第25話 高陵石-3
「えええええ全然クールじゃないじゃないですかぁ!」
受注センターの入り口からこっそり隠れて門の前で立ち話をする楓と智寿を眺めながら、金森がそんな感想を口にした。
先輩社員のリコがその隣から仲睦まじいカップルを盗み見しながら頷く。
「そうねぇ・・・楓の話聞いた限りだと、もっとこう硬質なイメージだったんだけど・・・目尻下がってんじゃないの」
熱に浮かされたように楓が語って聞かせたモデル寿は、鋭い眼光と、圧倒的な存在感で、周りを寄せ付けない雰囲気だったはずなのだが。
たしかに人目を引く高身長と、がっしり体型だけれど、周りを寄せ付けない感じではない。
ああいう男は、包容力があるタイプ、と表現するのだと、楓に教えてやらなくてはならない。
「わざわざ昼休みに会いに来るって、愛されてますよねぇ・・・」
「しかもでっかい手土産持ってね」
「あ、駅前の豆腐ドーナツだ」
「楓の好きなやつじゃないの」
紙袋を受け取った楓が珍しくはしゃいだ声を上げている。
後輩の教育係兼相談係として必死にここまでやって来た楓が、いつもより幼く見えて、なんだかくすぐったくなった。
あんな顔も出来るのか。
先輩社員たちは次々時短勤務に変更になって、残された後輩の面倒と、センターの管理を一手に引き受けることになった楓が、やっと気持ちを緩める相手を得られたことが何より嬉しい。
元推しだから、色々無理で、とかなんとか言ってたくせに、すっかり恋する乙女の顔ではないか。
これから新婚生活が始まっても、妻としてちゃんとやってけるか分からない、と零していたが、これなら心配なさそうだ。
だって目の前の彼女は、婚約者に焦がれるどこにでもいる等身大の女性なのだから。
そりゃあ、不慣れなことも、戸惑うこともあるだろうが、それは、相手が誰であれ同じことだ。
生まれて育った環境が異なる人間が、一緒に生活を始めるのだから、多かれ少なかれ違いはある。
そして、それをすり合わせたり、譲り合ったりしながら、夫婦に、家族になっていくのだ。
「いいなぁー私も旦那さんに会いたくなっちゃったなぁ」
数か月前ゴールインした金森が、ぷうっと頬を膨らませた。
しょっちゅうスマホを確かめては、旦那とメッセージのやり取りをしている彼女に倦怠期はないようだ。
「はいはい。新婚はいいわよねぇ。あばたもえくぼだもんねぇ」
「リコさんは違うんですかぁ?」
怪訝な顔を向けて来た後輩に、ああ若いなぁとしみじみ思う。
旦那の帰りを待ちわびる時代が、確かに自分にもあったのだ。
時計を見ては溜息を吐いて、携帯のメールを問い合わせて。
あの時間があったから、今も頑張れているのだと思う。
「子育てが始まったら同じチームの選手みたいな感覚よ。お互いのポジションをキープしつつ協力し合う感じね、分かる?」
「んー分かりませんー」
「そのうち分かるようになるわよ」
価値観の違いでぶつかったり、戸惑ったりしながら、自分たちだけの夫婦の形を作っていく。
楓と智寿は、どんな夫婦になるだろう。
もうすでに夫に心酔している楓が心変わりすることはないだろうが、加賀谷一族に嫁げば、それなりに色々ありそうだ。
まあ、でも、あの旦那ならどうにかなりそうだけど。
どっしりと落ち着いた雰囲気の彼は、ちょっとやそっとのことでは動じそうにない。
恋愛はからっきしの楓をうまく導いて、円満夫婦を目指して貰いたいものだ。
どうか末永くお幸せに。
胸の中で後輩カップルに賛辞を贈った直後、つま先立ちになった楓が、未来の夫の頬にキスを落とした。
まさかこんな大胆なことを真っ昼間の職場でやってのけるとは。
悲鳴を上げかけた金森の口を大慌てで塞いで、急いで受注センターの中に引きずって戻る。
「みみみみみ見ました!?」
「見たわよ!」
「ああああの楓さんが、ほっぺにチューですよ!?」
信じられます!?と狼狽える金森の背中をぽんぽん叩いて宥めながら、反対の手で額を押さえる。
どうやら楓の夫となる人物は、包容力があるだけではないらしい。
「・・・・・・加賀谷さんって・・・恐ろしいわね」
呟いたリコに、金森が大きく頷いた。
「ですね!」
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