第49話 食事は私の部屋で……2人の時間

夕暮れ空はグレイに変わりつつも、まだ街も人も動いている。

仕事終わりのOLやサラリーマンは肩を並べてどこかに向かっている。

これから飲みにでも行くのだろうか……

恋人繋ぎで歩くカップルはこれから食事デートか。その後はお決まりのパターン。

きっと甘い夜を過ごすのだろう……。

早々に歩き急ぐ足並みは駅へ向かっているみたい……。

多分、家族が待つ家へ帰るのだろう……。




車に揺られながら私は呆然と窓越しから見える風景を眺めていた。


早くもなく遅くもなく前の車と程よい車間距離を保ちながら安全運転で

走行している。フカフカの座席は居心地がよく安心する。


運転してるのは春陽はるき社長だ。


『あっ…』


ルームミラーに映る春陽はるき社長の視線と目が合った。


え? え? え? どういうこと?


……っていうか、なんで、私は春陽はるき社長の車に乗っているんだ、、、、


私は座席の背もたれにリラックスしていた頭を離し姿勢を立て直す。


これは、仕事帰り? それともプライベート? 

頭の中がごちゃ混ぜになり混乱する……。


でも、春陽はるき社長が運転しているということはプライベートだよね。



ガサッ


私の手が何かに触れた。


え? ふと、私は音の方へと視線を向けてみた。


これは…いったい…


買い物袋に大量の食品が……


私はその買い物袋が気になり、そっと手を伸ばす。


買い物袋の口を持った手が少しだけ袋を広げる。私はその中身を見て驚く。


うわあ、高級なお肉…しかも牛肉が5パックも…ハクサイ、椎茸に豆腐…


何? 椎茸1200円? 高っ しかもデカいし、型崩れしてない良い椎茸だわ。



「お前が寝てたから勝手に買い物すませたぞ」


「え? これ、全部社長が? 」


「おう…」


「高かったでしょ、特に牛肉…」


「しめて7万8000円だ」


「なっ…ななまん…? 嘘でしょ? 夕食の材料だけに7万って…?」

〈絶対にありえない〉


「安いか…」


〈私は春陽はるき社長の金銭感覚を疑うよ〉


「とんでもない…。半分出しましょうか…」

〈仕方ない、父からもらった通帳から…〉


「お前の少ない給料からもらうほど小さい男じゃないんでね」


〈それは…出さなくてもいいってことなのかな? ホッ…〉


一息つくのも束の間……車は目的地に辿り着こうとしていた。



―――ーーというか、こっち方面って…まさか…



「おい、着いたぞ」


春陽はるきが運転する車はマンションに隣接する駐車場へ入る。


「やっぱり…」


目の前にあるのは私が住んでいるマンションだ。


「降りろ」


「はい…」


私は後部座席から降りる。


運転席を降りた春陽はるきは後部座席のドアを開け、荷物を手にすると

萌衣の隣に回ってきた。


「今夜はお前の部屋で食べるとするか」


「へ!?」

〈マジですか?〉

私は春陽はるき社長に視線を向けるとパチクリ、パチクリ何度も

瞬きを繰り返す。


「なんだ?」


「正気ですか?」


「はあ? 何がだ?」


「何がって…」


〈仮にも私と春陽はるき社長は秘書と社長の関係だし、まだ告白もしてないし、されてもない。恋人同士なわけでもなく、友達っていうわけでもないし…

密室に2人きり…なんて、ありえない……いや、ありえる? 何を話せばいいんだ? キンチョーするし…いや、これは逆に告白するチャンスか?〉


「なんだ?」


「……いや…なんで、私の部屋なんですか? 」


「人混みが嫌いなだけだ」


〈ああ、なるほど…〉 


「……っていうか、お前が誘っといて店を予約するの忘れたんだろ」


「まあ…そりゃ…そうですけど」


「外で食べるのも、家で食べるのも同じだろ。行くぞ」


春陽はるきはさっさと萌衣の前を歩く。


「あ、ちょっと、社長…」


私は春陽はるき社長の後から追いかけて行った。


〈同じじゃないし…あんな汚い部屋、春陽はるき社長に見せるわけにはいかない〉


〈それに、春陽はるき社長と2人きりなんて…心の準備が…まだ…〉


何だかんだ言いながら春陽はるきと萌衣はマンションのエントランスまで

入って来ていた。


「あ、社長。せっかくだから管理人さんも呼びませんか?」


「……」

春陽はるきの視線が萌衣に向く。


「どうせなら管理人さんのお部屋におじゃまさせてもらって食事を……」


「なんでだ?」


「なんでって…社長のお父さんじゃないですか…多分、管理人さんだって久しぶりに

息子とご飯を食べたいと思っていますよ」


私は買い物袋に視線を向けて、

「ん-、今日のメニューはすき焼きですか。鍋料理はやっぱり大勢の方が

いいと思いますよ」


私は春陽はるき社長の足が管理人室へ向くように先回りして誘導する。



管理人室の前まで来ると、私はインターフォンを鳴らした。


「ピンポーン・ピンポーン…」


管理人室から応答ナシ。


「あれ? いないのかな? 珍しい…」

〈なんでこんな時に管理人さんはいないんだよ〉


「多分、あの人今日はいねーよ」


「え?」


「結婚記念日だからヨロシクってメールあったし…」


「へ!?」


ああ、だからか…。私の部屋でお食事って…ついでってことなのか…


なんか、それはそれでショックかも……


「ほら、いくぞ」


「はい…」


私は春陽はるき社長の後ろからトボトボと歩く。


エレべーターの前まで来ると、春陽はるきが上向きボタンを押す。

すぐにその扉が開いて、春陽はるきと萌衣はエレベータ―へと乗り込んだ。

その後、エレベーターは急上昇していった。


「管理人さん、奥さんと仲いいんですね。結婚記念日を一緒に祝ってあげるなんて

ステキじゃないですか」


「熟年離婚してるけどな」


「え…」


「でも、まあ…離婚してからじゃねーの。父さんが記念日とか大事にするように

なったのは…」


「そうなんですね」


程よい距離を保ちながら社長と部下の会話を交わして、


チン。

あっという間にエレベーターは7階まで辿り着いた。


私の部屋まで数メートルだ。


あれ? そういえば、さっき、春陽はるき社長は私に部屋の階を聞かずに

迷うことなく7⃣階のボタンを押していた。


私の部屋に来るのは初めてのはずなのになぜ!?


これは偶然? 

そりゃ、このマンションは藤城コーポレーションの所有物の一つかもしれないけど…


どの部屋に誰が住んでいるのか、誰が借りているのかなんて、一つ一つ覚えている

わけない。藤城コーポレーションが経営しているマンションが都内にどれだけ

あると思っているのよ。


春陽はるき社長が進む進行は間違いなく私の部屋がある方向だ。



私は部屋の前まで来ると「あー、ちょっと待っててくださいね」と

春陽はるき社長の前に回り込み慌てるようにカバンから鍵を取り出すと、

急いで部屋を開け早々と入って行った。


最近、掃除する間もなく自由気ままに過ごしていたから、かなり散らかっている。

あんな汚い部屋、春陽はるき社長に見せるわけにはいかない。


ダイニングリビングに入ると私は急いで片付けを始めた。

まさか春陽はるき社長が背後にまで来ているなんて思いもしなくて、

私は黙々と脱ぎっぱなしのパジャマや服を両手に抱え慌てふためいていた。


「お前…すっげーな。それでも女子か…」


背後から聞こえる声に動作がピタッと止まる。


へ!?


その後、私はゆっくりと体を半回転にひねる。


「社長!! なんで入って来てるんですか! ちょっと待っててくださいって

言ったのに…」


「料理しねーと、肉が傷むだろ」


「でも、そんなにお肉食べれませんよ」


「余った分は冷蔵庫に入れとくから、しばらくは大丈夫だろ」


え!?


と言いつつ春陽はるきはキッチンへ回り、冷蔵庫を開ける。


「お前…何、食って生きてんだ。冷蔵庫空っぽじゃねーか」


「えっと…水?」


「……」


「――--というのはジョーダンです……」


春陽はるきは使う分だけの食材を残し、後は冷蔵庫へ全て入れる。

殺風景だった冷蔵庫も肉や卵、ハム類などその他にもプリンやヨーグルト、果物、

シュークリームのようなデザートが入ると、あっという間に隙間なく埋め尽くされた。野菜室には飲み物や野菜がたっぷりと入る。


「そんなに金に困ってるのか…」


「一人暮らしを始める時、お父さんが私の為に積み立ててくれてた通帳を持たせてくれたんだけど、なんか使うのもったいなくて…必要以外の物はあまり買わないようにしてるというか…買いに行くの面倒だし…」


「そこはケチるなよ。食は人間にとって一番大事だろ」


「そうなんですけど……」


「お前は片付けてろ。夕飯は俺が作るから 」


「え!? 社長、自炊とかするんですか?」


「まあな。一人暮らしが長いと嫌でも料理くらい覚えるさ」


「なんか意外です…社長って…料理とかするイメージなかったから…」


「あのな、、、」


くすっ(笑)


私は片付けをしながらキッチンに立って料理をしている春陽はるき社長に

視線を向ける。


男の人が料理している姿ってなんかカッコいい……


大人の男の人って感じがする。



多分、外で食事をしても春陽はるき社長は全額支払ってくれていたような

気がする。



なんか今日はまた違った春陽はるき社長が見えて、ちょっと得をした気分かも…




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