第30話 春陽社長を好きになってもいいですか?

 萌衣が春陽はるきの秘書として働くようになり1ヵ月が過ぎようとしていた。


 前の秘書達は春陽はるきから解放され別の部署へと移動になっていた。

 

 萌衣が彼女達の移動を知ったのは春陽はるきの秘書になって数日が

 過ぎた頃だった。


 萌衣は相変わらず春陽はるきにコキ使われ失敗も多いが文句を言いながらでも       

 それなりに仕事とプライベートを充実させていた。




〈少し春陽はるき社長の不愛想な顔にも慣れてきた所だ〉

 



この日、出勤するなり私のデスクには大量の領収書の山と帳簿が置かれていた。


『ん? これは、いったい……』


 萌衣はデスクの紙切れを見た瞬間、ゲッソリした顔で肩を落とす。


「今日は内勤だ。PCに打ち込みしとけ」


急に背後に現れた春陽はるきが萌衣の耳元でいつもより更に

上から目線で囁く。


「しゃっ…社長、急にどこから!? もう、、ビックリするじゃないですか」

 

 萌衣は咄嗟とっさに体を反り返し、春陽はるきの進行を止めないように

 足を1歩後ろへ引く。


「トイレに行っていただけだ」

 

 春陽はるきはデスクの前まで来ると静かに腰を下ろす。


〈トイレのドアが開く音も、歩く足音もしなかった、、、もしかして春陽はるき社長って

幽霊ですか?〉


〈―――ーーなんて、そんなわけないか、、、ドラマやアニメじゃあるまいし……〉


 ブツブツと小言を言いながら萌衣は席に腰を下ろしPCの電源を入れる。


もしや、今日はずっと社長とマンツーマンですか?

しかも、社長室という密室で2人きり、、、、え、マジですか?

私の心臓どこまでもつかな!?


今もバクン、バクンいってるのに……


――――が、立ち上がったPCに私は視線を向け凝固する。


 萌衣が呆然とPCを見つめる姿がチラリと春陽はるきの視線に

 入り込んできた。


「おい、どうした?」


「社長…これってどうやって開くんでしょうか?」


萌衣のPCのデータは全て削除され画面には何も登録されては

いなかった。


「お前はPCの使い方もわからないのか」

 と言いつつ、春陽はるきは席を立ち萌衣のデスクに向かって来る。


「失礼ですね。私だって高校の時、PCの授業もあったし多少の操作くらい

できますよ。一応、パワーポイントとエクセル、ワードの資格くらい持って

ますし…」

〈ギリギリ合格ラインだったけど……。卒業して殆ど使わなくなってまるっきし

ド素人並みに機械操作ができないとは言えないが…〉

※実は萌衣は一応資格だけ持っているノーペーペーだった。

仕事にはまったく通用しないノーキャリアなクセに愛嬌あいきょう

自信だけは人一倍あるらしい。


「ほう…。まあ、口だけなら何とでも言えるがな…」


春陽はるきが萌衣の背後に立ちPCを覗き込む。


「これは…データが初期化されてるな」

 

「え、初期化?」


「バックアップすれば復元可能性もありか…」


ドキッ、、、うわ、、、社長の顔が隣に、、、めっちゃ近すぎる、、、



春陽はるきはあっという間にデータの復元を終わらせる。


「よし、できたぞ」


「すごい…。社長って…名前だけじゃなかったんですね。いつも上から目線で

エラソーにしている人だと思ってました。PCとかできる人なんだ」


「あのなあ…」

春陽はるきは腰を伸ばし、その口からは一つため息が零れる。

その後、春陽はるきの足は萌衣のデスクから離れ、数歩行った先で

立ち止まり、萌衣に視線を向ける。


「フン(笑)。お前はユキと違ってよくしゃべる娘だ。あ、けど、ユキも生意気な

口調でよく俺に突っかかってきてたな。そういうとこ、まったく似たもの親子だな。調子いいところもソックリだ(笑)」

春陽はるきは普段は見せない優しい笑みを浮べた後、視線の先を戻し

再び自分ののデスクへと向かう。


かあああああああ……


次の瞬間、私の頬は生きのいい売れたリンゴのように赤く染まり、

私はその顔を隠すように俯いた。


平静を保ちながら私の指先はマウスへと伸び、マウスを2回クリックして

PC画面を開く。


横文字の長々しい数字とエクセル表にくるくる目が回る。

〈なんじゃ、こりゃ…〉


〈高校の時に受けたPC技能認定検定なんて話にならん、、、〉


「お手並み拝見させてもらおうか。PC技能検定に合格した実力を(笑)」

 

 春陽はるきの声に萌衣の視線がゆっくりと春陽はるきに向く。


〈うわああ、、、思いっきりにっこり笑っとる。絶対、ウソだと思っとる顔だわ。

まあ実際、使いモンにならないけど……半分、当たっとるし……〉


ここはひとまず春陽はるき社長の気を逸らして、、、


「あ、社長、コーヒー淹れましょうか」


「おお、意外と気がきくな。じゃ頼むわ、ブラックで」


「了解いたしました」


私はそそくさと席を離れ給湯室へと向かう。

   


【給湯室——――】


ダメだわ。息がつまるーーー。


テーブル台に両手をつき一気に肩の力が抜ける。ヤバいドキドキが止まらん、、、


何? あの不意に見せる笑みは? めっちゃカッコいいんですけど……


ああ…そういうこと、、、


母が春陽はるき社長のことを好きになった意味が何となくわかった気がした。


そして、母が春陽はるき社長に『好き』だって言えなかった理由も……


きっと母は春陽はるき社長とずっと繋がっていたかったんだね。

大人になっても、おばあちゃん、おじいちゃんになっても今と変わらず

普通に親友のように愚痴も言い合える友達でいたかったんだね。


母にとって春陽はるき社長は友達以上恋人未満だったんだ、、、



お母さん…春陽はるき社長の隣はなんだかとても居心地がいいです。


愚痴られても、上から目線でエラソーな言葉を言われても、不意に見せる笑顔や

優しさ言葉や態度にドキッとしたり,気づいたら目で追っていたりする。


その時には、もう心が奪われている。


やっぱり私はお母さんのDNAを引き継がれてるみたいです。



お母さん、、、私は春陽はるき社長のことを好きになったみたいです。




2つのコーヒーカップにコーヒーが注ぎ入れられた。


1つはブラック、もう1つは砂糖2杯とコーヒーミルク2杯が入った

甘いカフェオレ。


私は苦みのあるブラックコーヒーが飲めない。


春陽はるき社長は大人だ。私はまだまだ子供……



コーヒーカップを2つ並べたトレーを両手で持ち私は給湯室を出て、

春陽はるき社長が座るデスクへと向かう。


春陽はるき社長のデスクまで来ると、その足は歩みを止める。


「社長…コーヒーが入りました」


私はブラックコーヒーの方をそっとデスクに置く。


「おお、サンキュ」


また一つ、春陽はるき社長の緩んだ笑顔を見た。


ぽっ…… ドキドキする、、、、、


ねえ、春陽はるき社長……貴方のことを好きになってもいいですか?

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