第26話 天青石-1
これはまあ、何ともタイプの異なるご夫婦である。
翠は宝飾品会社【志堂】のジュエリーデザイナーだ。
主に上顧客の特別注文のデザインを担当している。
レガロマーレの役員フロアの応接室に招かれるのはこれで二回目。
一回目は、加賀谷清匡とその妻の婚約指輪ならびに結婚指輪のデザインの打ち合わせで呼ばれた。
志堂専務から直々に指示が下りて、貴石のクオリティーには糸目を付けずに、希望通りの最良のデザインを起こすようにと言われた。
つまり予算の上限はナシ、ということだ。
婚礼関係の祝い事には、とくに財布の紐が緩くなるものだが、保管庫の一番奥で厳重に守られている最上級グレードの石を好きなだけ使ってよいと言われた時には飛び上がったものだ。
どれだけ使いたくとも、購入希望者が現れなくては陽の目を見ることの無い上質の貴石たちは、出番がやって来るまで長い眠りについている。
加賀谷清匡の細君は、可愛らしい雰囲気の年下の女性だったので、その容姿に見合った可憐なデザインを起こして提供した。
工芸部に提出する指示書を作成しながら、使用する貴石を思い浮かべてはニヤニヤしてしまったのは忘れられない思い出だ。
今回も前回同様予算ナシとの報告が来ており、ここに来る前に使えそうな保管庫の貴石を片っ端からチェックしてきた。
先月仕入れ担当がほくほく顔で、デザイナー室の室長に手に入れたばかりのルースをいくつも見せに来ていたので、それも踏まえて最高級のデザインを起こすつもりなのだが。
「ええー・・・それでは、奥様のご希望は、控えめでシンプルなデザイン、ということでよろしいでしょうか?」
タブレット端末からチラッと視線を新婦になる楓のほうへ向ければ。
「は、はい。あの、出来れば、立て爪っていうんですか?あの、石が真ん中にドーンとある、あれは避けたいと思ってまして・・・」
三十代らしい落ち着いた雰囲気の楓が真顔でそんなことを言って来て愕然とした。
幼なじみ婚の清匡夫婦とは異なり、こちらは完全に強運をつかみ取った玉の輿婚である。
お見合い結婚だというから、加賀谷グループの人間を射止めることが出来た三峯楓はさぞかし美人のお嬢様なのかと思いきや、実際目の前にした彼女は、翠とそう年齢の変わらない、誤解を恐れず言うのならば、極々普通の地味な女性だった。
化粧映えしそうな顔ではあるが、容姿に惹かれたわけでは無いのだろう。
「婚約指輪はそれが王道だろ?嫌なのか」
ここぞとばかりに未来の花嫁に高価な指輪を贈ろうとしていた新郎が、げんなりと眉を顰める。
長身で体格の良い彼は、ホテルマンの清匡とは異なり女性受けはあまりよろしくない鋭い眼光を持っている。
ひと睨みされたら、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまいそうだ。
「すみません・・・・・・あの、もともとアクセサリーを付けることがないので・・・落ち着かないので」
もうまもなく夫婦になるとは思えないくらいの丁寧な敬語が聞こえて来て、うん?と首を傾げそうになる。
「一つくらい派手なのがあってもいいだろう。エンゲージだと分かりやすいものを一つ、出来るだけ華やかなもので」
待ってましたの一言が飛んできて、さっそくダイヤモンドのカッティングを考え始めた翠の前で、楓がぎょっと目を剥いた。
「えっ!?」
「どうせつけるのは親族の前だけだ。楓のご両親の前で恰好つけさせてくれ」
娘がどれくらい立派な婚約指輪を贈られたかで、愛情やその後の生活水準を測る親は少なくない。
加賀谷の人間が、地味な婚約指輪を贈ったというのは、確かにあまり心証はよろしくなさそうだ。
お見合い結婚ならとくに。
恐縮して俯く楓の左手を捕まえた智寿が、確かめるように薬指を撫でた。
彼女を見下ろす眼差しが途端優しくなって、彼の纏う空気が変わる。
ガチガチの理性の青と知識や形式をつかさどる藍色で埋め尽くされていた彼の色に、甘いピンクがふわっと混ざった。
じわじわ広がっていくピンクオーラに見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
「そ・・・それは・・・あの・・・・・・ありがたいですけど・・・・・・気を遣わせてすみません・・・」
相変わらず緊張した面持ちで頷いた楓の手をそっとテーブルに導いた彼が、それから、と、口を開いた。
「もう一つ、彼女の好みのデザインの指輪を。日常使いしたいんだよな?」
「え、いいんですか!?」
目を見開いた楓の言葉に、智寿が静かに頷いた。
「いいからそう言ってる。婚約指輪代わりに重ね付けできるようなものも、お願いできますか?」
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