第27話 天青石-2
お見合いだから、政略結婚か?
新郎に押され負けて流されて結婚を決めたパターンか?
智寿から滲み出てくる楓への好意と愛情は隠しようのないもので、けれど、楓から感じられるのは、緑とオレンジと青の色だけ。
智寿との距離感も、結婚間近の夫婦というよりは、部長と部下のような感じだ。
楓は終始智寿の顔色を伺っている。
実は彼女この結婚に乗り気でないのでは?
清匡夫妻に負けず劣らずの婚約指輪をデザインしてやろうと意気込んでいたのに。
残念ながら上顧客になればなるほど、夫婦で温度差のあるカップルは多く見受けられる。
家のために、会社のために、と結婚を契約だと割り切ってハンコを押す風習は、未だに根強く残っているのだ。
肩透かしを食らった気分でタブレットの画面を弄っていたら、楓の表情が一変した。
「好きなだけ悩んで構わないから、気に入ったデザインを選んでくれ。その代わり仕事中も外すなよ」
そう言って、智寿が、翠がサンプルで持って来た見本の指輪を楓の左手の薬指にはめ込んだ。
その瞬間、彼女のピンクが爆発した。
「~~~っっ!!あああありがとうございますっ」
あ、これ見たことあるな。
同僚の後輩デザイナーたちが、韓流アイドルのライブ映像を見ながら、サランヘーと叫んでいる時と同じだ。
なんだ、智寿どころかめちゃくちゃ旦那さんのこと好きじゃないか。
いや、好きというよりこれはもう。
「一生忘れません!!!」
推しである。
倒れそうになりながら、左手のダイヤモンドリングを見つめる楓の顔はゆでだこのように真っ赤になっている。
心なしか手まで震えているではないか。
感極まった表情の楓の背中を宥めるように撫でながら、智寿が冷静に返した。
「いや、本番はまだ先だ」
その通りである。
「ほ、本番・・・」
噛みしめるように呟いた楓の頬を指の背で撫でる智寿の雰囲気がまた甘くなった。
こういった楓の反応に慣れているようだ。
「それより、ほんとの挙式もしなくていいのか?」
「鼻血噴いて倒れたくないので・・・」
ハレの日に興奮しすぎてウェディングドレスを鼻血で汚す花嫁は、うん、あまり見たくない。
真顔で言った楓に、智寿が諦めた顔で小さく頷いた。
加賀谷の人間が挙式も披露宴も行わないなんて聞いたことが無い。
実際清匡の結婚式は、レガロマーレで一番豪華な挙式披露宴だったと聞いている。
経営に携わってないと、その辺りも免除されるのだろうか。
プロの手でガッツリフルメイクすれば、抜群に映えるだろうし、ゆったりめのトップスで隠している豊満な胸を強調するドレスを選べば最高に魅力的な花嫁になるだろうに。
惜しいな、と勝手な感想を脳内で零していると、楓が口を開いた。
「私がと、智寿さんの奥さんに慣れたら・・・・・・写真撮りましょう」
旦那の名前を呼ぶだけでどもる新妻を初めて見た。
なんだこの初々しすぎる夫婦。
清匡夫妻は、幼なじみ婚というだけあって、兄妹っぽさこそあったものの、初々しさは皆無だった。
「半年以内希望な」
「えっ!?・・・・・・・・・が、頑張ります・・・」
「うん・・・・・・こういうデザインいいじゃないか。これって・・・」
満足げに頷いた智寿が、改めて左手の薬指を確かめてこちらに視線を向けて来た。
「こちらは正方形のクッションカットですね。他にも、エメラルドカットや、プリンセスカットがございます。皆さんご存知の涙型やハートも人気ですよ」
「ハートはちょっと・・・」
年齢的に厳しいので、と唇をへの字にする楓に、お気持ちは十分理解できますよとこくこく頷く。
20代のファッションリングならともかく、30代でこれから長く愛用する婚約指輪なのだから、落ち着いたデザインをこちらとしてもお勧めしたい。
買ったはいいが、箪笥の奥に眠らせてますというのが一番デザイナーとしては悲しいから。
「こちら、クッションカットのトップ両側をサイドストーンが飾るデザインは、シンプルで人気がございます」
「あ・・・これ、いいですね」
「奥様の雰囲気にも良くお似合いかと」
「お、奥様・・・・・・きょ、恐縮です」
いきなり居ずまいを正した楓の肩を智寿がポンと叩いて苦言を呈した。
「恐縮はいらないだろ」
これからどこにいっても加賀谷さんの奥さん、と言われる生活が始まる人間の態度とは思えない。
「いえ、でも、あの・・・・・・・・・はい」
食い入るように見つめてくる智寿の視線から逃れようとぎゅうっと目をつぶる楓の反応は、予想外のファンサービスを貰って狼狽えているファンのそれである。
面白いご夫婦だな・・・
世の中には、夫婦の数だけ色んな愛の形がある。
楓が胸を張って智寿の妻です、と朗らかに応えられる日が早く来ればよいな、と翠はしみじみ思った。
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