第8話 俺は悟りを開く。無理
まことも悩んでいた。
今日あったばかりの人に…… 一緒に寝てと、お願しちゃった。
左側に入ったら、右手の行き場がない。
上を向いて、寝るしかないのだけれど、枕を持ってくればよかった。
諏訪さんは、スマホを見ているけれど、バッテリーは大丈夫なのかしら? モバイルバッテリー持っているなら、頼めば充電させてくれるかな。
自分の状態を意識したくないため、そんなことを考える。
「それ、小説ですか?」
と聞いてみたら、どんどん変な方向に話が行っちゃう。
多分、明るければ、私は真っ赤だっただろう。
「うん。どうしたの?」
「いえ。枕を忘れちゃって、持ってくればよかったと思って」
「ベッドルームから持ってくる?」
「いえあの…… 友達に聞いてから、腕枕にあこがれていて、ダメですか?」
友だちが彼にしてもらって、などと自慢していた。つい口をついてそんな言葉が出た。すると、なんだか一瞬、諏訪さんが固まった? でも、
「いいよ」
と言って、左腕を伸ばしてくれた。窓から差し込む月の光は逆光で、ハッキリは見えないが優しく笑ったと思う。
私はなぜか、
「お邪魔します」
と言って、頭を乗せる。
「もっと、腕の付け根に頭を乗せる感じで。そうそう。完全に腕だとしびれて大変なんだ」
そう言って教えてくれる。なぜだろう、慣れているのねと思ったらやきもちが私の中で持ち上がる。私より年上なんだから、仕方がないじゃない。
出会う前の話。
「これって、腕というより胸枕なんですね」
「あーそうだね」
鼓動が聞こえるけれど、すごく…… 早い? ああそうか、諏訪さんも緊張しているのか。ふふっ。初めて会って即一緒に寝ましょうだものね。
そう意識した時、私は正気に戻った。
ああそうね。そうよね。男の人だもの。ドキドキしているもの。
それだけならまだしも、腕枕してってお願いまでして、ひゃぁー。
どうしよう。ドキドキが…… どうしよう。変な汗が出てきた。
そう思っていたら、諏訪さんが私の方を向いた。
えっ、どうしてって、ああそうね左手を私が使っているから、私の方を向かないと操作ができないのね。
両腕で、抱きしめられているような体勢。
意識をしたせいか、私の体が色々反応しちゃってる? そう言えば下着を洗って付けていない。
心臓のどきどきが、止まらなくなってきた。
諏訪さんがこっち向いているから、右はだめね。
左に向けて、体位を変える。ああ背中があったかい。
でもこれ、首筋に吐息が。ぞくぞくする。
「ひうっ」
変な声が出ちゃった。
「うん? どうした」
心配してくれる、優しい声。
もうダメ。
私は、右に向き直り彼にキスをした。
初めてではないけれど。
彼は、手を広げて
「どうしたんだ、突然?」
と聞いて来る。
私は反射的に、
「私魅力がないですか?」
と聞いてしまう。
「いや魅力的だが」
と答えてくれる。うれしい。
「手を出して。私このままじゃ寝られないんです」
と言ってしまった。
彼は、きっとそんなことを、私に言われても困るだろう。
「うーん。君はまだ高校生だしね。それにまだ、会ったばかりだろう」
暗いがきっと、彼は困った顔をしているのだろう。
「寝付くまで、見ていてあげるから寝なさい」
そう言って、優しく私の頭をなでる。
「うー」
そう言って、私は頭まで布団をかぶる。完全に私はゆでだこだ。はずかしい。
再び腕枕をされ、彼の胸元に顔を埋めた状態。いろいろとうだうだ考えていたが、私の脳に限界が来たのか、私の意識は途切れた。
真司。
あーびっくりした。思わず良いの?って聞くところだったよ。
まいったなぁ。
でも彼女は、騒動で吹っ切れたのか、この数日の疲れがあったのか、そんなに時間を置かずに眠り始めた。
さて俺は、一連の流れで完全に目が覚めた。枕を彼女に譲り、台所へ行ってコーヒーを入れる。
部屋へと戻り、折り畳みのテーブルを引っ張り出して、コーヒーを飲みながら小説の続きを読むことにした。5月の夜、少し涼しい室温が、火照った体に気持ちいい。
いつのまにか寝ていたのか、口元にキスをされる夢を見た。反射的に抱きしめて、いつものようにキスを返して胸と股間に手を伸ばす…… そこで、うん? おかしいと気が付き意識が覚醒する。
やべえ、無意識に手を出した? そう思いながら、目を覚ます。確認すると少し離れた布団の中で、寝息を立てる彼女。
彼女に手を出したわけではない。ほっとした。
だが、あのまま行くと俺。この年で夢精したんじゃないか? そう考えると血の気が引いた。
この状態。何とかしないと、俺の精神衛生的によくない。
けれどこの子も、寂しかったのが、ずいぶん堪えたのだろう。ちょっと、依存気味だな。すごく危うい感じがする。
親が帰って来るか、しばらく一緒に生活すれば、落ち着くかもしれんが、俺が耐えられるかな。
そうして俺は、少し明るくなった窓を見る。
台所へ向かうと、米を研ぐ。
ご飯が食べたい。意外とその思いが強く、水を張って土鍋で炊飯用に浸水しておく。一般的に夏場だと30分くらい。この時期でもそれでいいだろう。
その脇で、顆粒出汁をぶち込み、乾燥わかめと、ジャガイモと、ニンジン、玉ねぎで良いや。
沸けと念じて、温度を上げていく。
野菜から出てきた灰汁をすくい、捨てる。いい加減茹でたところで、味噌を溶く。汁椀に、乾燥わかめを少し戻して入れておく。
さて主菜はどうするか? 野菜室にほうれん草もあった。これは少し塩を入れた塩水で茹でて、さっと冷水でさらして絞る。お浸しに使用。ついでに、ベーコンの残りを刻んで、塩コショウを振る。そこまで作ってから思いつき、バターを一欠け入れて、ほうれん草の半分と炒めてみた。醤油を一回し振る。
そして、後は目玉焼き程度で良いだろう。
結構この人間電子レンジの能力。使ってみて、使い勝手がいい。
想像と実現の範囲とかいろいろがよくわからないが、便利になったのはありがたい。
想像の方は良いが、この管理がなあ。使った能力がリスト化でもできるかと思ったがそうでもないし、説明が、本気で願えば叶うみたいな訳の分からない説明。本気で願えば叶うって、おみくじかよ。
もう良いな。米を浸水しておいた土鍋を、中火で火にかける。沸騰するまで待ち弱火にして匂いを嗅ぎながら待つ。プチプチとかぴちぴちと言いだせば、炊き上がり。そのまま10分ほど蒸らす。
部屋から感じる彼女の様子をうかがいながら、ご飯の蒸らしを終えたら、かき混ぜておく。
コーヒーを入れて、起きたときに、彼女がさみしがらないように部屋へと戻る。
布団の方に向いていると、寝顔を見られていたと嫌がりそうなので、リビングにあった、大きなビーズクッションを引っ張ってきて、布団の横で寝転がる。そして、20~30分程度だろうか? 目が覚めたようで、ゆっくり起きだして布団に座る彼女。俺は寝転がったままだが、声をかける。
「おはよう」
俺がそう言うと、きょろきょろと少し周りを見て、思い出したのか、
「おはようございます」
そう言って、こてんと頭を下げて、返事をしてくる。
そして、すくっと立ち上がった時に、ズボンのすそを踏んだのだろう。彼女が立ち上がると同時にズボンが脱げる。
「へっ」
なぜか、彼女は下着を着けておらず、慌てる。
そしてバランスを崩して俺の顔の上にお尻から着地。
わざとやっているわけじゃないよね。飛んでくる彼女のウエスト辺りを掴み、もろに潰されることは無かったが、それでも、鼻とかが痛い。
彼女は、慌てて立ち上がろうとしているようだが、ズボンが中途半端でうまく立てないらしく前かがみになった様で、顔の上でおしりがフリフリと揺れている……。
しばし、その状態が続き、俺は鼻を抑えながらじっくりと見てしまった。
やっと立ち上がった彼女は、
「ごめんなさい」
と言って、ズボンを持ち部屋をばたばたと出ていく。立ち上がれず脱いだのか。
一人部屋に残った俺は、
「何? この苦行。神は、俺に悟りでも開けっていうのか?」
そうぼやきつつ、いろんな意味で、鼻血が出ていないことを手で拭って確認をする。
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