第24話 一本の電話

こんなことなら、宮川さんがコーディネートしてくれた23万円のエレガントスーツにしとけばよかったかなあ……と、私はちょっぴり後悔していた。


でも、これでよかったんだ。


藤城コーポレーションで働く女性は

美女ばかりだった。


私とじゃ、格差がありすぎる。


まあ、スーツ代に5万円の出費は痛いが、

23万のスーツを選ばなかっただけマシなのかもしれない。私に23万円のスーツは豪華すぎるし似合わない。無駄なお金を使わなかっただけ私の選択肢は間違っていなかったと思う。



母が亡くなった時、暫くはかなり落ち込んでいた。


自分の殻に閉じこもり、暗い部屋で呆然とする毎日に父も千恵子さんも

『どうしていいか』わからなかっただろう。


そんな私を父も千恵子さんも怒らなかったし、責めなかった。


温かく見守ってくれていた。


いつの日か忘れたが目の前の霧がバァーッと

晴れ,私は自分の部屋から出た。


明るい光を久しぶりに浴びた。


『萌衣ちゃん、今日は外でお昼ご飯食べようか。何となく今日は

そんな気分だったからお弁当作ってみました』


そう言って、千恵子さんは笑っていた。 

その隣で父もほころんだ笑みを浮かべていた。


父のあんな笑顔を見たのは初めてだった。


私は千恵子さんに嫉妬していたのかもしれない。

だから、私は千恵子さんのことをずっと

『お母さん』って呼べなかった。


人間っていうものは美味しい物を食べると、

ケロッと立ち直りも早い。それは、私が持つ

本来の性格なのがもしれない。

私は成長と共にポジティブに強く生きようと思い泣くのをやめた。

無理して笑うのもやめた。

だけど、心はいつだって前向きだった。


その分,切り替えも早くなっていたーーー。





私が自宅マンションに帰った頃には鮮やかな空色は消え、真っ暗な夜の街に

チラホラとネオンが光っていた。


〈買い物をしていて随分と遅くなっちゃったなあ…〉


『慣れないスーツなんか着たから足はパンパンに張るし、肩はこるし

おまけに面接さえも……』


ーーーガーン……。


……思い出すだけで、顔から火を噴いたように赤くなり恥ずかしくなった。


まるで,火山が爆発したみたいに頭上から湯気が出ているようだ。


 萌衣の脳裏に上から目線で見下す春陽はるきの顔が浮かぶ。


『もう最悪だわ……』


 ブツブツ小言を言いながら萌衣はエレベーターが降りて来るのを待っていた。


「津山さん、お帰りなさい」

 

「ん?」

その声に萌衣が視線を向けると、管理人の藤城が優しい笑みを浮かべて

立っていた。


「ああ、管理人さん、ただいま」

「荷物、届いていましたよ」

「え」

「部屋の前に置いてるよ」

「ありがとうございます」

「その格好は…面接だったのかい?」

「ああ…まあ。でも、多分無理です」

「え?」

「藤城コーポレーションって知ってます? あそこの社長があんな人だとは思わな

かったですよ。普通、面接でスリーサイズとか聞きますか? しかも、受付社員も

秘書も普通に答えてるし。絶対、セクハラですよね」


私は心にまったモヤモヤした感情をなぜか管理人さんにぶつけていた。


「ーーですね(笑)」


管理人さんは嫌な顔を見せずに朗らかな笑顔で私の話を聞いてくれていた。


「それは、大変でしたな」


「もう、春陽はるき君があんな人とは思いませんでしたよ」


春陽はるき君?」


「そのセクハラ社長の名前です」


「もしかして、その社長さんは津山さんの知り合いだったのかい?」


「え…? ああ…」

〈まずい…。母の過去へ行って来たなんて言えない…。仮に言った所で多分、

管理人さんには信じてもらえないだろうけど…〉


「あ、その…知り合いとかじゃなくて…。実は母と同級生みたいで、ちょっと母から聞いたことがあっただけなんですけど…ね」

私は咄嗟にごまかした。

「そうだったんですね」

何とか,その場をクリアすることが出来たみたいだ。ーーーと、ちょうど、

その時 エレベーターが到着して扉が開いた。


ホッ、、、ひとまず安心し、「それじゃ、管理人さん、私はこれで…」と、

話を逸らすようにしてエレベーターに乗り込んだ。


「津山さん」

 藤城が再び、萌衣を引き止めるように声をかける。

「はい」

 萌衣は人差し指で【開く】ボタンを押し、エレベーターの動きを止める。

「きっと、津山さんに合った仕事が見つかりますよ。あきらめずに頑張って

下さいね」


管理人さん……


「ありがとうございます」


管理人さんは温和な笑みを浮かべていた。その微笑みにこたえるように、

私の顔も段々頬の筋肉が緩み、目尻が下がり自然に表情がなごんでいた。


その後、萌衣の人差し指が【閉じる】ボタンを押すと、エレベーターの扉は閉まり、上昇していった。





チン。エレベーターは7階で止まると、扉が開き私はエレベーターを降りる。


私が共用廊下を直進して行くと、部屋の前に置かれた段ボール箱が視線に

入ってきた。


多分、荷物は私の服だ。部屋の前まで着た私は荷物の差出人を確認する。


【ブランドスーツショップ・アオイ】

           【担当・沢口】

【商品名 衣類】


〈やっぱり、スーツショップからだ〉


私は部屋を開け、スーツショップから届いた荷物を部屋の中に取り込むと、

取りあえず荷物をリビングまで運び、ショルダーバックを首から外し、

買い物袋をダイニングテーブルに置く。

その後、荷物が入ったの段ボール箱のガムテ―プをはがす。


トゥルルルルル……トゥルルル……


どこからか音が聞こえてきた。


「んー?」


私はゆっくりと立ち上がり、音がする方へ視線を向けて進んで行く。


どうやらその発信音はショルダーバックからのようだ。

私はショルダーバックを開けて「トゥルルル…」と、音が鳴るスマホを手に取り、

【受話器】ボタンを押す。


「はい、もしもし…」

知らない番号だったが、取りあえず電話に出て見た。

ほっとけばすぐに切れて、多分、もう二度とかかってくることはなかっただろう…。

でも、間違い電話なら「間違いです」とはっきり言うつもりで私は『電話に出る』という選択肢をとった。


「津山萌衣さんの携帯でよろしいでしょうか?」


聞き覚えのない洗練された女性の声だった。


「はい。私です」


「こちら、藤城コーポレーションですが、貴方を採用することにいたしました。

つきましては明日、もう一度我が社に来ていただけますか」


〈え…うそ…マジで?〉


「はい、わかりました」


そう私が答えると、すぐに電話は切れた。


私はスマホを持ったまま暫く放心状態だった。『間違い』じゃないよね!?


後になってから指から震えがきた。


でも――ーーなぜだかわからないけど、めっちゃ嬉しいーーー!!


我に返った私は勢いよくソファーベットに向かってダイブする。


ドッサ!! バタバタバタ……!! 


足を繰り返しバタバタさせてもニヤついた顔は止まらない。


〈うそみたい。夢みたい…。採用されちゃった、、、私が正社員…〉


『スリーサイズ言ってみて(笑)』


再び春陽はるき君の顔が頭に浮かび、思わず私は腰を上げる。

そして両手を広げ、むぎゅっうと自ら胸に触れて見るが殆ど感触がない事に、

ガクリと落ち込む。


でも―――ーーーやっぱり、スリーサイズは測っておいた方がいいのかな……。



〈メジャーなんて持ってきてたかなあ……〉

私はあらゆる引き出しを開けてはメジャーを探す。

そして、高校の時に使っていた裁縫道具箱が三段ボックスの下段の奥から

忘れられていたように少しホコリがかぶって出てきた。


裁縫道具箱からメジャーを取り出した私は『まずはバストから』と

メジャーを胸に当ててバストを測る。


78-—ーーマジか、、、Aカップ、、、、


Bくらいはあると思っていたが全然足りないじゃん、、、どうりでブラジャーをつけても先の方がスカスカしてるわけだ。


ウエスト66


ヒップ80


身長は160センチくらいはあると思う。

(実際は155センチ程度である。5センチもサバを読んでいる事に

本人は気づいてない。というか、かなり適当な部分が多い。日常でも大雑把で

めんどくさがり屋の萌衣は典型的なO型の特徴でもある)



体重なんて最近、測ってないな、、、


あの社長のことだから体重も聞いてくるかもしれない。

ここは適当に48kgくらいにしとくか…。

え、まてよ…48kg…って、ちょっと痩せ気味? それとも太いのかな?

わかんないや…。


まあ、そのあたりは適当に聞かれたら答えよう……。




とりあえず、私は遅い夕食を済ませ、体の疲れをキレイさっぱり洗い流すために

シャワーを浴びた後、ソファーベットに潜り込んだ。


今夜は熟睡できそうだーーーー。


そして、私はゆっくりと瞼を閉じるーーー。





こうして、朝日が昇る頃、その光を浴びて私は朝を迎えたのだった――――ーーー。


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