第5話 紫水晶-1
「楓さぁーん!リコさぁーん!来てくださってほんとにありがとうございましたぁ!」
披露宴会場を出たところで来賓者のお見送りをしている本日の主役が、職場の先輩二人を見止めて花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
花嫁のための一日というのはよく言ったもので、愛嬌のある丸っこい両目を涙で潤ませてお礼を口にする後輩は最高に綺麗で見惚れてしまう。
隣に立つタキシード姿の新郎の嬉しそうな照れくさそうな笑顔とセットで何度見てもおめでとうが言いたくなる光景だ。
「ドレス姿ほんとに綺麗よ。おめでとう、金森ちゃん!あ、もう城田さんだね」
「やだー照れますようっ!でも、私たちで三組目ですよね?」
お礼のマシュマロの詰め合わせを差し出した新婦が、片手の指を三本立てて見せた。
即座に楓の三つ年上の先輩社員リコが、そうよと頷いた。
「楓が背中押してゴールインまで見届けた三組目のカップルよーおめでとう!」
「いや待って、背中は押してない」
勝手に話を盛られては困る。
片手を上げて首を横に振った楓に、新郎新婦が幸せそうに顔を見合わせた。
「押して貰いましたよ。三峯さんのおかげで、僕たち結婚できたと思ってます」
「そんな大げさな・・・でも、ほんとにお幸せにね」
お世辞でもそんな風に言って貰えるのはやっぱり嬉しい。
ひと月前のダメダメな自分をほんのちょっと許せる気になれる。
今回の受注センターの事務員と、運送会社の営業担当のカップルを成立させたのも、その前の、出荷センターの副主任と、受注センターの事務員のカップルを成立させたのも、さらに最初の、隣の敷地の梱包会社の社員と、受注センターの事務員のカップルを成立させたのも、すべて偶然なのだが、みんなが口を揃えて三峯さんのおかげですと有難がってくれる。
学生時代から、教室の隅から華やかなクラスメイトたちを傍観するグループに所属していたせいか、人の視線に敏感になった。
誰が誰を気にして目で追っているのかに気づいてしまったら、お節介な性分は知らん顔が出来なくて、さりげなく二人で話せるように水を向けたり、仕事で関りを作ったりしているうちに次々と同僚たちが幸せを掴んでいった。
が、なにか具体的なことをしたというわけではない。
みんなが上手く幸運をつかんでゴールテープまで走り切った、ただそれだけのことである。
今日ハレの日を迎えた後輩が、楓を除いて受注センター最後の独身女性だったのだ。
気持ち的には末娘を嫁に出したような気分だった。
明日から一週間のハネムーン休暇に出かける幸せそうな新婚夫婦をひやかして会場を後にして、磨き上げられた窓の外に見えるまだ夕暮れ時の茜空に、たまには一杯飲みません?とリコを誘おうとした矢先、子供を連れて迎えにやって来たリコの夫と遭遇した。
普段妻任せにしているワンオペ育児は半日でギブアップらしい。
まあ、そうなるわよねぇ・・・・・・
もう何度も目にして来た光景だ。
社会人になってすぐは、オールで朝までカラオケだ、居酒屋梯子だと一緒に盛り上がってくれた友人たちも、一人、また一人と生涯の伴侶を見つけていった。
楽しい女子会を終えて、店の外に出た途端、迎えに来た彼氏を見つけて頬を緩めて駆け出す友人たちを見送るのにはもう慣れっこ。
それがそのうち旦那さんになって、解散時間が早くなって、女子会はランチデートが主流になった。
夕方までには帰らないと子供が、とみなが口を揃えて言うのだ。
自宅に戻っても誰もいない楓の休日は、一人宅飲みがメインである。
寂しいよりも気楽でいい、そう思えてしまったから。
抱っこはママがいい!とごねる息子を抱き上げるリコはすでに優しい母親の顔に戻っていて、高層階のバーは景色もお酒も美味しいらしいですよ、と言い出さなかった自分をこっそり褒めつつ、駅に向かうリムジンバス乗り場へ歩き出した仲睦まじい家族を見送って、独りで飲む気も失くして化粧直しのためにパウダールームに入った。
今日この日のために新調したメイクグッズは、やっぱりテンションが上がる。
ジャケットを羽織ればオフィスでも着られる胸元がゆったりとしたドレープのトップスとパンツのセットアップを着るのは今年に入ってから二回目だ。
こういうおめでたいことでもないと、新しいアイテムに手を出そうとしない自分もどうかと思うが。
本日お世話になった艶のある明るいピンクベージュのグロスの次回の出番はいつ来るのか。
海に面した星付きホテル【レガロマーレ】は、小規模の家族挙式から、大宴会場での100人規模の挙式も行えるキャパシティーがあり、地元の名士たちがこぞって選びたがる結婚式場だ。
出されるコース料理はどれも格別で、当然その分お値段もそれなりになるのだが、西園寺倉庫とホテルは取引先に当たるため割引価格で披露宴会場を押さえられたらしい。
美味しいフレンチと、贅沢なシャンパンで満たされた身体は、心に吹きすさぶ隙間風までは止めてくれない。
金森が嬉しそうに結婚式の招待状を、受注センターの正社員の最年長二人に手渡して来たときには、ああ、とうとう一人になったか、と若干苦い思いがこみ上げたのも事実だ。
一人を選ぶということは、自分以外の人間を見送るということで、それは、想像以上に忍耐力と精神力が必要になる。
一人、また一人と独身が減って行って、そのたび大丈夫、大丈夫と自分を鼓舞して、お見合いに挑むたび、次こそはと期待して、そして最終的には先月のアレである。
本当は、人生で一番気合を入れてなんならシミュレーションを行って挑むべきお見合いだったのに。
案の定、あのお見合いの二日後には、先方から母親のほうにお詫びという名のお断りの返事が届けられた。
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