第56話 彼の名前は亡き初恋の人 藤城翔流君

なぜ、翔流かける君が再び私の前に現れたのかわからなかった。


私と翔流かける君は墓地の周囲を少し散歩していた。


「前に母の過去に一緒に行ったのは翔流かける君だったんだね」

「うんーー」

「あの世で母に会ったの?」

「うん…」

「あの日、あの世でジャンケンゲーム大会があったんだ」

「え…ジャンケン? あの世って結構楽しいところなの?」

「それの優勝賞品が人間界に旅行に行けるチケットだったんだ」

「へ?」

「ホントは雪子さんが優勝したんだけど、そのチケットを僕にくれて…。

一時だけ人間界に戻って来れたんだ。人間界に戻って来ると、体もちゃんと

あってさビックリした。でも、神様がドジな人で僕が飛ばされたのが5年後の未来だっんだ」


「へ?」


「最初に会いに行ったのは親友の谷野やの君だった―ー」


「……」


谷野やの君が昔、発明家になりたいって言ってたことを思い出してさ。

どうしてるかなって思って…」


「それで?」


谷野やの君は試作品のタイムスリップの機械を作りながら机に顔を埋めて

眠ってた。タイマーは5年前になってた」


「え?」



「驚いたよ。多分、谷野やの君は僕が事故に遭った5年前に行こうとしてたんじゃないかって、ピンときたよ。それで、僕はこっそりそれを借りて昔、住んでたマンションに行ったんだ。まさか、僕の部屋に萌衣ちゃんが引っ越してきてるなんて思わなかったけど…」


「それで試したんだねスマホ式のデジタルタイムトラベルの機械を…」


「うん…」


「じゃ…今日は…どうして?」


「お彼岸の奇跡かな」


「え?」


「あの世で神様が話してくれたんだ。お線香の煙はあの世とこの世を繋ぐ

道しるべだってさ…」


「え…」


「でもね、お彼岸やお盆になるとあの世にはたくさんの煙の道ができるんだ。

それに上手く乗れて自分のお墓に戻れることができたら奇跡が起きて愛する人が待つ場所に帰れるんだって……運が良ければ魂が甦えることもあるって言ってた。雪子さんは方向音痴だから毎回失敗してるって言ってたよ。僕も初めて帰れたんだ」


「じゃ…本当に奇跡が起こったんだ…」


「うん…。ねぇ、萌衣ちゃん…お父さんのこと好きになった?」


「え?」


「僕にはわかってたよ。多分、萌衣ちゃんはお父さんのことを好きになるんじゃ

ないかって……」


翔流かける君…


「僕はもうこの世にはいない……。だから、僕のことは気にしなくていいよ。

萌衣ちゃん…お父さんのこと、宜しくね」



「……」

 言い返す言葉も見つからなかった。


「そろそろ戻ろうか…。お父さんと雪子さんも多分、最後の別れができた頃だと

思うから…」


「うん」



私と翔流かける君がお墓に戻って来ると、春陽はるき社長が

線香に火をつけて線香立てに線香を立てている所だった。


そして煙はどんどん高く天に昇って道しるべを作っていた。


「バイバイ、萌衣…ハル…」


「お父さん、萌衣ちゃん、バイバイ。僕はずっと遠い空から見守っているから…」


その後、煙に乗って母と翔流かける君の姿は消えてなくなっていった。

2人の姿が消えた後も煙の道は波打つ線を薄っすらと空に残し次第に跡形もなく

消えていた。


私と春陽はるき社長は呆然と暫くの間、空を眺めていた。


春陽はるき社長…母と最期の別れが できましたか?」


「……」


春陽はるきは雪子と話した会話を思い出す。


春陽はるきの回想】


『ハル…萌衣の事を宜しく頼みます。もう、私の事は忘れてください。

萌衣の気持ちを受け止めてあげてね』


『ユキ…ああ、わかった』


『私はずっと見守っているからね。萌衣のこともハルのことも…』


『ああ…』


『私は自分の人生に悔いはありません。ハルが幸せなら私も幸せだったから…』


【回想が終わり、現在2人がいる墓地へ戻る】


〈皮肉なものだ。この世にいなくなって初めてユキの素直な言葉が聞けるなんてな…〉


「……ああ、話は終わった」


春陽はるきが静かに囁いた。



「帰るぞ」


「はい…」



そして、2人は墓地を並んで下って行くーー。



春陽はるきの心は過去に縛られていた鎖から解き放たれていくように

少しだけ軽くなっていた。




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