愛しかないと言わせたい ~胸に秘めていた思い出の推しが過保護系旦那様になりました~
宇月朋花
第1話 柘榴石-1
メンズ向けファッション誌、Pride Be。
紙媒体の売れ行きの悪化と、ファストファッション、SNSの波に負けて6年前に休刊してしまったその雑誌を覚えている者はほとんどいない。
最盛期は、大御所のメンズマーノと並ぶ売り上げ部数を誇っていたのだが、今となっては兵どもが夢のあと。
所属していた専属モデルたちは別の雑誌に移ったり、タレント活動をメインの仕事に切り替えたり、業界から退いたりと様々だ。
恐らく、彼と再会することがなかったら、その雑誌を思い出すことも、あの頃の懐かしい胸のときめきを追体験することもなかっただろう。
だから、ちゃんと神様はいるのだ。
・・・・・・・・・・・・・
「初めまして、
雑誌で見るよりも数倍精悍さが増して鋭くなった眼差しをこちらに向けて自己紹介をしてくる元推しを前に、
んえええええええええええええ!?
心の中で盛大に大声で叫ぶ。
叶う事なら今すぐ自分の両頬を往復ビンタしてこれが夢か現か確かめたい。
むしろ盛大なドッキリとかだったらそのほうが納得できる。
が、ドッキリを仕掛けてくるような人間にそもそも心当たりがない。
こんな売れ残りの地味女にそんなことしたってなにも得にならないのだ。
とっくに三十路を過ぎて、いわゆる微妙なお年頃になって、さっぱり男っ気が無いことを心配した母親が、知り合いの伝手を頼って用意したお見合いに乗り気になれる訳もなく、渋々約束のホテルのティーサロンを訪れたわけだが、まさかそこで10年近く前自分が恋焦がれた相手と出会うだなんて想像すらしていなかった。
友達が持ってきたお目当てのアイドルグループが表紙を飾る、Pride Beの一頁に、彼は居た。
みんなが人気アイドルの顔を拝んで崇めて大盛り上がりしている横で、楓だけが別の人物を凝視していた。
他の誰かなんて目に入らなかった。
一瞬にして彼という存在に、夢中になった。
周りのクラスメイトたちが、推し活だ現場だグッズだと大騒ぎしていても、イマイチその温度についていけなかったのは、彼女たちとは好みがまったく違うから。
歌って踊れるアイドルはもちろん可愛いしかっこいいし尊いと思う。
が、彼らが楓の胸を締め付けたり、躍らせたりすることはこれまで一度もなかった。
ショウという甘口ベビーフェイスのメンズモデルとセットで写ることが多かったその人物は、ブランドものの洋服に負けない強い目力と表情を持っていた。
若手アイドルグループとは一線を画した雰囲気と存在感。
愛想笑いしているところなんて見たことが無い。
微妙に口角を持ち上げている一枚を見つけた時は、これを棺桶に入れようと本気でそう思ったくらい。
SNSをしていない彼の情報は、大学生だということ以外なにもわからず、それでも誌面でその姿を見つけるたび胸を高鳴らせていたことをよく覚えている。
当然、同担なんて皆無。
お弁当友達のグループで、雑誌を広げてこの人が好きなんだけど・・・と勇気を出して伝えてみるも、みんな微妙な反応しか返してくれなかった。
『あー・・・うん、なんか・・・つめ・・・クールな感じだね』
モデルとしては重宝される体格と、洋服に負けない強い目力。
アイドルとは完全に別物の彼を同じように推してくれる友達は一人として現れず、けれどそれが逆に良かった。
彼は私だけのものだと勝手にそう思えたから。
単独表紙は一度だけで、ショウに比べると地味な印象だった彼をひたすら孤独に追いかけ続けて3年が経った頃、ショウと寿のモデル卒業が発表された。
雑誌を買いに走ったコンビニの前で、立ち尽くして大絶叫したことは今もよく覚えている。
ご近所でも大人しいことで有名な楓が、いきなり発した大声に、顔なじみのコンビニの店長が慌てて飛び出してきて、痴漢か!?と本気で心配されたのは、未だに三峯家で語り継がれる”楓ご乱心の巻”だ。
ファッションモデルをいつまでも続けられないことは分かっていたし、自分と同じように彼も年齢を重ねていることも分かっていたつもりだったけれど、本当のところでは理解していなかった。
楓がPride Beを開けば、いつでもそこに推しがいる。
それがずっと続くと漠然と信じていた。
ショウは後進育成のため裏方に周り、寿は業界自体を去って別の道に進むと書かれたインタビュー記事を読んで、ああ、私の青春はこれで終わりなんだと悟った。
人生で初めて全力で恋をした推しとの甘い?生活は、たった3年で終わってしまった。
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