第24話 高陵石-2
犬に例えるなら、シベリアンハスキー?
新居は、通勤圏内の日当たりが良い部屋ならどこでも、とお任せして選んで貰った。
智寿は夜間対応で深夜に出かけることもあるので、セキュリティーも踏まえたうえで候補に挙がったのがタワーマンションだったらしい。
分譲マンションの金額は、楓が一生かかっても貯められないくらいの金額だった。
やっと貯金の使い道が出来たと真顔で言った智寿が、あっさりと購入を決めた時に、この人は次元が違うな、と悟った。
挙式披露宴をしなくて本当に良かった。
4回も5回もお色直しして、ゴンドラに乗せられていたかもしれない。
「タ、タイプ?・・・えーっと・・・クールな・・・感じ・・・?お見合いは、母親がどっからか伝手を頼って持ってきてくれて・・・・・・とも・・・旦那さんは、働いても働かなくてもどっちでもいいよって、私にお任せみたい。新居は、地下鉄の駅すぐのタワマンだから、引っ越し終わったら遊びにおいで?旦那さんの写真は、恐れ多くて撮れなてないから・・・またそのうちね」
「・・・・・・恐れ多いけど、優しい旦那さんなんですね・・・?家タワマンって・・・・・・去年出来たとこですか!?あそこめちゃくちゃ高いですよね!?何階ですか!?」
「ええええ?何階かまでは・・・聞いてないし・・・」
「すっご・・・絶対遊びに行きますね!でも、仕事続けてくれて嬉しいです!楓さん居なくなると寂しいですもん」
「そう言って貰えて嬉しいわ」
頷いた楓に向かって、先輩社員のリコが向かいのベンチシートに置きっぱなしのスマホを指さしてくる。
「ねえ、そのクールで恐れ多くて優しい旦那さんから電話だけど?」
「あ!」
見ると、液晶画面に智寿の名前が表示されていた。
今日はシステム会社との打ち合わせで午前中は外出と聞いていたのに。
大急ぎでスマホを掴んで通話をタップする。
「も、もしもし?」
『急に電話してごめん。いま昼休みだよな?』
「あ、は、はい、そうですけど・・・」
背後から、旦那さんに敬語なんですねー、と金森の声が聞こえる。
『もうすぐ職場の前だから、ちょっとだけ出てこれないか?』
「え?それはいいですけど・・・」
『帰り道で、楓の好きそうなお菓子見つけてさ』
「か、買ってくれたんですか!?わざわざ!?」
『どうせ近所だし、この時間なら昼休みに食えるかなと思って』
「う、嬉しいけど・・・す、すぐ行きます!」
慌ただしく休憩スペースを飛び出して、廊下を走って受注センターの外に向かう。
こんなに必死に走ったのは初めてかもしれない。
敷地の入り口の門までたどり着くと、すぐに智寿の声が聞こえ来てた。
「悪いな、呼び出して」
手に持った紙袋を揺らして、智寿が豆腐ドーナツ、とお土産の名前を口にした。
紙袋を見る限り結構な量がありそうだ。
「い、いえ・・・でも・・・なんで・・・」
「ん?駅前歩いてて、ふと見たらこれがあったから。楓の喜ぶ顔が浮かんで」
なんでもない事のように告げられた一言に、胸がきゅうっとなった。
だから不意打ちは駄目だって言ってるのに。
ここ最近どんどん柔らかくなっていく眼差しに、本気で心臓が止まりそうになるのだ。
これからまだ午後の仕事があるというのに、恋心は一気に加速してしまう。
「~~~っありがとうございます」
「ん。明後日は、夜勤だから、それまでに飯食おう。家具も見ときたいし」
「あ、わ、分かりました・・・あの・・・智寿さんっ」
「ん?」
「すっっごく嬉しいです」
これが寿からのプレゼントだったら、本気で防腐剤まみれにして食べずに永久保存するところだが、これは、智寿から婚約者への贈り物なので、美味しく頂く義務がある。
全力で感謝と喜びを伝えれば、智寿が一瞬真顔になって、口角を持ち上げた。
「じゃあ、お礼して」
眦を緩めた彼が一歩近づいて、しゃがんで顔を近づけてくる。
とんとんと自分の頬を人差し指でつついた彼が、こちらを一瞥してきた。
頬にキスしろと言外に告げられて、ひええええとパニックになりながら、それでも負けずにつま先立ちになる。
勢い任せに頬にキスを落とせば、楓の背中を抱き寄せた智寿が、小さく笑った。
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