第7話 藍玉-1

目つきが悪い、見た目いかつくて怖い。


自分に向けられる定番の評価が180度変わったのは、大学に入る直前のこと。


中学からの腐れ縁の友人が、父親の経営するモデル事務所でアルバイトをしないかと声を掛けてきて、時給の良さに二つ返事で頷いてどうせ素人に任されるのは雑用係だろうと現場に同行した先で、ちょっと二人並んで写真撮らせてよとカメラマンに言われたことがモデルを始めたきっかけだった。


クォーターの将太は、母親譲りの中性的な顔立ちと柔らかい雰囲気の男で、硬質でクールな印象を与える寿とセットで写した一枚を編集長がいたく気に入って、そこからニコイチ売りで雑誌に出るようになった。


それまで敬遠していた女子たちがこぞって群がってくるようになり、鋭い目つきはクールと自動変換されて、元から表情筋のあまり動かない顔は落ち着いてて素敵ともてはやされるようになった。


それなりに華やかな大学生活を送り、モデルのバイト代で貯めた資金を元手に、業界を退いた後友人とセキュリティ会社を興した。


最初から大学4年間だけと決めていたモデル業を離れることに大した未練はなかった。


加賀谷の名前を出したくなかったので、雑誌以外のメディア露出は一切なし、SNSも配信も何一つ行わない大学生モデルの存在は、とっくに忘れられていると思っていたのだ。


システムエンジニアの仕事に就いて、昼夜を問わずパソコンの相手ばかりを続けていたら、自然と目つきは更に悪くなって、モデル時代は出来ていた愛想笑いの仕方も忘れてしまった。


会社を軌道に乗せることにだけ集中している間に年月は過ぎて、三十代に入った頃、加賀谷の親族の中で未婚の人間が一人また一人減り始めて、最終的に従兄弟の清匡と自分だけになった。


加賀谷の主軸を担っていく清匡はともかく、末端の人間であるこちらにまでいらぬ火の粉が飛び火することは無いだろうという考えは甘く、親戚筋から回ってくる断れない見合い話が後を絶たなくなった。


独身主義というわけでもないし、それなりに結婚生活への憧れもある。


が、すでにモデル業をやめて随分経つし、クールを卒業してただただ鋭い眼差しと愛想のない強面を持つ口下手な自分が、見合いをして上手くいくはずもなく、誰と会っても、相手の女性が頬を引きつらせて黙り込むか、怯えたように視線を揺らすかのどちらか。


これだけ連敗が続けば親戚連中も結婚は無理だと諦めてくれるだろうと、思っていた矢先、急に清匡と幼馴染との結婚が決まって、再び最後の独身である智寿に白羽の矢が立てられた。


少しでも好印象を与えようと相手の職業や家族構成についても入念に調べて、いくつかの話題も用意しつつ挑んだ見合いは、これまでで一番の大惨事で終わった。


あろうことか見合い相手が途中で帰ってしまったのだ。


務めて穏やかに語りかけたつもりだったが、鋭い視線に堪え切れなかった彼女は終始うつむいたままで、まともに会話の受け答えも出来ないような状態だった。


好感を持って貰えるどころか、怯えさせた挙句逃げられるだなんて、前代未聞である。


無難な仕事の話題を選んだのは、職場が近いことが次に繋がる理由になればと思ったから。


釣り書きを見る限り、真面目で控えめな印象の彼女は、これまでの見合い相手よりも年齢も近く、自分のようなタイプにも耐性があるのではと僅かな期待もあった。


職業柄月金で動くことのほうが少ないので、彼女が願うなら喜んで専業主婦として受け入れる用意もあったのだ。


それもすべて無駄に終わってしまったが。


脱兎のごとく逃げ出した彼女をまさかこれ以上追いかけて怖がらせるわけにもいかず、怯えさせたお詫びと共に、このお話は無かったことにと丁重に返事を返した。


しばらく見合いはご免だなと、今まで以上に仕事を詰め込んでホテルに居着くようになってから約一か月。


エレベーターに乗り込んできたあの日の見合い相手は、智寿の顔を見るなりくしゃりと顔を歪めて泣き崩れた。


怖いと逃げられたことはあっても、目の前で妙齢の女性に号泣されたのは初めてのことだ。


しゃがみこんでおいおい泣き崩れる彼女をエントランスロビーに連れて行くわけにもいかず、仕方なく行き先を上層階の役員フロアに変更した。


こんなところ誰かに見られたらたまったもんじゃない。


仮にもホテルの関係者である自分が、客を泣かせたなんて知られたら身内からどんな嫌味を言われるか。


見ればストッキングが伝線していて、足でも挫いたのかと心配になったが、嗚咽を挙げて泣きじゃくる彼女にどう声をかけるべきか分からず、結局そのまま抱きあげて空き応接室に運んだ。


役員フロアの受付秘書の鶴見は、智寿が女性を抱えて険しい表情で廊下に現れた事に驚いて、けれどそれ以上追いかけて来ることは無かった。


抜群に空気の読める敏腕秘書である。


革張りのソファの上に彼女を下ろして、目の前に跪く。


何かトラブルに巻き込まれた可能性も視野に入れておかなくてはならない。


警備システムを担っている立場から、ありとあらゆるパターンを想定しつつ慎重に彼女の様子を確かめる。


結婚式や見合い、接待など、縁を繋げることに縁が深いと思われがちなホテルだが、残念ながらそうでない事情で使われることも多いのだ。


別れ話のもつれから口論に発展することも珍しくないし、浮気現場に妻が乗り込んで修羅場になることだってある。


彼女の格好はあの見合いの日の数倍華やかで、パーティードレスの装いは挙式披露宴に参加していたことを伺わせた。


そこで何かあったのだろうか。


「あの・・・・・・足は、平気?転んだとか・・・?」


慎重に言葉を選びながら、努めて柔らかい声で尋ねれば、弾かれたように顔を上げた楓が、智寿の顔を見てまたボロボロと涙を零した。

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