第5話 暗闇の中で

 彼女があいつの娘だったとして、どうするつもりだよ。

 一瞬、頭に浮かんだ事実を否定する。


 まだ高校生。

 状況から考えて、親は帰って来ていないのだろう。


 はあっ。一息ため息をつき。

 布団を入れた袋を抱えて、久しぶりに彼女側の部屋へと入ろうとするが、カギがかかってやがる。

 馬鹿野郎ここの家主は俺なんだ。自分の部屋へと戻り、合いかぎを持ってくる。

 鍵を開けて、部屋の中へと袋を放り込む。


「お待たせ」

 俺の顔は引きつってはいないか気になるが、まあ暗いから大丈夫か? そうだ名前を聞くくらいなら大丈夫。確認だけだから。


 彼女も彼女で、悩んでいるようだ。今日あったばかりの男の部屋。そりゃ悩むよなあ。ココアでも入れてあげよう。




 私は、美濃まこと。この2日間一人で過ごした。

 3日前の朝、先に両親を見送って、ご飯を食べる。

 そう言ってもパン食だけど、咥えて走り出すことなく、きちんと鍵をかけて学校へ行った。

 中間考査の真っ最中で、お昼過ぎには家へと帰って来た。

 3年生1学期の、この中間と学期末の成績が評定に大きく影響があると、先生からも言われている。友達も、やっぱり3年生だし、テストの点が重要よねと気合が入っている。

 そんな理由で、遊びにも行かずにまっすぐに帰って来た。


 最近気になりだした脇腹についたお肉の為に、昼はヨーグルトとサラダを食べて早々に勉強を始めた。何時だっただろう? わずかに感じる振動と共に、電気が切れた。遠くでゴンゴンガラガラガラという、雷? いえ何かが崩れるような音が響く。

 そしてそんなに時間を置かず、同じく遠くで人の声が聞こえ始めて、何かを叫んでいる。


 私は部屋から出て、リビングからベランダへと移動。景色を見て驚いた。

 家のマンションの先には、道路を挟んで同じようなビルがいくつも立ち並び、あんな向こうまで見る事は出来なかった。

 遠くに見える小高い丘の上では、手前の石垣? 壁は無事のようだが、石が小高く積みあがっており、大勢が何かを叫びながら石を動かそうとしている。


 その手前には、びっしりと小さな家が立ち並んでいる。


 そして、また壁。町の外側だろう、右の奥の方へと続いている。


 一体何が起こったの?

 部屋へと戻り、ノートパソコンを立ち上げて検索するが、ネットワークが接続されていない。スマホを取り出したが、やっぱり通じない。

「お父さん、お母さん」

 そうつぶやきながら、座り込んだ。


 時計の音だけが聞こえる。


 やがて、どのくらいそうしていたのか、日が暮れ始めているのに気が付き、家の外へと出てみるが、玄関の扉を開けた先には昼までは無かった、広大な森ができていた。

 私は、ふたたび家へと戻り、真っ暗い中、両親が帰って来るのを待ち続けたが、帰ってこなかった。


 明るくなってきた部屋に、気が付きのろのろと、台所へと向かう。

 冷蔵庫に入っていたジュースを飲み、パンにハムと野菜を適当に挟み食べた。


 そのままぼーっと玄関先を眺める。学校。テストだけど、どうしよう。でも私は動き出せず、いつまでも玄関を眺める……。いつものように、ドアが開き「ただいま」の声が聞こえるのを期待しながら。

 でもそれは、いつまで待っても聞こえることは無かった。


 場所はいつもの自分の家。でも、一人でこんな長い時間いるのは初めてかもしれない。時計の音だけが、響く。普段は気にもならない時計の音。

 普段は、そうだ。道を行きかう車の騒音が全然しない。


 静かで…… 本当に静か。こんなに静かなのが、怖い事だとは知らなかった。

 ソファーの上で、自分の膝を抱えてじっと玄関を見つめる。


 いつの間にか、眠っていたのか気が付けば、真っ暗。

 そして、響く時計の音。でもその音が心にやさしい。


 スマホを一度起動して、つながらないことを確認。

 そして一度、保存されていた家族との写真を眺める。

 次に友人たち。ほんの少し前の日付。

 バッテリー残量が少ないため、すぐに電源を切る。

 友達が自慢していた、ソーラーパネルタイプの充電器を、私も買っておけばよかった。そうすれば、写真を見ながら、好きな音楽を聴くこともできたのに。


 そうして、いつしか私は、反省大会を心の中でしていた。

 もっと、親の言うことを、聞けばよかった……。

 お母さんの言う通り、料理も覚えればよかった……。

「あなたが、家のことを手伝ってくれると楽ね」

 幾度か、そう言ってもらったことがある。

 お母さんも、仕事をしているから、普段はお惣菜とかばかりなのに……。

 でも週末に作ってくれる、手料理はおいしかった。うん。おいしかったの。

 帰ってきたら作り方を習おう。

 そして平日には、お手伝いをしよう。

 心の中で芽生える。私……ダメな子だ。そんな思い。


 そういえば、最近は…… あれ? 最後に行ったのは中学校の2年生の時か。それから行っていないけれど、キャンプに行って食べた、炙っただけのソーセージもおいしかったな。久美たちも元気だろうか? ほんの数日前に「明日もテストガンバロー」と言って別れたのに、さぼっちゃった。


 そんなことを考えていたらお腹がすき、手探りで冷蔵庫にあったレタスをちぎり洗って、残っていたハムと合わせて、軽く塩を振り食べた。


 お風呂にも入りたいけれど、お湯が出ない。

 コンロが使えれば、ラーメンだってあるのに。


 結局、またソファーの上で夜を明かし、明るくなったので冷蔵庫を見る。


 レタスと、キャベツ。ニンジンやジャガイモなどいろいろある。

 冷凍にも、いろいろあるけれど、レンジが使えない。


 キャベツをちぎって洗い、マヨネーズをつけてかじる。

 ジュースを飲みながら、ぼーっと考える。

 このまま、電気が来なければどうなるんだろう。

 本当に、料理さえ習っていれば。うん? そういえば、授業で簡単なものは習ったけれど覚えていない。思い出しても、覚えているのは、切るときはにゃんこの手というフレーズのみ。

 それを思い出して、私は泣いたような笑ったような、きっと変な顔をしていただろう。

 私……ダメな子だ。

 そしてまた、一人反省会をする。


 スマホを起動して優しく笑う両親に、ごめんなさいとつぶやき、また電源を落とす。


 そんなことをしていると、外からなにか声が聞こえる。

 ふらふらとベランダに出て行き、下を覗くと、パトカーが「外は危険です。安全が確認できるまで外出禁止を徹底してください」そんなアナウンスを流しながら走っていた。

 ああ私だけじゃないんだ。ほかにも人がいる。そう思い、ほかの階からも、パトカーを見ているかもしれない。そう思って、ほかの階を見る。

 いた。3つほど上の階、2つ横から顔を出している人と目が合った。

 思わず、お辞儀をしたら、ごちんとベランダの手すりに頭をぶつけちゃった。

 恥ずかしくなって、部屋に飛び込む。


 私ったら、ダメな子だ。

「でもちょっと年上そうだけど、優しそうな人だな。『大丈夫ですか?』って心配してくれたし。冷やした方がいいなんて…… 言ってくれたし」

 初めて見た人だけど、あったかそうな人。


 その後、私は時計の音が響く部屋の中で考える。

 きっとあの人なら、ひどいことはされないだろう。

 ちょっと位ならされても…… 一人でいるのはもう嫌。ご飯を食べていないと言えば優しい人なら受け入れてくれる。きっと。多分。


 きっと私は、この時少し壊れかけていたのかもしれない。

 不安。寂しさ。静けさ。暗さ。

 もう一人はいや。その思いだけが、どんどん大きくなる。

 ちょっと位何かされても、私を求めて、寂しい夜に一緒に居てくれるなら、それでいい。

 そう考えると、私は立ち上がる。靴を履き、部屋に鍵をかけると、3つ上の階。家から2つ横の部屋に向かって走り出した。もうすぐ、闇がやって来る。あの寂しく暗い夜がもうそこまで……。

 

 そして私は、ドアをノックした。

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