第52話 黄玉-2
渾身の力で夫を睨みつけるも、伸びて来た指が頬の柔らかさを確かめて来て、毒気を抜かれる。
「ほんとに肌艶良くなったよな」
顎を捕まえてまじまじと薄化粧の肌を見つめてくる智寿の眼差しには誇りと自負が溢れていた。
これまで化粧水を叩き込むことでした潤ってこなかった肌は、内側から満たされることを覚えて一気に開花してしまった。
智寿と初めてそうなった翌朝、職場でも楓の変化が話題になって、どこのスキンケア使ってるの!?と初めて質問攻めにあった。
どうせ測るだけ無駄だと諦めていた肌年齢を、化粧品カウンターで気まぐれに確かめてみたら、まさかのマイナス5歳で、あっけに取られた。
恋愛が女性の身体にどれくらい多大な影響力を与えるのか、まざまざと実感させられた。
それを間近で見ている智寿なので、楓の変化が嬉しくてたまらないらしい。
先日は、秘書の鶴見の前でも綺麗になっただろと自慢されて、本気で足を踏んでやりたくなった。
初対面のあの日、お見合いで出会った彼がこんなに甘ったるい旦那様になるだなんて、誰が想像しただろう。
「誰のおかげだろうな?」
「わ、私頼んでませんからね!?」
本物の夫婦になりたいとは望んだけれど、それ以上のあれやこれやは望んでいないし、そもそもそんな知識がない。
智寿に愛されたいのは事実だけれど、そういう意味で積極的になったつもりはなかった。
「・・・・・・じゃあ、そろそろ強請らせるやり方に変えようか?」
妻の言い分を受け止めた彼が、鋭い眼差しをすうっと細める。
「・・・・・・っ」
慌てて唇を引き結んだら、真顔になった楓の頬にキスを落として智寿が、冗談だよと笑った。
「でも、最初に腕の中に入れてってお願いしてきたのはお前だろ?」
「だ、だって・・・・・・あれは・・・そうしなきゃいつまでも本当の夫婦になれないと思ったんです」
推しとファンの延長戦で生活を続けることは勿論可能だろうが、その先に未来はない。
智寿が楓を選んでくれたのは、この先も一緒に歩いていきたいと思ってくれたからだ。
彼とちゃんとした夫婦になりたいと思った。
誌面や、写真データでは分からない、彼の事を、一番近くで知りたいと思った。
「本当の夫婦になってみてどうだった?」
「・・・・・・・・・智寿さんは・・・どうなんですか?」
「幸せだよ。結婚して良かったって本気で思ってる。多分、あの日楓に出会わなかったら、今も仕事場と家の往復だけの毎日を過ごしてたと思うよ」
「私は・・・・・・」
肌を重ね合って知った生身の彼は、想像よりもずっと逞しくて温かかった。
実体を伴って触れてくる指先は、ちゃんと楓の全部を欲しがってくれて、戸惑えば慰め、躊躇えば宥めてくれた。
「・・・・・・・・・ああ、ほんとに、好きな人の奥さんになれたんだなぁって・・・・・・実感しました」
「結婚して二か月だけどな」
「・・・・・・これでも頑張ったほうですよ、私にしては」
「それは、俺もそう思うよ。三か月はかかるかなと思ってた。だから、しばらくは一人でシて我慢するしかないなと思ってたから、楓が前向きになってくれて嬉しいよ」
「~そういう赤裸々な情報は要りませんっ」
「そろそろ誌面じゃない俺の全部も、わかって欲しいから」
「・・・・・・・・・それは・・・分かってます・・・けど・・・・・・」
呟いた楓の手を握った智寿が、手首のスマートウォッチを確かめて時間だなと呟く。
「ほら、昼飯」
差し出された買ったばかりのコーヒーショップのサンドイッチとタンブラーに入ったカフェモカを受け取る。
「ありがとうございます」
「夕飯の店決めたら連絡する。他にリクエストが出来たら教えて。昼には電話するよ」
「・・・・・・」
「なに?」
「いえ・・・・・・智寿さんのマメさって、ほんと凄いなと思って」
貴重なお昼休みをわざわざセキュリティールームから出て、楓に電話してくる手間を厭わない彼のマメさと愛情には感謝しかない。
「気になるだろ、普通」
「・・・あ、はい、私も気にしてます」
慌てて取って付けたような返事を返したら、智寿が小さく笑った。
完全に受け身になっている楓を誰より理解しているのは彼のほうだ。
真新しい指輪が光る左手の薬指に気を落として、智寿が囁いた。
「夜までいい子でな」
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