第38話 私は社長の秘書ですから

萌衣が会社の前まで来ると、ちょうど正面玄関から出てきた春陽はるき

会社前に停車している乗用車に乗り込む所だった。



「社長!!」


「ん?」

萌衣に気づいてた春陽はるきは行く足を止めて、その視線を萌衣に向ける。


私は春陽はるき社長に駆け寄って行く。


「お前、どうして…」


「お供します」


「休んどけと言っただろ」


「休みましたよ。十分、睡眠をとったので大丈夫です」


萌衣はにっこり微笑むと、 

「さあ、早く乗ってください。先方を待たせるわけいきませんから」

そう言って春陽はるきの背中を押して車に乗せた後、自分も便乗する。


春陽はるきの視線が萌衣を見る。


「私は社長の秘書ですから」

真顔で言った萌衣の頬が少しだけピンク色に染まる。


萌衣は正面を向いたまま、恥ずかしさのあまり春陽はるきの顔をまともに見ることが

できなかった。


「フッ」


そんな萌衣の横顔を見て、春陽はるきの顔にもほころびが現れていた。


春陽はるき社長が隣にいるだけでドキドキが止まらない。


私、今どんな顔してる? 春陽はるき社長は?


どんな顔をしているのだろう……。


「……」



この沈黙がたまらなく痛い、、、何かしゃべらないと……身がもたない、、、


「社長、今日の食事はなんでしようね(笑)」


「お前が予約したんだろ、料亭松戸屋…」


「…そうですけど、、、実は麗花さんに聞いて。田処建設の社長さん、

食にはうるさいみたいだし…。料亭松戸屋の料理が好きなんですよね」


「…ああ。他には?」


「え?」


「麗花に聞いたのは…それだけか…」


「ええ、はい…」


「そうか…」


「他にも何かありますか? 何かあるなら教えてくださよ。

一応、私も知っておいた方がいいかと……」


「……いや、別に。お前には必要ない」


なによ、それは……。隠されると余計に知りたくなっちゃうじゃん。



【料亭 松戸屋】の前―――ーー。


春陽はるきと萌衣を乗せた乗用車が停車する。


「商談が終わる頃、また連絡する」

春陽はるきは運転手に聞こえるように静かに囁く。

「わかりました。私は近くで時間をつぶしていますので…連絡お待ちしています」

「ああ、サンキュ」



後部座席のドアが自動で開き、萌衣と春陽はるきが乗用車の後部座席を降りる。



目の前に見える【料亭 松戸屋】の表札を入ると更に庭があり、

昔ながらの古風な屋敷へ繋がる天然石でできたタイルの道を春陽はるき社長の

一歩後ろから私は進んで行く。

植木屋さんによって剪定せんていされた見事な出来栄えの庭木に心まで

癒される。道しるべになっている外灯はLED使用のオシャレなデザインの

ソーラーセンサーライトである。夕方の空にはまだ反応しないが、空が暗くなり

人の気配をセンサーが認知すれば稼働し暗闇を照らす光の道しるべへと変わるのだ。



玄関を入ると、「いらっしゃいませ、藤城様。お待ちしていました」と

着物を着た仲居さんが出迎えてくれた。仲居さんは着物が似合う落ち着いた

感じの古風な女性だった。


「どうぞ、こちらへ」


仲居さんは私達を誘導するように足音も立てずに静かに進んで行く。

そして、私と春陽はるき社長は仲居さんの後から足を進ませて行った。


私と春陽はるき社長は案内されるまま【梅】と表示された部屋へと入室した。

ふすま を開けると、そこは落ち着いた感じの和室になっていて、

そのい中央には長方形の座卓があり畳とマッチしていて癒しの空間を演出させて

いる。


「お食事はいつ頃、お運びいたしましょうか?」


「ああ、もう一人来られる予定ですので、彼が来た時によろしく頼みます」


「承知いたしました。では、ごゆっくり」


そう言うと、仲居さんは品格のある手慣れた手つきで襖を

静かに閉め、部屋を後にした。

 

「社長、いいお部屋ですね(笑)」

辺りをキョロキョロと見渡し浮かれ気分な心を弾ませ私は言った。


「フッ」


春陽はるきはそんな萌衣を見て一瞬だけ思わず笑みが零れた。


私は貴重なその一コマを見逃さなかった。


「遊びじゃないんだ。浮かれるなバカ」

「…はい」

「気を引き締めろ。これはビジネスなんだ」

「はい…」

「もしも取引に支障が出たら,すぐに帰らすぞ」

「………は…い…」


その後の言葉がどんなに冷たい言葉だとしつも、今の私にはそんな言葉さえも

温かく感じていた。



そして、私は初めて見た春陽はるき社長の優しい笑みにドキドキしていた。






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