第7話 寂しいの……

「やっぱり、お湯が少なすぎましたか?」

「あっ、いや違う。ちょっといろいろ試していて、風呂に入るのはこれから問題が無くなった」

「問題が無くなった?」

「ああ。詳しくは説明できないが、大丈夫になった? ゆっくりつかるならお湯を張るよ」

「あっ、今日はもう大丈夫です」

「そうか」

 そう言って、自分の手を眺める。


「手がどうかしたんですか?」

「いや、そういう訳ではないのだが…… ふと、自分に何ができるのだろうと思ってね。ちょっと考えていた」

「そうですね、一気に…… 変わっちゃいましたから」

 ああそういえば、聞いておこう。思い切って、ポケットから名刺を取り出す。

「取引相手で、君と同じ美濃という人の名刺を見つけんだが、お父さんかい?」

 後には引けん。さあどうだ。


「美濃直樹? ○○建設? あっ、この人と知り合いなんですか?」

 なんだ? 逆に聞かれたぞ。

「知り合い、ではあるのか?」

「うん。はい。お父さんの弟さん。つまり叔父さんなんですけれど、会うたびにセクハラされて気持ち悪いし、親族でも評判が悪いんです」

 親父さんではないが、かかわりはあるのか。


 悩むなぁ。言ってしまうと彼女を苦しめることになりそうだが、家の女の影を説明するにもなぁ。追い出したとなると、俺が一方的に悪者になるのも嫌だし、困ったね。


 俺はその時、顔に出ていたんだろう、

「やっぱりその人が、何かしたんですか?」

 彼女に聞かれて、悩む。

「あーとね」

 ええい、彼女も高校3年生。信じよう。


「実は、さっき君が言っていた彼女のことなんだが…… おれが、追い出したんだ」

「追い出した…… んですか?」

「ああ。浮気されてね」

 そう言うと、気が付いたのか、

「まさか叔父さんが?」

 俺は頷く。


「すみません」

 やっぱり謝って来るか。

「いや、君には関係ないことだ。それに、他の奴とも関係があったようだしな」

「そう。なんですか?」

 ちょっとびっくりして、目が大きくなった。

「ああ。君は関係ない」

 もう一度、念押しをする。


 そう言うと、まだちびちびとココアを飲んでいた。

「もう冷めているだろう。苦手だったのか?」

「えっ、あっいえ」

「何がいい?」

 そう聞くと、ぼそっと答えてくる。

「日本茶があれば」

「わかった。遠慮せずきちんと言ってくれ。分かったね」


 そう言って、急須に水を入れて、80度のお湯と念じる。

 おほっ。あったかくなった。

 茶葉を入れて、蒸らす。


 湯呑を彼女の前へ置き、茶葉が開いたころ、湯呑2つへ交互に入れる。


 確か、この前貰った羊羹が、あったはず。

 見つけて、切り分けて渡す。


 だがそれを見て、複雑そうな顔をする彼女。

 やはり若い子は、食べないのか?

「うん? 羊羹嫌い?」

「いえちょっと最近、わき腹が育っちゃって」

「そうなの? そんな感じに見えないけどなあ。でもまあ、今食べないと、次いつ食べられるか、わからないよ」

「うっ、そうですね。いただきます」

 そう言って、幸せそうに食べ始める彼女。



 時間も遅くなってきたので、新品の歯ブラシと歯磨き粉を出して、彼女に寝るように促す。

「これ使って。じゃあ俺はそっちの部屋で寝るから、君はそっちの寝室を使ってくれ」

 そう言って、俺は部屋へと移動する。


 どれくらいしただろう? 眠れずにダウンロードをしていた小説をこの際だと思い読んでいた。通信が復活しないと続きは読めないが。そもそもサイトもあるのか?

部屋のドアがノックされる「はい、いいよ」と答える。

 すると、部屋のドアがゆっくりと開く。

「どうしたの?」

「あの…… 一緒に寝てもらうのはだめですか?」

 そんなことを聞かれて、当然驚く。


「えっ…… 一緒に?」

「はい」

 薄暗いが、彼女が頷くのが見えた。

 おれは、布団の上に座り直して、理由を聞く。

「どうして? 一緒に寝ようと」

 そう聞くと、彼女は何かを振り切るかのように答える。

「暗くて。怖いんです。この2日間、帰ってこない親を、暗い中待っていました。今日あなたと会って話をして、寂しかった心がやっと、やっとおち……落ち着いた気がするんです。もし暗い中で眠って、目が覚めたら。また一人なのは、そうなってしまうんじゃないかと…… 一人はもういやなんです」

 そう言って言葉を紡ぐ彼女から、涙がこぼれているのが分かる。


「あーわかった」

 俺はあきらめた。俺の理性よ鉄壁であれ。心の中で祈る。


 掛け布団をめくり「おいで」と促すと彼女は入って来た。

 あっ、向こうの寝室ならダブルなのに。こっちはシングルだぞ。密着度が…… やばい。だが、入ってきて、まだすんすんと泣いている彼女。ああっ、だめだ。明日は、いや明日も一緒に寝るとというなら、向こうで寝よう。俺はそう決意する。


 そう考えながら、布団へと潜り込む。まだ小説の続きのページはある。何なら今晩は読み耽ればいい。そう思って読んでいると、落ち着いたのか彼女がこちらに向き直り俺の顔を見てにまっと笑う。

「誰かと寝るのって、ずいぶん久しぶりなんですけど、暖かいんですね」

 そんなことを言ってくる。

 それはね、俺の心臓が16ビートを超えて打っているからなんだよ。さっきから読んでいる小説は全然頭に入らないし、この作者、話に詰まるとすぐにエッチな方に話を持っていくんだよ。


「それ、小説ですか?」

「うんまあ。ダウンロードしていた所までだけどね。こういう時になると、本を買うべきだと実感するよ」

「どんなジャンル読むんですか?」

「ラノベだね。ファンタジーが多い」

「へえー。ハーレムとか、ですか?」

 くすっと、笑い声が聞こえる。

「それもある。男だからね。現実には体力的に無理だ」

「えっちって、そんなに体力が居るんですか?」

「ああまあ、結構」

「そうなんだ……」

 おれは、何話しているんだよ、横が見られない。

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