第2話 あまのじゃくの恋( 突然の母の死)
母が死んだのはそれから2週間後のことだった。
締め切りに追われ ろくに食事も取らず私と父のご飯を作ると 母はいつも
『ただいまあ』
ある日、私が学校から帰ってくると、家の中はひどく荒れていて泥棒にでも
入られた後みたいに物があちこちに散乱していた。その合間をぬって私はダイニング
リビングを通り抜け母の仕事部屋へと向かった。
『ママ、ただいま』
いつも『仕事中は部屋を開けてはダメよ』と、言われていたけど、中から返事も
なく、なんだか嫌な予感がした私はそっと部屋を開けてみた。
『ママー、ただいま…』
私が部屋に入ると倒れている母の姿が視界に飛び込んできた。
『ママーッ』
気づいたら、私は走り出していた。
母の
机の原稿は真っ白いまんまで、床のカーペットには丸められた紙くずがあちこちに
散らばっていた。
そして、ママの体は固く動かなくなっていた。
『あ、そうだ、パパに電話を…』
私は慌てて部屋を出て行くと、ダイニングリビングにある電話の受話器を
手に取った。
『萌衣、何かあったら電話するんだよ』
前に父から言われていた言葉を思い出した。
電話機の前壁に掛けられたコルクボードには父の緊急時連絡先の電話番号を
書いた付箋が貼られ、私は無我夢中でその番号のプッシュボタンを押していた。
『あ、もしもし…パパ…』
『萌衣? どうした?』
『ママが…ママが…どうしよう…』
私のあたふたと慌てた声を聞いて父は急いで飛んで帰って来てくれた。
『萌衣ー』
父は母の変わり果てた姿を見ても取り乱すことなく落ち着いていた。
そして、震える私の体を包み込むように抱きしめてくれた。
『萌衣、大丈夫か?』
『うん…』
母は二度と戻って来ることはなかった―――ーー。
母の葬儀は家族や親族だけで
それでも、絵本作家の母の葬儀には出版関係者や同業者の方々が次々と
やって来ては棺桶に眠る母に
『康介君、まさか自殺じゃないだろうね』
『…いえ』
父はずっと俯いていた。
『じゃ、死因はなんだね』
『……』
父は何も答えることなく口を閉ざしたままだった。
『康介さん、もう少し大きい葬式の方がよかったんじゃないの』
『雪子が望んでいたお葬式ですから』と、父が親族や出版関係の方達に
言っているのを私は隣で聞いていた。父はその間も私のことを気遣い
ずっと手を握ってくれていた。
私の目から大粒の涙が溢れ出してきて止まらなかった。
なのに、父は涙一つ見せないで私の手を強く握りしめていた。
〈パパは悲しくないのだろか…?〉
ふと、私は横目でチラッと父の方に視線を向ける。
『……』
父は頭を下げてずっと俯いていた。
――だけど、本当はそうじゃなかった、、、
葬式も無事に終わり、私と父は家に帰ってきた。
そして、何か心にポツリと穴が開いたような虚しさを互いに感じていたが、
父も私も口にはしなかった。
『今日は疲れただろ。萌衣も早く寝なさい』
そう言うと、父はゆっくりと私の手を離し、背中を丸くしたまま
寝室へと入って行った。
私は父のことが心配になり、静かに寝室を開けた。
ドアの隙間から父の震えるようなすすり声が漏れていた。
なんだか、やり切れない思いが込み上げてきた。私は父にかける言葉も見つからず、静かにそっとドアを閉めた。
この日、私の母で絵本作家の
母の死後、暫くは父と2人で暮らしていたが半年後、父は再婚した―――ーー。
父の再婚相手は朗らかで優しそうな人だった。
だけど、私は新しい母となった
『お母さん』と呼ぶことができなかった―――ーーー。
それでも千恵子さんは『萌衣ちゃん、ゆっくりでいいよ。少しずつ慣れてくれれば
いからね』と優しく微笑んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます