第1話あまのじゃくの恋(メルフェン絵本作家、栗原ゆき編)

私が子供の頃、母はよく絵本を読んでくれた。


でも、それは全て母の空想の話だった。


絵本作家の母はよく私に言っていた。


『人はみんな、心に嘘をかかえているのよ』


『うそ?』


私は、子供心に『うそ』の意味がわからなかった。


『萌衣ちゃんも大人になったらわかるわよ』


そう言って、母は『あ、そうだ、新作ができたの』と描き上げた絵本を手にする。


『えほん、できたんだ。よんで、よんで。ママがかいた えほんはみーんな

だいすき』


『ありがと。じゃ、読むね【あまのじゃく恋】…』


あまのじゃく? 変わった題名だな…。


私は母の声が好きだった。絵本を読んでくれる母の優しい声が好きだった…。


母はベットに横になる私に優しく微笑みかけると、絵本をペラペラと

めくりはじめた。



『昔、昔、ユキに初めて好きな男の子ができました。名前はハル。

ハルはポカポカしてあったかい心をもっていました』


母の絵本は幼児向けの絵本というより、少しだけメルフェンタッチで描かれた

おとぎ話のようなものが多かった。


『ハンバーグは好き?』『キライ』

『晴れの日は好き?』 『キライ』

『ケーキは好き?』  『キライ』

『うさぎは好き?』  『キラーイ』


『キライ、キライって言っているうちにユキのまわりには友達が一人も

いなくなってしまったのです』

『やがてユキは気づきました。心の中にはあまのじゃくがいると……』

『だけど、ユキはあまのじゃくを追い出すことができなかったのです』

『好きな男の子に好きだって言える勇気がなかったのす』


『夏休みは好き?』『キライ』

『プールは好き?』『キライ』

『花火は好き?』『キライ』

『スイカは好き?』『キラーイ』

『全部、ユキの好きな物ばかりです。だけど、ユキは好きな物をずっとキライ

だって言い続けました』


『次の日もまたその次の日も…』

『あまのじゃくはユキの心にすみついてしまったのです』

『誰からも相手にされなくなったユキはひとりぼっちで森に入って行きました』

『そして、ユキは一人の男の子と出会いました』


『――ポカポカした春のことです。鳥がチュンチュンないてます』


『男の子はこっちを見て言いました。ぼくの名前はハル。きみは?』


『わたしはユキ。初めての恋でした。だけど、ユキはハルに気持ちを伝えることができませんでした―――ー』



いつの間にか私は母の声に癒され眠ってしまっていた。


いつも、そうだったーーー。


なぜか、私は絵本独特の睡魔におちいり絵本の途中で眠ってしまい、


最後まで母が読む絵本を聞いたことがなかったーーー。


優しく絵本を読む母の声はとても居心地がよく私は母の思う壺にハマり寝かされて

いたのかもしれないーーー。




まさか、この絵本が母が描いた最後の作品になるとは

                誰も思ってもいなかった――――ーーー。


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