最悪から始まった新たな生活。運命は時に悪戯をするようだ。

久遠 れんり

第1章 終わりとはじまり

第1話 最悪の日

 その日は、朝から妙な頭痛を覚えていたが、朝からミーテイングがあるため出社した。


 同棲している彼女もいるが、朝起きるとすでに居なかった。

 彼女は、同じ会社の1年後輩だが、いまでは上司。


 ある日、社長は同じ建築関係の会合で、女性管理職が少ないねと馬鹿にされ、むきになったようだ。

 だが会社は、社長自身は中堅と言っているが、社員は150人程度の建築関係。デザインと設計が主な業務。年商は確かにそこそこあるが、中堅と言われると社員は首をかしげる。


 実際、今扱っている物件も個人宅のプランニングだ。


 さて、そんな会社で女性管理職となると、候補は多くはない。彼女はあっという間にサブリーダー、リーダー、アシスタントマネージャー、マネージャーへと昇って行った。

 かくして女性で28歳のマネージャー。一般だと課長が出来上がった。

 俺はリーダー。係長だ。


 出勤するとすでに彼女。

 マネージャーはクライアントとの打ち合わせ、と行先板はなっており、すでに出ているようだ。


 俺も施主と、建設関係その他もろもろと、リモートも使いながらの打ち合わせ。

 施主から思いついたような訳の分からない変更について、事細かに説明して経費の面と強度。法律。すべてかみ砕いて説明をする。


 今回施主は、前回の打ち合わせからのわずかな期間で、秘密基地的なものを建てたくなったようだ。

 秘密の通路に、地面が割れてせりあがって来る車用エレベーター。

 本気か冗談か、家族と話はしたのか? 後からのクレームは困るんだが。


 変更内容を見て、頭痛がひどくなる。

 それでもにこやかに、

「いやあ。ロマンですね。理解できます。ですが、予算とリスクが……地下ですと排水設備とか追加で必要ですし……」

 と説得する。


 通路も考え方を変えましょう。通路を作ると建蔽率に対して損もしますし、隠し扉的な物はどうでしょう? とか。


 そんなこんなで、2時間もかかり、せっとくが終わり打ち合わせを終える。

 当然、今朝からの頭痛は、その酷さを増している。


 まだ午前中。もう一件のリモートは、社内の係長以上への通達だから、聞くだけで良い。カメラの前で何とか1時間我慢をする。半年前までは、単なる文書だったのに。


「やっと終わった」

 おれは、その場で休暇願を申請して、病院へと向かった。


「うーむ、血液検査も普通。熱もありませんし、BPも普通。CTでも出血や腫瘍とかも見られません。少しゆっくりとして、様子を見ていただくしかありませんね。痛みが続くようでしたら、髄液検査もしましょう。ああ、痛み止めはお出ししますので」


 そんな説明をする。医者の言葉を信じて、家へと帰る事にした。




 家へと帰り、玄関ドアを開けると、「うん?」彼女の靴がある。

 それも乱雑に脱がれ、他にも2足の靴。俺以外の男物。

 まさかな、浮気か? でも2足? そう言えば、行先は『出』になっていたな。家で打ち合わせ? でも、そんな事あるはずない。ここはよくあるマンションだ。確かに設計とかにうちの会社は噛んではいるが、俺に言わずに内見? 今朝は、生活そのままで片付けもしていなかった。


 リビング側にはだれもおらず、不思議に思いながら、そのまま台所へ行く。

 薬局で処方された薬を水で流し込む。

 

 寝ようと寝室へ向かうと、くぐもった声が中から聞こえる。

 まさかレイプでもされているのか? そう思い俺は飛び込もうとする。

 だが、

「ああ…… そこが良いの、もっと……」

 は? 彼女の声。

「ほら、こっちが御留守だ。ちゃんと奥まで咥えろ」

「うふっ。こうかしら?」

「そうだ、その調子だよ。伹野君、君も早くしろよ。次は交代だ」

「…………」


 俺はスマホを取り出し、保存先をクラウドにしてビデオカメラを立ち上げる。

 それを、左手に構えて、ゆっくりとドアを開ける。


 中には予想通り、裸の男女。


 怒りを押さえて、努めて冷静に問いかける。

「なあ、何をしているんだ? 人の家で。説明してくれないか?」

 そう言いながら、男たちの顔をアップで撮る。


「なっ、君は何だ」

 あせったおっさんが、聞いてくる。

「ここは、俺の家。そこに居るのは、俺の彼女だったはずだが…… まあそれは良い」

「あっ」

 四つん這いになっている彼女の腰を抱えていた男が、おまぬけな声を上げる。

 いったのか…… この状態で? 根性あるな。


 やっと彼女を放り出して、自分の服を着始める奴ら。

「俺たちは、彼女に誘われて来ただけだ。今までだって、他の奴らも……」

 若い方がそこまで言ったところで、

「○○君」

 と言って、ちょっと年を取った方が首を振る。


 なんだ。そうか仕事ね。俺は何となく理解した。

 気が付かなかったのは俺だけか。


 出て行こうとした奴らに、

「名刺を置いて行け」

 そう命令する。

「いやなら、会社に行って大声であんたらを探すぞ」

 そう言うと、二人は顔を見合わせて、名刺を出して来た。

 ああ、取引のある会社だな。

「あくまでも。これは、彼女が望んだことだ。公にしない方が、君の彼女の為だぞ」

 年を取った方が、そう言い残して出て行った。


 ドアからのぞき、二人が出ていくのを確認する。

 部屋の中に向き直り、彼女を見るが、言い訳をするでもなく、俺から顔をそむける様に背中を向けたまま寝転がり動かない。

 だが、彼女からは、証拠が流れ出している。


「出ていけ。ここは俺のマンションだ」

 俺は何とか、それだけ言ってドアを閉める。


 なんだよ一体? 頭痛は収まらないし、最悪だ……。



 俺は自分の部屋へと入り、ドアを閉めると鍵をしめ、床に寝転ぶ。

 たぶんそんなに時間を置かず、部屋の外で彼女が何かを言っていたが、無視をして眠りについた。



『ねえ良いでしょ、許可を頂戴』

 夢の中で、誰かの声が聞こえる。

 彼女とは違う声だし、もっと切羽詰まっている。

『聞こえているんでしょう? あなたが…… 良いよと言ってくれれば、それで…… が始まるの』

 なんだよ一体。俺は頭が痛いんだ。気分も最悪だし。

『なんでもいい。好きにしろ』

 そう答える。


『聞こえた……。じゃあお礼に…… をあなたにあげるわ。この力はきっと役に立つはず…… 新たな…… なって…… また……』

 そう言って、声は聞こえなくなったし嘘のように頭痛が引いた。その代わり何かの使用説明が流れ込んでくるし、体が軋みだした。


「ちょっと、まて。があああぁぁ……」

 俺はその痛みで、床を転がり回る…… ことが出来ない。

 なんじゃこりゃ、体が動かん。


 全身を分解されるよな痛みで、俺は完全に気を失った。

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