第23話 高陵石-1

「え、ほんとに結婚するんですか!?っていうか、楓さん彼氏さんいました!?私の挙式来てくれた時はフリーって・・・・・・え、いつの間に!?」


休憩スペースで、本日はバナナオレを飲みながらランチを食べ終えた金森が身を乗り出して来た。


逃げ腰になった楓に代わって、先輩社員のリコがまるで自分のことのように誇らしげに微笑んでいる。


金森の挙式披露宴で智寿と再会してからひと月半。


月金勤務の楓と、シフト制の智寿はなかなか時間が合わないはずなのだが、そこは経営者特権というやつか、上手く時間を調整して、隙間時間を使ってランチデートをしたり、智寿の仕事終わりに出かけたりして、何とか無事に婚約者期間を過ごしている。


楓の両親は、入籍日や挙式披露宴の都合は、加賀谷に一任すると最初から豪語しており、智寿は、楓の意見を尊重すると言ってくれた。


彼の立場を思うと、レガロマーレで盛大な挙式披露宴をするべきなのだろうが、もともと挙式にもウェディングドレスにもさほど憧れの無い楓は、挙式も披露宴もなしの地味婚を希望した。


だって万が一挙式の途中で興奮しすぎて倒れでもしたら困るから。


そのうち楓が智寿に慣れた頃に、ウェディングフォトだけ撮っておこうと話している。


楓の地味婚希望を、両家の両親は快く認めてくれた。


最初は不機嫌顔だった楓の母親も、そのうち写真は撮るからと説明して、どうにか納得してもらった。


智寿の両親はというと、一年がかりで夫婦水入らずの世界一周旅行を計画していたらしく、むしろ挙式披露宴をしないことに、安堵していたくらいだ。


実の息子をの挙式を放り出して旅行に出る訳にも行かず、迷っていたと言われて、なおさら地味婚を選んで良かったと確信が持てた。


そもそも、挙式披露宴をしたところで、招待できる知人友人の数が智寿と違い過ぎるのだ。


「金森ぃ、最近話題の交際ゼロ日婚よ。ビビッと来て運命感じちゃったやつよ」


「ひええええ!慎重派の楓さんが運命とか・・・お、お相手の方、ちゃんとした人なんですか?アプリとかで知り合った素性の分からない男の人じゃ・・・」


「それが、レガロマーレの経営者一族よ!」


どうだ凄いだろ!と胸を張るリコに、金森がひええええと大げさにのけぞった。


「え!?そんなとこですごい出会いが!?」


「それもお見合いでね」


「楓さんんんー!最後の最後で特大の幸せ掴んだじゃないですかぁ!!!」


新居も決まって、いよいよ結婚準備が本格始動してきたので、職場のみんなに報告しようと、今朝の朝礼でごくごく控えめに、結婚が決まりました、と伝えた途端、拍手よりも先にどよめきが起こった。


それもそのはずである。


だってついこのあいだまで、浮いた噂一つ楓には無かったのだから。


センター長には朝いちで報告したのだが、とうとう最後の独身が嫁に、と泣かれて何とも複雑な気持ちになった。


仕事は今後も続けるつもりだと話をしたら、それは有難いよと本気で喜ばれて、地味でも目立たなくてもこれまでやって来た意味はあったんだな、と嬉しくなった。


智寿は、シフト勤務の自分とは生活時間がずれてしまうことの方が多いので、結婚を機に専業主婦になってくれても構わないと言われた。


その途端、これまで誇りに思えなかった仕事が、手放しがたくなったのだ。


彼が用意してくれた新居は、楓が考えていたよりもかなりハイレベルなタワーマンションで、智寿の年収を考えても、働かずに食べていく事は出来る。


けれど、専業主婦になったとしても、これといってやることはないし、趣味もない自分が、ぐーたら家で過ごす絵しか浮かば、なかったので、それならば、と仕事を続けることを選んだ。


「ありがとね、金森ちゃん」


楓の結婚報告に、先輩主婦と後輩が一気に興味津々の視線を向けて来たが、すぐに繫忙時間が来てしまい、誰からの質問も受けられなかったので、ここぞとばかりに金森が質問を投げてくる。


「それで、相手の方はどんなタイプなんですか!?レガロマーレって、加賀屋の系列ですよね!?いくつもホテル持ってるじゃないですか、楓さんどっからそんなコネを!?旦那さんは専業主婦になれって言わないんですか!?新居ってどこですか!?遊びに行っていいですか!?っていうか、旦那さん見てみたいです!」


智寿の顔を思い浮かべて、どんなタイプというのが正しいだろうと迷う。


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