第4話 あまのじゃくの恋(雪子が亡くなる7日前…)

萌衣の部屋を出た康介はドアに背中を預け、天を仰いでいた。

「雪子…これでよかったんだよな」


康介の脳裏にふと雪子が生きていた時の記憶が蘇る―――ーーー。



それは雪子が亡くなる7日前のこと―――


寝室に入った康介の視線に雪子の姿が映る。


雪子はベットに顔を伏せ胸を押さえてうずくまっていた。



『雪子…!?』


雪子の異変に気づいた康介が雪子のそばまで足早に駆け寄る。

『雪子、大丈夫か?』

康介は腰をかがめ、雪子の背中をさすりながらも雪子の

真っ青になっていく表情を心配そうに見つめていた。


『雪子? どうした…』

『康介さん…ごめんなさい…そこの薬を…』

雪子は震える人差指をサイドテーブルの薬袋に向けて康介に伝える。

『え… 薬?』

康介はその指先が向くサイドテーブルに視線を向けると、『ああ、これか…』と、

薬を手に取る。

『何の薬だろう?』と、康介が薬剤名を見る前に袋ごと雪子に引き取られた。

『あっ…りがとう…』

『あ、じゃ、今、水を…』

そう言って、康介が立ち上がると、そのそばでガサガサした音が聞こえ、

ふと 康介の視線が雪子に向く。

『……?』

雪子は急いで薬袋から薬を取り出し1錠 口に入れ、ゴクリと唾液で薬を喉に

流し込んだ。


雪子は少し落ち着いたようだった…。

『ありがとう…大丈夫よ…』

『病院、行った方がいいんじゃないか?』

『大丈夫よ』

そう言った雪子の顔が康介には無理しているように見えた。


『雪子、その薬…』


『ごめんなさい。康介さん、話ができるうちに話さなければいけないことが

あります』


『え…』


雪子はサイドテーブルの引き出しから病院から診断された検査結果通知を

取り出し康介に渡す。


その検査結果通知を見て、康介は目を開き驚く。

『すい臓がん…ステージ4』

『私、末期がんなの』


『手術は?』

雪子は首を横に振る。

『他の臓器にも転移していてね。…多分、もう、長くないと思う』

『そんな…。ごめん、気づかなくて…』

『仕方ないわよ。先生も言ってたけど、すい臓がんは見つけにくいんっだって』

『……』

『病院に行った時にはもう遅くて…おそらく手術しても助からないだろう…って

先生に言われたの』

『その薬は?』

『気やすめみたいなもの。1日でも長く萌衣と一緒に過ごしたから』

『そうか…』

『私がいなくなった後、萌衣を宜しく頼みます』

『それは、勿論だよ』

『お葬式は小さい家族葬でお願いね。私、派手なお葬式は苦手だから』

『わかった』

『それと、仕事部屋にこもっても決して入って来ないで欲しいの。

好きな仕事をしながら、最後のその日を迎えたいから…』

『ああ…わかった』

『それから、これを萌衣に渡して欲しい』

雪子はサイドテーブルの引き出しから萌衣宛の手紙と通帳を取り出して康介に渡す。

『…え』

『萌衣が20ハタチになったら渡してください。もしも、萌衣が20ハタチになった時、まだやりたいことなくて仕事も中途半端な時はこの家を出て自立することを進めてください。お願いします』

『ああ、わかったよ…』

『それから…康介さん…。今までありがとう…。あなたと結婚して私は幸せでした。でもね、私が死んだ後、もしも、千恵子さんがまだ一人なら一緒になって下さい』

『え、それは、多分、ないと思うが…』

『私は萌衣と康介さんが幸せなら安心してこの世を去ることができます。

未練なんてありません―ーー』

『俺もありがとう…雪子…』


そして、康介は優しく雪子を抱き寄せる―――ーー。




〈それが雪子と交わした最後の言葉だった―――ーー〉


回想から現実に戻り、康介は寝室のベットに一人、座っていた。


静かな暗い部屋にポツリとオレンジ色のダウンライトが小さな光を照らしている。


〈きっと、雪子が言った未練がないなんて言葉は嘘だ…〉


〈だって、雪子はあまのじゃくだから……〉


〈だけど、俺には何もできなかったーーーー〉



〈雪子は俺と結婚して本当に幸せだったんだろうか…と、

 たまに、ふと考えてしまう時があるーーー〉


〈雪子が亡くなって半年が経った頃、同窓会でたまたま千恵子と再会した。

千恵子は結婚していたが旦那との間に子供は出来ず離婚していた〉




〈その時、なぜか俺は、雪子が千恵子と会わせてくれたような、そんな気がしたんだ―――ーー〉





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る