第36話 紅玉-1

ひっきりなしに聞こえるカメラのシャッター音。


行きかうスタッフの足音と飛び交う指示の声。


ざわめきをものともせずカメラマンに向かって様々なポーズをとって行く何人ものメンズモデルたちは、衣装もさることながらその存在自体が華やかだ。


「じゃあ、次ショウと寿、背中合わせで。昔みたいにポーズ合わせてくれてもいいよー」


スタジオハウスを貸し切っての撮影は、終始和気あいあいとした雰囲気で進んでおり、数年ぶりの再会を懐かしむ声がそこかしこから聴こえてくる。


ここに来てから真っすぐに目で追い続けている数年ぶりのモデル仕様の智寿が、ヘアメイクに髪型を直されながらぶすっとした表情で答えた。


「いやですよ」


鋭い目つきと吹き荒れる低気圧に、遠巻きにしている楓のほうがびくっと肩をすくめてしまう。


が、周りのスタッフやモデル仲間は慣れているようで顔色を変えることは無い。


智寿の隣に並んだ、元モデルのショウが相変わらず年齢の分からないベビーフェイスを歪ませてげらげら笑いながら元相方の肩を叩いた。


「あははー照れちゃってぇ。青春ぽく肩とか組んでみる?」


「するか馬鹿」


「ほんとにつれないんだからなぁ・・・お嫁さん来てるから恥ずかしいんだろー?」


「うっせ」


視線を逸らした智寿とそれを追いかけるように回り込むショウをカメラが次々に収めていく。


照明の角度なんかを調整しながら何パターンか撮影した後で、別の組の撮影がスタートして、二人がこちらに戻って来た。


「楓ちゃーん、どうどう?旦那のモデルっぷりは?惚れ直しちゃう?」


「はい!神々しいです有難いです!」


「だって、連れてきてあげてよかったでしょー?」


なんか言いなよと脇腹を小突かれて、智寿がショウを押しのけるようにして楓の前にやって来る。


変形袖のブランド物のTシャツは着る人を選びそうなデザインだが、洋服に負けることない存在感は、あの頃よりももっと強くなっていて、高鳴る胸が抑えきれない。


現在は、Iチューバーや、モデルのマネジメント業に専念している元モデルのショウから、電子版のPrideBeの一号限りの復刊の連絡が届いたのは二週間前のこと。


元編集長の早期退職を記念して、同窓会という名目で、当時の専属モデルたちでもう一度集まろうという呼びかけに、すっかりモデル業から足を洗っていた智寿は当然のように最初は難色を示していた。


他誌に移動したモデルや、タレント業に移行していったモデルたちは、現在も業界にとどまっているが、完全一般人に戻った自分が今更モデルの真似事なんて出来ないという智寿の言い分をまあまあと説き伏せたのは、昔の相方のショウだった。


智寿の勤め先であるレガロマーレまで説得にやって来たショウは、夫婦水入らずでランチ中の個室に遠慮なしに顔を出して、楓に嬉しい悲鳴を上げさせた後で、お嫁さんにいいとこ見せたくないの?と智寿を焚きつけてきたのだ。


結婚の報告はメールで済ませていたという智寿に、水臭い素っ気ないと愚痴を零した後で、誌面を飾っていた頃よりわずかに大人びた年齢不詳の綺麗な顔を柔らかくして、初めましてお嫁さんと微笑まれた時のあのとてつもない衝撃は、筆舌に尽くしがたい。


雑誌でしか見たとこの無かった憧れのモデルたちが、再びカメラの前に立つなんて、楓にとってはまるで夢の再演である。


聞き覚えのあるモデルたちの名前を次々に挙げながら、みんな再会を楽しみにしてるし、こんな機会でもないともう会えないメンバーもいる、と言葉を紡ぐショウを前に、智寿よりも興奮気味に耳を傾けていたのは楓のほうだった。


そこ加えて元編集長からの熱心な要望もあって、メインページのみの出演という条件で智寿は撮影を受ける事に決めた。


その返事に破顔したショウは、せっかくなら楓ちゃんも撮影見においでよ!と、あっさりと招待してくれたのだ。


部外者だし、出来上がった写真を後でこっそり頂ければ、と進言した楓に、見とかないと勿体ないよ!と言い切ったショウは、他のモデルたちも家族や恋人を連れてくるから心配しないでと付け加えて来た。


実際、撮影現場のスタジオハウスには、彼らの最愛のペットや、小さな子供、愛すべき妻や、愛しの恋人たちが集まっていた。


が、ほとんど業界人同士で結婚したり付き合ったりしている人間ばかりで、見ているこちらがくらくらしそうなほど華やかな顔ぶれで、気圧された楓は壁際に張り付いているしかない。


同窓会という名目に間違いはないのだろうが、どう考えても楓の知る同窓会とは一線を画している。


ショウが内緒ねと言って紹介してくれた彼の年下の恋人は、いま深夜枠のドラマで注目を集めている若手女優だった。


他にも、エステサロンを経営していたり、ブランドプロデュースをしている女性も居て、極々普通の営業事務員である楓は圧倒されるばかり。


せめてもの救いは、無邪気に駆け回る可愛い子犬と、ちびっ子たちが居てくれたこと。


彼らが居なかったら完全に楓は一人だけ浮いてしまっていた。


「いやー・・・寿の奥さんと挨拶する日が来るなんてねぇ・・・僕も年取ったなぁ」


退屈じゃない?と紙コップのお茶を手に近づいてきたのは、今回早期リタイアを決めたprideBeの元編集長だ。


50代半ばと思われるダンディな雰囲気の彼は、撮影が続けられる部屋の一角を眺めながらしみじみと呟いた。


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