第21話 葵ちゃんによく似た人はスーツショップの店長

こんな時の為に履歴書用紙はすぐ書けるようにストックしていた。

高校卒業後、最初の就職先を半年で辞めてからバイトを転々と変わっていた為、

その度に履歴書を書いていた私はかなりの履歴書を消耗していたように思う。

『これで最後にしよう』

いつもそう思いながら履歴書を書いていたが、人には向き不向きというものが

合って私はすぐに飽きてしまい持続できないらしい。この1年半だけでも10回は

バイト先を変わっている。最長で3ヵ月、最短で3日。履歴書に嘘を書くこともできず正直者の私はありのままの履歴をそのまま書いてしまうからごまかしや融通ゆうずう

きかないのも私の短所だったりする。あまのじゃくの母とは違い私は何事にも

ズバズバ言う子供だったように思う。そう考えると私はどっちかというと父に

似たのだろうか…。でも、父も私が知る限りではそんなにしゃべるタイプでは

なかったように思う。…まあ、遺伝子なんて性格の問題で親子が必ずどっちかに

似るとは限らない。


翌朝、カーテンの隙間から差し込んできた日差しを浴びて目覚めた私はソファー

ベットを下りて着替える為に洋服ハンガーラックまで行く。いつもは適当に選んでいた服を今日は念入りにスーツを探してみたが私は一着もスーツを持っていないことに気づいた。バイトの面接はいつもカジュアルなラフな格好で行っても大丈夫だった為、私は入社式や綺麗な職場の会社というものに段々と縁遠くなっていたのだ。

一番最初に内定をもらった就職先の入社式は1日1万5千円のレンタルスーツを

借りた。

『え、1日、1万5千円? なに、これたかっ』

だけど買えば安くても1セット5万円はする。普段あまりスーツなんて

着ない私は取りあえず一時的にレンタルスーツで間に合わせたが、さすがに今回はそうもいかない。


春陽はるき君がどんな風に変わっているかは予測できないが昔からハイスペック御曹司だったことを想像するとさらに上をいくこと間違いナシだろう。

『舐められたらあかん。せめて外見だけでもビシッと決めないと、、、、』

思い立ったら即行動に出るのが私だ。だけど、そこにいくまでの過程に時間がかかるのも私の短所でもある。


私は取りあえず冷蔵庫にあるものでパパッと朝食を済ませ身だしなみを整えると、

数少ないバックの中から一番お気に入りのショルダーバックを選ぶと、バックの中に履歴書をしまい込んで家を出た。


 

 9:00ーー

 

 青々とした空にポツポツと流れる白雲を見つめ萌衣の足並みは真っすぐ

 直線距離を進んで行く。


私は建ち並ぶ店舗の前を歩きながらショーウィンドーに映るオシャレな

スーツに視線を向ける。付けられた値札は87万5千円。私にはとうてい

買えれないスーツだ。だけど、私の足はそのエレガントスーツやカジュアル

スーツに引き寄せられるようにブランドスーツショップへと入って行く。


 店内にあるきらびやかなスーツの数に魅了され、落ち着いた

雰囲気のある空間で生き生きと働くスタッフ達の笑顔に癒されていた

私は呆然と立ちすくんでいた。

 

「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しでしょうか?」

   

呆気にとられていた私に女性スタッフが声をかけてきた。

 


「え、ああ…。今から会社の面接に…」

 

そう言って私は彼女の顔を見る。

 

え!?


…この人…どこかで…。


私は一瞬、言葉を呑み込んだ。


「どうかされました?」

彼女はキョトンとした顔を浮かべている。



彼女の胸元に【店長 宮川葵】と書かれた名札が私の視線に映る。



え? 葵ちゃん? 


私は彼女のその容姿に驚く。



それは私が知っている葵ちゃんに顔が似ていたからだ。


でも…苗字が違う…。人違い? それとも……結婚したのだろうか…。


宮川って……。藤城じゃないんだ……。


どういうこと? 

同窓会の時はあんなにラブラブだったのに…。

春陽はるき君と別れたのだろうか…。

それとも別人なの?


「あの…」

宮川さんは困っているみたいだった。

「ああ、ごめんなさい。似ている人を知っていて…」

「私に?」

「はい…」

「まあ、世の中には3人は似ている人がいるからね(笑)」


そう言って宮川さんは笑っていた。


「面接、どんな会社?」


「ああ、この先にある藤城コーポレーションっていう会社なんですけど

知っていますか?」


「え?」


気のせいだろうか…!? 一瞬、宮川さんの表情が変わったような気がした。


「あそこの社長、結構クセがあるから気をつけた方がいいかも」


「え?」


「そうね。こういう感じのスーツがいいわね」

そう言って、宮川さんはスーツを私の体に当てて、「うん、似合ってる。

春陽はるきの好みだわ(笑)」と、選んでくれた。


え…?


今…春陽はるきって言った?


「そのスーツにはこのパンプスが合うわね」

「あの、試着してもいいですか?」


やっばり、宮川さんは春陽はるき君と

知り合いだったんだ。


「ええ、どうぞ。試着室はあちらになっています」


私は試着室に入りると、宮川さんが選んでくれた上下セットの

エレガントスーツを身につける。まるでシンデレラにでもなった

気分だ。パンプスを履けば完璧コーデの出来上がり。


「試着できました」

私は試着室に覆われたカーテンを開ける。

「とてもよく似合ってるわ」

「ありがとうございます」

「すぐに面接に向かうでしょ?」

「はい」

「その洋服、荷物になりますね。こちらから自宅に送りましょうか?」

「え、そんなことまでしてくれるんでか?」

「ええ、勿論。送料はいただきますけど」

「それじゃ、お願いします」

「こちらへどうぞ」

宮川さんに連れられ私はカウンターへと向かった。


「こちらに住所と名前、電話番号を書いてください」


「はい、わかりました」


「総計23万5830円になります」


え!? にじゅう…さんまん…


「どうかされましたか?」


「…いえ…あの…もう少し値段が安いスーツはありますか?」

「え?」

「すみません…なるべく安くお願いします」

 

父からもらった通帳には300万円程あったが、仕事もまだ決まってないし、

なるべく資金を押さえたい現状にある。


「了解です」

 そう言うと、宮川さんは「当店で一番安いスーツでございます」

と淡いグレーのスーツを出してきた。

かなり地味目のスーツだ。これじゃまるで就活じゃん。


ーーと思ったが、受かる確率が低い会社面接用のスーツに23万円も出せない。



「5万7000円になりますが……」


それでも、5万円もするのか…


「それでお願いします」

私は財布からクレジットカードを取出してカウンターに置く。

「わかりました。パンプスはサービスしておきますね」

「え? いいんですか?」

「面接うまくいくといいですね」

そう言って、宮川さんは微笑んでいた。

「ありがとうございます」

精算している間に私は送り状用紙に住所と名前、その他必要項目を書いていた。


「カードをお返ししますね」

「はい」

私はクレジットカードを財布にしまい込んだ後、財布をバックの中へ入れる。

そして、私は体を自動ドアに向けた。

「あ、ちょっと、待って」

宮川さんに引き止められた私は再び体の向きを戻す。

「これもサービス(笑)」

「え?」

宮川さんはあっという間に肩まで伸びた私の髪をセットアップして結ってくれた。

「よし、これでバッチシだ。面接頑張ってね(笑)」

「ありがとうございます」

私は自動ドアに向かう。



「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」

宮川さんに見送られ、イメージチェンジした私は晴々とした気分で店内を出る。

ふと、私はショーウィンドーに飾られた可憐で煌びやかなエレガントスーツに

視線を向けた。


〈あんなスーツで街中を歩けたらステキだろうな…〉


私には当分…いや…絶対そんな日は来ないだろうな……。

そして、私は再び歩き出した。


萌衣が店を出た後、葵はカウンターに戻り萌衣が書いた送り状用紙を確認する。



「え? 津山萌衣―--」

その名前を目にした葵はかなり驚いた表情をしている。


「あの子が雪子の子供……萌衣ちゃん…」

萌衣が出た後の自動ドアに視線を向けた葵が静かに呟く―――ーーーー。


「店長? どうかしました?」

葵の近くにいた女性スタッフが歩み寄り、

声をかける。


「悪いけど、これ送っといてくれる」

 

「了解しました」



葵は女性スタッフに送り状用紙を頼むと、

足早に店内を出て行った。


店の外に出た葵は辺りをキョロキョロと見渡すが、人が行き交う

朝の混み合う道並みに萌衣の姿を見つけることは出来なかった。


「萌衣ちゃん……」


〈きっと、また会えるよね〉

そう思いながら、葵は気分を切り替えて、持ち場へと戻って行ったのだった――。







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