『え…』
『もうすぐ俺達、結婚するんだ』
『え?』
そう言って麗花の隣にいた男が麗花の肩に手を回す。
彼のニッコリ笑った顔が私の懐かしい記憶を蘇らせていた。
どこかで見た顔、、、この顔知っている…でも…どこで…
私の視線は次第に彼の胸元に付けられた名札へと下りていく。
谷野雅史――
そうか。谷野君だーーー。
過去へ一緒にタイムスリップした谷野君じゃなくて……
久しぶりに開けて見た中学のアルバムに写っていた谷野悟志君の方だ。
本当の同級生の谷野君に似ている、、、
でもアルバムで見た谷野君よりは雰囲気も違って見える。
イケメンというよりは普通の優しそうな人だ。それに、ずっと大人な感じがする。
名前も谷野悟志じゃなくて谷野雅史だし……。
まあ、世の中には顔が似ている人が3人はいるっていうし、、、
『あの失礼ですが、彼氏…歳はいくつですか?』
『あのね、男に歳を聞くもんじゃないよ(笑)』
『へ!?』
私は麗花さんに聞いたつもりだったが、彼が横からおねぇ言葉を返してきた。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
私があっけらかんとポカーンとしていることは言うまでもない。
『……っていうのはジョーダン』
彼は思いっきり笑っていた。
『私、津山萌衣です、20歳』
『俺は
ないかららね』
谷野さんは頬に手を添えて自分が【おねぇ系】キャラではないことをアピール
してきた。
『え、27歳!! ……でも麗花さんって…』
萌衣が麗花に視線を向けると、「35歳」と美登里が笑って指差した。
『もう、女性に歳なんか聞くもんじゃないの!!』
やっぱり、27歳の谷野さんは別人だ。
しかも8歳も年上の麗花さんと結婚する彼は優しい笑みで
『まあ、まあ。麗花さんはいくつになっても綺麗だって俺が一番わかっているから。
俺達、結婚するんでしょ』
『まーくん…』
麗花さんが頬を赤くして照れ笑いを浮かべている。
まーくん? あのバリキャリの麗花さんが彼の前では女になっている。
麗花さんも幸せそうだ。
『はいはい、ごちそうさまでした』
美登里と千羽夜も互いに視線を合わせ微笑んでいた。
『ああ、同期で麗花が一番最初に結婚だもんな』
『ほんとに羨ましいわ。ちゃっかりこんなイケメンゲットしちゃってさ』
『私はてっきり社長といくとこまで落ちるって思ってたけど…』
『まさか…、あー見えて社長は…』
そう言いかけて麗花は口をつむいだ。
『え、なんですか? 麗花さん、気になります』
『津山さんもそのうちわかるわよ。まあ、津山さんの体力が持てばの話だけど、、』
体力ってベットの上!? それとも仕事が更にハードだということ!?
※もちろん、仕事のことである。
『――で、なんで、君は俺に歳を聞いてきたの? 俺達、初対面なのに…』
谷野さんは再びむし返してきた。
『え?』
またそこまで戻る? この人は案外、ひつこい性格しているのか…男のくせに。
『俺さ、気になったらとことん聞きたいタチなんで(笑)』
『あー、そうだったね。社長の秘書してた時もひつこく電話して気てたね』
横から麗花が口を開く。
『あれは、例え社長秘書でも俺の彼女が密室で2人きりとか
接待で一緒とか嫌だし…。まあ、俺のことはひとまず置いといて』
『そうね。私も聞きたい。どうして?』
ここの人達は一致団結すると集団で攻めてくる人達なんだ、、、
まさに抜け道はない―――ーーー。
『実は知り合いに似てる人がいて…』
『それは俺の顔がってこと?』
『まあ…』
『まーくん、まさか、他でナンパしてんじゃ…』
『してないよ。絶対、それはない』
谷野が必死で麗花に訴えている。
『麗花さん、それは絶対ないですから。実は谷野さんが私の同級生の男の子に似てて…雰囲気とか目元とか…。あの…谷野さんに弟とかいないですか?』
『え、ああ…いるけど。悟志のことかな?』
繋がった―――ーーー
『そうです。谷野悟志君です』
『あ、もしかして彼?』
『そうじゃないですけど…。あの、今、谷野君は…』
『さあ…』
『さあって…』
『実はあいつが高1の時に両親が離婚してさ、母親が悟志を連れて家を出たきり、
あいつとは会ってないんだよね。当時、俺も社会人になって一人暮らししてたし』
『そう、なんですね』
手掛かりはナシ。
現世に帰ってきた日常は微妙に何かが変わっている感じがした。
なんだろう…この感覚…違和感を感じる。
私はこのまま、この違和感を感じながらこの場所で暮らして
いかなければならないのだろうか……。
私は今いる場所からどうやって未来へ進めばいいのかわからなくなっていた。
『津山さん、社長は確かに鬼のように厳しいとこもあるかもしれないし、
女癖も悪い噂があるかもしれないけど、、、』
『ウワサ? さっきのは事実じゃ…』
『すみません…少し話を盛りました』
美登里が渋々、口を開いた。
『え?』
『イケメンでハイスペック社長で完璧すぎる社長の裏の顔が知りたくて、女の武器をむき出しに露出して勝負してくる女も確かにいました――が、社長はいくら飲んでいても、女性にキスされたとしても、それは社交辞令で必ず境界線を引いていました』
え…!?
『それじゃ…美登里さんも千羽夜さんも…』
『ホントは何もないです。ごめんなさい』
『社長ってイケメンだし、お金持ってるし、離婚してても結婚してても
一回くらいなら、まあいいかなっていう下心はあったんですけど…
残念ながら何もないです』
そうなんだ…。
『それは、多分、社長の心の奥に想いを寄せる誰かがいるということだと思う』
『それは…元奥さんですか?』
『違うと思いますけど…そこまでは深入りしていませんでしたから』
『あの…ここには事務員の方はいらっしゃらないのでしょうか?
この前、接待で行ったお食事の領収書を渡したいと思って…』
『ああ、引き継ぎしてませんでしたね。
基本、事務員がする仕事は全て秘書の仕事です』
『え? じゃ、この領収書はどうすれば…」
『とりあえず、社長のデスクに置いとけばいいわよ。社長に印鑑ももらわないと
いけないし…。印鑑押したら、まとめて社長がデスクに置いといてくれるから』
『わかりました。ありがとうございます』
『社長秘書って周りから見ればカッコよく見えるけど、殆どが雑用だよね。
本当、津山さんにピッタリね』
『へ!?』
『み、美登里!』
千羽夜に突っ込まれ、美登里はハッと咄嗟に両手で口を押さえる。
なるほど、私を採用したのは雑務をやらせる為か……。
『あ、でもね。いくら雑用の為とはいえ社長秘書だよ』
その後、美登里は慌ててフォローする。
『そうそう。滅多にないよね。そんな待遇。誰でもなれるわけじゃないし……』
『あの…社長は何で私を採用したんでしょう…』
『さあ、それはわからないけど…。でも、貴方の履歴書を見て社長の顔色が
変わったのは覚えているわ』
やっぱり…私が津山雪子の娘だから…
そんなことはわかってたよ。
じゃなきゃ、母の名前なんか備考の欄には書かなかった。
コネ入社でも何でもいいと思った…。
あの時は私も必死だったから…。
どうしても、安定したまともな仕事に就きたかったんだ……。
『津山さん……入社した動機がどうあれ、今、津山さんは社長秘書でしょ。
社長に認めてもらえる秘書になればいいんじゃないかな』
『え… 』
『そうすれば社長だって津山さんを一人前の秘書として認めてくれると思うわよ。
それに、女としてもね』
麗花さん……
《回想が終わり現実へ戻る―――》
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