第18話 好きと言えない彼女と先に告白した彼女

春陽はるき君は高校の時もかなり女子には人気があったが、

さらに5年後、春陽はるき君は増々男に磨きがかかり、ハイスペック

イケメン御曹司へと成長していた。そりゃ女子軍がたかるのも無理はない。


それに比べて、長テーブルの端で黙々と食事をしているのは雪子ちゃんか…。

かなり落ち着いている感じに見えるが、雪子ちゃんは眼鏡をかけ、

長い黒髪を後ろに束ねていた。あの頃とは正反対でまったく存在感が

なかったーーー。

しかもノーメイクで服装も普通だ。無理に着飾ってない。…というか、

ちょっぴりダサイ方に傾き掛けている。


これは……いったい…。


高校卒業後 5年の間で雪子ちゃんに何があったのだろう……


逆に葵ちゃんは増々、垢抜あかぬけていて綺麗になっていた。

化粧もナチュラルメイクで春陽はるき君が好きそうなタイプの女性へと

変わっていた。しかも、葵ちゃんは積極的に春陽はるき君の隣を独占している。

それに、さりげなく春陽はるき君にボディタッチをしている手が なんだか

エッチに見える。葵ちゃんからは湧き出るような女性ホルモンがムンムンと

漂ってくるようだ。 


男はあんな風に色気がある女にコロッと弱いんだよね。


『津山さんの母ちゃん、これで終わったな…』

隣でボソッと谷野やの君が呟いた。

『な…!!』

私はギロッと谷野やの君を睨み返す。

『まだ、わかんないじゃん。雪子ちゃんだってこれからだよ』

『いいや、雪子ちゃんの恋はここで終わるんだ』

『え?』

『前に言ったでしょ? 春陽はるき君の運命の相手は雪子ちゃんじゃない』

『じゃ、やっぱり葵ちゃん?』

『それが…葵ちゃんでもないんだよね』

『え……? じゃ、誰? 私の知ってる子? 』

『…俺の口からは言えないけど……』

『もったいぶってると、余計 気になるじゃん』



結局、谷野やの君は肝心なことは何も言わなかった。

私が何度問いただしても口を閉ざしたままで、そのうち話題を変えられた。


谷野やの君は私よりも5年先の未来からタイムスリップしてきたと言っていた。しかも、たまたま私の部屋にタイムスリップしてきた所へ寝ぼけた私の腕が当たり

行く先が狂ったように言っていたが、そんな必然のような偶然があるだろか…。

私は谷野やの君がこの時代に来た目的が他にあるような気がしていた。

だとすると、谷野やの君はなんの為にこの時代に来たのだろうか……。


まあ、そのおかげで私は母が好きだった人にも会えることができたし、母と父、

それに千恵子さんとの関係もなんとなく知ることができた。


もしかして谷野やの君の両親もこのクラスの中の誰かだったりして……。


でも、谷野やのなんて苗字の子、このクラスにはいなかった……。



「やっだあ、春陽はるきーってば(笑)くすぐったい…」

葵ちゃんの甘い甘いブリブリ声がキャンキャン響いてきた。

「葵の髪、何かサラッとしていい匂いがする」

春陽はるき君はさりげなく葵ちゃんの肩に手を回して艶のあるサラサラした髪を優しく撫でている。

しかも、お互い、呼び捨てで呼び合っているし……。前は『』って

呼んでいたのに、いつから『』なんて呼ぶようになったんだろう。

『あの二人、もう付き合っているのかもね』

谷野やの君が小さな声でさりげなく呟いた。

『まさか』と、言いつつ、私は内心2人がどこまで進んでいるのか気になっていた。そんな時、「ねぇ、春陽はるき、今、彼女いるの?」と春陽はるき君に

問い詰める葵ちゃんの声が聞こえてきた。


〈ホッ…。そんな質問をしているってことは2人はまだ付き合っていないんだ〉と、

安心したのはつかの間のこと、春陽はるき君から返ってきた言葉は――、

「ああ、いるよ。たくさんね(笑)」そう言って、春陽はるき君の茶化すような笑い声が耳に入ってきた。周りの子達は『また、やってる』『モテる男は違うな』みたいな態度でサラッと流しているみたいだった。大人になった男女は学生の時のような純な感覚はなく、お酒に酔いしれ、恋に酔いしれ、意気投合した男女がその場の

雰囲気や流れで一夜を共に過ごすことは今や同窓会の定番となっている。

そして、春陽はるき君の女遊びも更にエスカレートしていた。

高校卒業式の後、雪子ちゃんとお互い素直な気持ちが言えないままケンカ別れみたいにすれ違った気持ちも更に5年の月日が経った2人の距離は増々 離れているみたいだった。


「そうじゃなくて、特別な子だよ」


葵ちゃんが言った言葉に一瞬、春陽はるき君は口をつむいだ。


〈え!?〉


気のせいだろうか……。

その時、春陽はるき君の寂しそうな表情が私の目に映った。


「……いないよ。そんな子はいない…」

「ほんとに!? じゃあさ…私の彼氏になってよ。私ね、ずっと春陽はるき

ことが好きだったんだ。彼氏っていっても大勢の中の一人じゃ嫌だよ」


葵ちゃんは堂々と皆が見ている前で春陽はるき君に告白した。

 

「私…春陽はるき君の特別になりたい…」


雪子ちゃんが『好き』だと言えなかった言葉を葵ちゃんは皆が見ている公衆の面前で

堂々と春陽はるき君の目を見て『好き』だと告白した。

葵ちゃんはフラれることなど恐れてはいない。

 

 当然、葵ちゃんの告白は雪子ちゃんの耳にも届いていた。その後、雪子ちゃんは静かに席を立った。


「いいよ。じゃ、葵、俺達付き合おうか」

春陽はるき君はあっさりした口調で葵ちゃんの告白を受け入れていた。

「え、ホントに? 嬉しい…」


「うそ…マジで?」

「まあ、葵ちゃんなら仕方ないね、許す」

「美男美女でお似合いのカップルだよ」


みんなは祝福しているみたいだった―――ーーー。


春陽はるき、好きだよ」

「俺も…葵…好きだよ」


 見つめ合う2人は少しずつ距離を詰めていく。そして、出入り口に向かって歩いて来ていた雪子ちゃんが2人の前を過ぎようとした時、2人は人目も気にせずにその唇を重ねていた。

「……」

2人のキスを目の当たりにして『!!』雪子ちゃんは早々と座敷を出ていっ

た。


〈雪子ちゃん!!〉


私はすぐに雪子ちゃんの後を追う。


 その後から谷野やのも萌衣の後を追って店の外に出て行く。



私が店を出ると、康介さんが雪子ちゃんを迎えに来ていた。

雪子ちゃんの足は立ち止まり、康介さんに視線を向ける。


「康ちゃん……どうして…」


「お前のことが心配で迎えに来た」


「え?」


「雪子はあいつに自分の気持ち言えたの? あいつのこと、ずっと

想ってきたんだろ?」


 問いかける康介さんに視線を向けた雪子ちゃんは首を振っていた。


「ハルは葵ちゃんが好きだってさ」


「え」


「葵ちゃんもハルが好きだったんだよ…。みんなの前で堂々とキスしてた」


「そうか…」

 

 雪子は涙で潤んだ瞳を隠そうと俯いていた。


「……」


 康介さんは優しく雪子ちゃんの体ごと自分の方へと引き寄せていた。


「!?」


雪子の顔は康介の逞し胸板に密着し、康介の腕は雪子の全てを受け入れ、

包み込むようにして抱きしめている。


「康ちゃん…」


「雪子…俺達、一緒になろうか…」


「え?」


「俺と結婚しないか」


「でも…康ちゃんには千恵子さんが…」


「千恵子とは別れたんだ… 」


「え?」


「やっぱり…俺は雪子をこのまま一人、ほっておけないから……」


「同情なら私は…」


「同情じゃないよ…愛情。幼馴染で小さい時からずっと一緒にいたし、

俺の生活の中心にはいつも雪子がいて、それが当たり前になっててさ」


「うん…」


「雪子があいつを好きでもいいよ。あいつを忘れなくてもいいから…

俺があいつを好きな雪子の心も含めて幸せにするから」


「康ちゃん…ありがとう…」



私の瞳に康介さんと雪子ちゃんの姿が映る。



これが父と母が結ばれ、結婚した理由だったんだねーーー。


そして、千恵子さんは父の元恋人だった―――ーーー。


多分、父は一途な母をほっておけなかったんだね。

あまのじゃくの心を持つ母がこの先、誰かを好きになる度に

素直になれなくて、もしかしたら春陽はるき君をずっと想い

続け一生独身かもしれない。


そう思ったから父は母の心を理解し結婚したんだ、、、、



「結婚と恋愛は違う。そう思わない?」


私の隣に来た谷野やの君が静かに囁いた。


「――そうだね 」


そして、私達は2人に優しい眼差しを向け、康介さんと雪子ちゃんを

遠くから見つめていた。    


〈なんで谷野やの君は私の部屋にタイムスリップしてきたんだろ…〉



「あ、今、何で津山さんの部屋にタイムスリップして来たのか気になってる

でしょ」


「あ…うん…」


まったく、谷野やの君は鋭い。

人の心が読めるのか?


「無事にさ、現世に帰ることができたら教えてあげるよ」


「帰れるかな…現世に…」


「多分、そろそろ戻れるんじゃないかな……」


そう…その瞬間はいつだって何の前ぶれもなく突然にやって来るーーー。


心の準備もできていないうちから急に時代が変わっていたりする。

待ってはくれない。

ある意味スリリングのように思えるが、タイムスリップした

私にとっては混乱する。


―――そんな時だった、


静寂した人通りもない夜の道通りにポツポツと設置された街灯と

飲食店の明かりが灯り、向うから一台の乗用車のヘッドライトが

段々と近づいて来た。

ヘットライトの明かりが近づくほど光が眩しく私の瞳を照らし、

一定速度のまま乗用車は私達の横を通過する。


私達はその光に吸い込まれるように、乗用車が通り過ぎるまで呆然と

立ちすくんでいた。そのほんの数秒間だけ、ゆっくりと時間が流れて

いるような感覚に陥っていた。



そして、眩しい程の光は私達を包み込むと同時に消し去ったのだった―――ーーー。








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