第16話あまのじゃくの恋(舞台は高校卒業式へ――)

【お好み焼き屋・ふくちゃん】を入ると、そこは全く別の景色に変わっていた。


ここは――――ーー?


見覚えのある建物だ。隣には谷野やの君がいる。


私と谷野やの君は目の前の景色を見渡す。


「ここは?」


「体育館の裏庭か…」


「確か…お好み焼き屋を入ったんだよね。でも、またなんで学校?」


学校にタイムリープしたってこと?


なんで?


「しかも胸元に花なんかつけてるし…これってさ、コサージュ?」

 

 2人の制服の胸元には花のコサージュがつけられ、そして手には

 細長い筒を持っている。


この筒に見覚えがあった。昔、私ももらったことがある。

そう、小学校の時も、中学校の時も、高校の時も、その学務を

終了したあかしに学校最後の卒業式に貰った卒業証書を

入れる筒によく似ている。


いや…まさに…それは…


「卒業証書だな」


谷野やの君がその筒から中身を取り出して開けて見た。


まさに、それは卒業証書である。



「え?」


私は卒業証書に書かれ日付を見て驚く。


「日付が変わってる…3月2日。今日は卒業式だったんだ…」

「あ、ほんとだ…。じゃ、また飛ばされたのか…」

「多分…」



ーーーーー


「なによ、こんな所に呼び出して」



その時、どこからか声が聞こえてきた。


『誰かいる…』

私達は顔を見合わせると、声がする方へと近づいて行った。


「ハル……」


そう呼ぶのは雪子ちゃんだった。


『やべぇ、隠れて』

谷野やの君の囁きかけるような声が耳に聞こえ、思わず私達は

身を寄せ合うようにして建物の影に隠れる。


 

 雪子ちゃんの前には春陽はるき君がいる。


〈もしや…これは告白?〉


そして、私達は聞き耳を立てながら2人の会話を聞いていた。



「―――だから、俺が好きなのはアオじゃねぇ…俺はずっと前から

ユキのことが好きなんだよ」

「……」

春陽はるき君の頬は真っ赤に染まっていた。


〈やったあ、、、。ついに春陽はるき君が雪子ちゃんに告白した〉


 照れ笑いを浮かべ春陽はるき君はは真剣な眼差しで雪子ちゃんを

 見つめていた……


「ハル…」


その時、ちょうど私達とは対角線上にある木陰から葵ちゃんの

突き刺さるような視線が私の目に入り込んできた。

多分、雪子ちゃんも葵ちゃんの視線に気づいていたのだろう。


その直後だったーーー。


「バッカじゃないの。私がハルなんか好きなはずないじゃない。

やっと、これでハルと離れられると思ったらせいせいするわ」


 気づくと、雪子は心にもない言葉を春陽はるきに向って投げ放っていた。


 その後、葵はあざ笑うように静かに立ち去って行ったーーー。


「ああ、そうかよ! ユキの気持ちはわかったよ。じゃあな!」


そりゃ、そうなるでしょ。


春陽はるき君が怒るのも無理ないと思う。


「大学行っても2股、3股、女作ればいいじゃん!!」


「ああ、そうするよ。さっきの言葉は撤回するわ。しょせん凡人には

凡人の男が似合ってるよ。じゃあな」


〈ハルのバカヤロー……〉


立ち去る春陽はるきの背中が段々遠くなり、雪子は身を崩し地面に両手を

ついていた。雑草を握るその手の甲には涙がポタポタと落ちていた。

 

「ハルのバカ…」


小さく消えるように呟く雪子ちゃんを見ていられなくて、私は咄嗟とっさ

飛び出して、雪子ちゃんの背中を優しく撫でていた。


「なんで、あんなこと言ったの? ほんとは春陽はるき君のこと好き

なんでしょ?」 


〈萌衣ちゃん…〉


「私はあまのじゃくだから…」


「え…?」


「私、ハルの前だと素直に自分の気持ちが言えないんだ…。

ハルが好きだって言えないんだよ」


そう言って、雪子ちゃんは私に寄り添うようにして泣いていたーーー。




なんだか、私はいたたまれなく心がしめ付けられるほどに切なくなった。

  



母の初恋はこうして幕を閉じたんだね―――ーーー。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る