第25話 萌衣、ハイスペック社長の秘書となる

 翌朝、萌衣が藤城コーポレーションに出社するとロビーで麗花が待っていた。


「津山萌衣さんですね」


「はい」


「こちらです」


洗練された上品な声質に魅了されながら私は

彼女の後ろから歩いて行く。


コンコン――。

 麗花が社長室のドアをノックする。


「失礼します」


 萌衣は麗花に連れられて社長室へと入室する。



社内の広い廊下から部屋数も多く、すごいと思ったが社長室もかなり広くて豪華な

ブランド品の家具が揃っている。


見た感じ20畳はある…いや、それ以上かも……。


私はその目に映り込む全ての景色に圧倒され、呆然と立ちすくんでいた。


「社長,津山さんを連れてきました」

「おう、そうか…」


デスクに座っている春陽はるきが萌衣に視線を向ける。


まさにハイスペック社長だ。年間、資産数百億円を稼ぐ男、春陽はるき

一時期、倒産危機だった赤字からたった一年で黒字にさせた男でもある。

高年収、高身長、おまけにイケメンとくれば女がほっておくはずがないだろう。

独身だとか既婚者なんて関係ない。お金と地位と容姿端麗。それさえ備えあれば

女は自然に寄ってくるのだ。


自信過剰で常にトップをいく王子様は大人になっても昔の面影があった。


現在、春陽はるきについている秘書は麗花を含め3人いる。

つまり日替わりで朝、春陽はるきから連絡が入る。

選ばれた者が春陽はるきの秘書となるシステムだ。


「何をぼーっと突っ立ってる」

春陽はるきはデスクを立ち萌衣に向かって近づいていく。

「え…」

「さっさとそれに着替えろ」

春陽はるきは壁際のハンガーラックに掛けられた可憐なスーツに視線を向ける。


「え、これ…」


そのスーツは昨日、【ブランドスーツショップ・アオイ】のショーウィンドーに

飾られていたスーツだった。萌衣はあまりにもそのオシャレでエレガントなスーツに

引き寄せられるようにスーツショップへ思わず足を踏み入れてしまったことを思い出す。


〈うそ…87万5千円のスーツ〉


「ちっと安いがそれで我慢しろ」


〈……これが安い? 金銭感覚違い過ぎるわ〉


私はチラッと春陽はるき君の方へ視線を向ける。


よくよく見ると、春陽はるき君ってイケメン顔だ、、、。

昔と全然変わらない顔立ちとルックス。おまけに金持ちで地位もある。

完璧な大人に成長している。上から目線で命令口調な所がちょぴり痛いが、

それ以外はパーフェクトといってもいい。


母はドSの春陽はるき君のどこを好きになったのだろう…


「早くしろ。あっちの部屋が試着室となってる」


春陽はるき君って、意外とせっかちだなあ…


「え…、あの…スリーサイズは言わなくてもいいんですか?」

「お前のスリーサイズなんぞ興味ない」

「……」

墓穴を掘ったみたいに私は急に恥ずかしくなった。


「フン…。言わなくても見りゃわかる」

 

 春陽はるきはバカにした口調で私の体に視線を向けて鼻で笑う。


はあ!?……なんなのよ、あの口調…


「こちらです」

 麗花はスーツを手に取ると萌衣を誘導するように先を歩く。

「はい」

心はめちゃくちゃムカついていたが、ここはひとまず我慢し私は麗花に

案内されるまま試着室へと入る。


当っているだけに返す言葉もない。


「それでは、これに着替えてくださいね。社長はこの後、仕事がありますので

急いでください」


「はい…」


そりゃ胸ナシ、金ナシ(いや、お金は父がくれた生活費の300万円の通帳があるが…)それにしても見事な幼児体形だわ。女の魅力なんて全然ない……


なんで、春陽はるき君は私の事を採用したんだろう……。


私は渡されたエレガントでオシャレなスーツを肌に感じながら、

まるでシンデレラにでもなった気分で全身が映る鏡の前に立っていた。


これが私…。


いい服を着るだけで、その容姿はまるで生まれ変わったように

違う自分が鏡に映っている。


「別人みたいだ…」




ガチャ。


ドアが開き萌衣が試着部屋から出て来る。


「……?」


春陽はるきの視線が萌衣に向く。


「フッ。孫にも衣装だな」


 春陽はるきはまた鼻で笑う。


「……」


萌衣はブスッとした顔で頬を膨らませる。


「ふっ…まるでフグだな」


〈なっ……〉


また、春陽はるきが鼻で笑う、、、


「それじゃ、私はこれで失礼します」

「ああ…今までありがとうな。明日からは設計の方についてくれ」

「承知いたしました」


「え…」

〈ちょっと、待ってよ…このタイミングでこのハイスペック社長と

二人っきりなの!?ムッ無理、私は過去で春陽はるき君の事を

知ってても春陽はるき君は私の事を知らないはずだし…上手く

やれる道理なんてあるはずないじゃん〉


「ちょっと、待ってください」


気づいたら私は彼女の腕を掴んでいた。


「え?」


「私は何をすればいいのでしょう?」


「お前には俺の秘書になってもらう」


「はい!?」


背後から聞こえた春陽はるき君の…いや…ハイスペック社長の低い声に

私はゆっくりと視線を向ける。


「秘書ですと? あー、そんなの絶対無理です。無理に決まってるじゃないですか。

その仕事でしたら、お断わりさせていたたきます。ー帰ります」


私は試着室へと向かう。


「逃げるのか」


また、背後から春陽はるき君の声が聞こえてきたが私は振り返ることなく、

その足を進めた。


「所詮お前もユキと同じだな」


「え…」


ユキ…。春陽はるき君は母のことを覚えている。


春陽はるき君は私が津山雪子の娘だと知っている。

履歴書、備考の欄まで見てくれたんだ。


「お前が今ここを出て行くことは許さない。もしも、お前がここを出て行けば

お前は一生負け組のまんまだ」


「!!」

負け組……それはイヤだ…


私は振り返り春陽はるき君に近づいていく。


「わかりました。でも、秘書は無理です。他の仕事なら…」


ーーー少し、春陽はるきと萌衣の間に沈黙ができたその時,麗花が口を開く。


「社長…私はこれで 失礼します…」

「ああ…」

春陽はるきが視線を向け、低い声で答えると、麗花は軽く一礼をして

社長室を出る。


再び春陽はるきは萌衣に視線を戻し、

「お前には無理だな。お前にできる仕事は秘書以外何もない」


「でも…春陽はるき君…」


「―――-春陽はるき君?」


春陽はるき君の突き刺さるような視線に私は思わず両手で

口をふさぐ。


ーーーと、同時にハッ…と気づく。


ここは現世だ。母の過去ではない、


現世の私が春陽はるき君って呼ぶのは

変でしょ。


「!?」


春陽はるき君も変な顔してるし…。

でも、ついクセで…気をつけないと…。

やっぱり、ここは社長と呼んだ方がいいでしょ。


「ユキから何を聞いたか知らんがここでは社長と呼べ」


「はい、わかりました」


「まあ、どうせ俺の悪口が殆どなんだろうが…」


悪口? 母はそんなこと一言も言ってなかったよ。


それに、私が行った母の過去でも社長の悪口なんか言ってなかったよね。


もしかしたら社長が過ごしてきた過去と私が行った過去には微妙に

違う物語があったのだろうか……。



「あの…それで、私は何を?」


「俺のスケジュール管理と車の手配、打ち合わせのアポと…事務仕事だ」


それってほぼ雑用と変わんないじゃん…

『お前にできる仕事は秘書以外何もない』


ーーーだから,社長はあんなことを言ったのか、、、なっとく……。


え、じゃ、まさか日中はこの部屋でこの鬼社長とマンツーマンってこと!?


マジか――ーー?


「おい、さっそく出かけるぞ」


「あ、はい」

私は先行く社長の後を追う。


「あ、あの…それで社長…どこへ行くんですか?」


「打ち合わせだ。その後、接待で麻布の店に行く。予約しとけ」


「はい、了解です」

――って、店ってどこだ!? 食べ物屋か…

「後でお前のスマホに店のリスト送るー」

私が困っていることがわかったのか,社長は

クールに言った。

「どうも…」

私は軽くペコリと頭を動かす。

「それから、あくまで俺とお前は社長と平だ。口の利き方には注意しろ」


「はい、承知いたしました」

社長の真顔,めっちゃ威圧感がすごい…


こうして社長室を出た私と社長はまっすぐと廊下を直進して行くーーー。


ーーーちょうど、受付の前に通りかかった時だった。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

受付美女達は深く一礼する。

受付嬢達に見送られながら、社長と私は先へと進んでいく。


そして、自動扉が開き【藤城コーポレーション】と後にしたのだった。


目の前には豪華な乗用車がすでに待っていて、社長が立ち止まると

私もその歩みを止める。

「何をしてる。早く開けろ」

「あ、はい」

私はすぐに後部座席のドアを開ける。社長が先に乗り込み、私が呆然と

突っ立っていると「お前も乗るんだよ!」と社長は蟀谷こめかみ

ピクピクさせながら怒鳴る。


「あ、はい」

私は大きな声に驚いて早々と乗用車に乗り込んだ。

そして、ドアを閉めると乗用車はゆっくりと走り出した。



まったく…前途多難です。


これからどうなるのでしょう……。

















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