第6話 わずかな差異(改)

「はい。ココア。飲める?」

「ありがとうございます」

 そう言って受け取る。

 あったかい。人の声が心地いい。


「あのドアが、ベッドルームだからそっち使ってね」

 家とほとんど同じ構造。あの部屋は、家では私の部屋。

「ありがとうございます。あっでも私、この数日お風呂にも入っていない」

「あーあ俺もそうだな。ベッドは別に気にしなくていいが、気持ち悪いか? 燃料の問題もあるが、湯を沸かして体をふくかい?」

「えっ良いんですか?」

「湯船に少し水を張って、多くは無いが湯を作ろう」


 そう言って、俺は立ち上がる。

 カセットコンロと、大きめの鍋を抱えて風呂場へと移動する。

 風呂の栓をして。水を張る。3分の1程度だがいいだろう。

 手をつけ温度をみる。5月とはいえ、やはり水は冷たい。


 鍋に、水を汲みコンロにかける。

 沸けば、湯船に入れ、また温くなった湯を鍋に汲み湯を沸かす。

 幾度か繰り返し、ボンベが空になり付け替える。


 彼女は、じっとその姿を見ていたようだ。ほかに暇つぶしになるようなものはないしな。


 ろうそくの皿を、一つ風呂場に持ち込んでみると、壁が白いせいか意外と見える。

「火に気を付けて、入ってね。お湯は少ないけれど」

「はい。あっ着替えがない」

「ああ、俺のでよければ貸そう」

 そう言って取りに行く。


「はい。さすがに下着はないけどね」

 そう言って渡す。


「ありがとうございます」

 そう言って、浴室へ向かう脱衣所の所で、男の人が使わない下着用洗剤があるのを見つける。そういえば、この家、いろんなものが女の人の存在を示している。

「すいません、ここの洗剤とか使っていいですか?」

「ああ良いよ。自由に使って」


 そう言われて、服を脱ぎ下着を着たまま中へ入る。

 中で脱いで、洗濯をする。

 暗くて見えないけれど、まあ大丈夫。


 べたついていた髪の毛や、体を洗い大事にお湯をかける。

 ああ気持ちが良い。

 さっぱりして出てきたが、干すところ。バスタオルで拭きながら、干すピンチを見つけて部屋の端っこに引っ掛ける。


 薄いから、明日には乾くよね。

 下着を着けず、借りたスエットを着る。

 わあやっぱり大きいな。ぶかぶかだけど、ウエストは紐だからきっと大丈夫。


「お先に頂きました。ずいぶんお湯が減っちゃいましたけど、大丈夫ですか?」

「ああ男だからな。大丈夫だろう」

 そう言って立ち上がる。


「あの失礼ですけど、結婚しているんですか?」

 そんなことを、彼女が聞いて来た。

「いや結婚はしていない。最初に言った通り独身だよ」

「でも」

「それについては、聞いてほしくないな」

 ちょっと語気が、強くなったかもしれない。

「あっごめんなさい」

 謝って来た。

「いや君が悪いわけじゃないんだが、少し時間をくれ」

 とりあえず、それだけ彼女にお願いする。


 諏訪さんがお風呂に入った後、私は考えた。ひょっとすると、うちの両親と同じように帰って来ていないのかもしれない。

 そのことを考えないようにしているところに、私が踏み込んじゃったのかしら?

 悪いことをしちゃった。


 また頭の中の浮かんでくる言葉。私……ダメな子だ。この数日繰り返してきた思い。それが重くのしかかる。


 

 ああ畜生。高校生の女の子にあたるなんて。最低だ。

 頭から、水をかぶる。

 ううつめてぇ。

 思ったより少ないお湯。

 度胸を決めた俺は、頭を冷ますつもりで水をかぶった。

 だが、家の中を見れば気が付くよな。

 説明した方が簡単だが、高校生だぞ。それにあの名前。

 ……やっぱり、それが先か。


 シャンプーを付け、頭をガシガシ洗う。

 おお、思ったより泡が立たねえ。そうか育ったせいか。

 もう一度水をかぶり、また洗い直す。


 水を汲み。これがお湯ならなあと、ぼやきながらかぶろうとして異変に気が付く。

 熱っ。なんだ電気が回復したのか? 洗面器のお湯に手をつけるとやっぱりお湯だ。蛇口から、水を出す。うん水だ。給湯側も…… 水だな? さっきのお湯は一体なんだ? ぼーっと、洗面器のお湯を湯船に移して洗面器に蛇口から水をためる。

 ここまでは良い。水だ。指を水から引っこ抜き、念じる。

 これはお湯……だ。ああ持っている手から異変が伝わってくる。今こいつはお湯になった。

 そう言えば、返事をしたときに、なにか貰った記憶があるな。なんだった? うん? 想像と管理?という言葉が浮かぶ。


 だが真司は知らなかった。

 変化が起こるときに、多数の宇宙を管理する管理者が真司に許可を求めた。

 受け入れてくれれば、現象を抑えるためのエネルギーが少なくて済む。

 あの日の頭痛は、管理者からのシグナルを、受信した結果で起こされたもの。

 真司がシグナルに対して返事をしたあの時、管理者の中では、真司は所属するこの世界を総べるものとして認識された。魂のレベルが低いと、そもそもシグナルを受信などできない。


 許可をくれた。また変化を受けれてくれたお詫びがてら、状況の変化した世界を収めるために、彼に役立つと思える力が送られて来た。


 つまり、人類にとって真司は、勝手に変化を許可した疫病神。

 勝手に、許可を出して、濡れ手に粟のプレゼントをもらった、とんでもない奴。


 だが、悪いことはできず力を受けた時に、意識の接続状態が悪く。脳の情報にアクセスして能力の定義を定着する際、意味が間違って変換されたことを。

 創造を真司の魂に定着し、もともとは管理者の言語で動作用情報を真司の脳内に変換して定着した。だが情報がきちんと設定されず、想像としてしまった。この似通っているが、わずかに違う言葉のおかげで少し騒動が起こる。


 実は、創造は文字通り、無から有を作ることもできるすごい能力。当然水からお湯などという分子活性など、能力の中では極一部。


 それと管理とされてしまったが、実は統制。意識すれば獣など序の口。物質さえも意のままに操ることができる。

 管理者としては、これさえ与えれば絶対君も王になれるという能力。

 そんなものを、与えた。いやお詫びとしてくれた。


 だが、想像と管理。何かを思い、それを管理するとしか思えない。目の前で、水がお湯になった。想像したのが実現した。力を得た本人はそう思い込んだ。

 実は使える能力の、ほんの一部と言うことを真司は知らない。

 本当に理解できていれば、少し混とんとしたこの世界も、明日にでも統制され、王となる真司に、すべてが頭を垂れ服従したであろう。


 そんな力を持った本人は、お湯ができて風呂に入れた。

 その事実に、素直に喜んでいた。

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