第13話 羽音の舞う町(後編)

 青白い炎が煙を振り払う。

 飛行ではなく跳躍。それでも大きく煙幕を突き破り、勢いそのまま、フラフラと飛行していたキラービーに肉薄した。


 ――まずは1つ。


 マルチコプターの中心に、翡翠の貫手が突き刺さる。格闘戦を想定して設計されたマニピュレータからすれば、強化樹脂主体のドローンなど、紙切れのようなものだ。

 当然、味方機が撃破されれば、周囲を舞う蚊柱共が放っておくはずもない。たちまち、装甲を舐めるように火花が走っていく。

 だが悲しいかな。拳銃弾を利用する対人用機銃程度では、第三世代マキナの自動修復装甲にはかすり傷ともなりはしない。

 それでもなお、2機が後方から健気に接近してくる。ターゲットが小さすぎてレーダーの映りは悪いが、どうやらすぐ傍に居たらしい。

 重力に逆らわず落下しながら、ジャンプブースターを軽く吹かして機を翻す。その遠心力を借りて、抜き手に刺さったままのドローンを、近づく2機へ投げつけた。

 1機は咄嗟に上空へ退避することで衝突を躱したものの、もう1機は味方機との接触を警戒してか動けなかったのだろう。破壊された同型機をローターで巻き込むようにして、そのまま地上へ落ちていく。それを尻目に、僕はようやく突撃銃を抜いた。


『これで3つ!』


 レティクルの中心に捉えられたドローンは、なお回避機動をとったものの、マキナの自動照準から逃れられるほど賢くはない。

 掠めて通った高速徹甲弾によりローターが弾け飛び、次の1発が直撃してまさしく木っ端微塵となった。

 それでもなお、働きバチ共は次々とこちらへ飛来してくる。わかっていたことだが、いつまでも末端と遊んでいては埒が明かない。


『ダマル、退避中のドローンの軌道データを送ってくれ。敵の頭を叩く』


『了解了解、こっちはどうする?』


『キラービーを吊り出せそうなら、町から距離を取りつつ攻撃を。着いて来ないようなら、このまま引き付けておいてくれ。翡翠に取り付いた連中は、気にしなくていい』


 限られた手札でハエ叩きをするとなると、これくらいしか方法はない。それを理解した上で、骸骨はげぇと嫌そうな声を出した。


『結局囮じゃねぇか。俺の大事な家が傷だらけになっちまう』


『襲われてる最中に言う事じゃないと思うッス』


『傷は仕方ない。とりあえず、南西に向かって走ってみる』


『任せるよ』


 玉匣から見えていたかはともかく、小さな頷きを残して、僕は再び地面を蹴って跳んだ。

 機材に愛着を持っているダマルには申し訳ないが、後で何かお詫びの品でも買っておくことにしよう。



 ■



 屋敷の中を駆けまわる人々。

 使用人、私兵、民衆。雑多な人々が身を寄せ合う廊下を、私は指示を飛ばしながら歩く。


「怪我人は地下に! 手の空いた兵は、攻撃よりも民の避難を優先なさい! そこ、窓を塞げ! 光を漏らすな!」


「は、ハッ!」


 外を覗き込んでいた兵士は、慌てた様子でガラス窓に暗幕を垂らす。

 どれほど意味があるのかはわからない。ただ、さっきのアレが窓から覗き込むように攻撃してきたことを思えば、私達にできる対策などこれくらいしかなかった。

 それでも、お父様の代わりとなり、キョウイチ達に背中を預けた以上、私が弱気を見せる訳にはいかないのだ。


「伝令! 南尖塔の物見より、青い鎧が、防壁を飛び越えて市中に入ったとのこと!」


「ッ! 外へ行くわ! ボールトン、ここをお願い」


「はい、お嬢様」


 見えないかもしれない、聞こえないかもしれない。そう思ってはいながらも、私は恭しく頭を下げる執事バトラーに場を投げて階段を駆け上がる。

 身を寄せ合う人々の合間を縫い、厚手の暗幕が下ろされた掃き出し窓を静かに潜った先。暗がりとなっている露台へ、身を屈めながら出た私は、手摺に身を隠して外の様子を伺う兵士へ、囁く様に声をかけた。


「青い鎧は、ここからも見えた?」


「いえ、こちらからは何も――」


 彼がそう言いかけた時、ちょうど目の前の通りで光が爆ぜた。


「お嬢様! あちらを! 敵が群がって行きます!」


 赤く細長い光が点々と瞬き、いつしか聞きなれたジュウの音がパラパラと遠く聞こえたかと思えば、間もなく空に火花が散って消える。

 それが数回続いた後、建物と建物の隙間に、私は橙色の帯が跳ぶように駆けるのを見た。

 否、私だけではなかったのだろう。夜目の効くらしい兵士は、ギョッとした表情を浮かべ、こちらを振り返った。


「い、今の影はもしや、英雄様、ですか?」


「ええ、間違いないわ」


「おお……かのお方が守ってくださるとは心強い。これなら、アチカも安泰でしょう」


「そう、ね」


 味方だとわかるや、兵士は興奮気味に拳を握りこむ。監視の任務がなければ、今すぐにでも屋敷中へ喧伝して回ったかもしれない。

 その気持ちは理解できる。だが、また暗闇に溶けて消えたまきなの姿に、私はどうしてだろう。寒い訳でもないのに、腕を組むふりをして自分を抱きしめていた。


 ――無理しちゃダメだからね、キョウイチ。



 ■



「窓を塞いで、家から出ないで! できるだけ窓から離れるんだ!」


 通りを走りながらそう叫ぶのは、職人街をよく見回ってくれている兵士達だった。

 夜中まで窯の番をしていた私は、すぐさま妻を揺すり起こし、赤ん坊を抱きあげて、後は彼らに言われるがまま。工房の裏手に備えられた、食料を蓄えている地下室への跳ね上げ扉を開けた。


「コレット、早く中へ!」


「ええ、ええ!」


 先に妻が細く狭い階段を下り、振り返って広げられたその両手に、ぐずる赤ん坊を差し出して抱き上げさせる。

 少なくとも家の中に居るよりは安全であるはず。しかし、少し気持ちが落ち着けば、今度は疑問が湧いてきて、私は自分を誘導してくれた馴染みの兵士に声をかけた。


「なぁマーク、一体何が起こってるんだ」


「俺にもわからん。賊が攻めてきたとかじゃあなさそうだが、正直何が何やらでな」


「アチカは、大丈夫だよな?」


「相変わらず、強面の癖に小心な野郎だな。そう簡単に俺たちがやられるか。ともかく、お前も早くそこに潜ってろ。いいって言うまで、絶対に出てくるなよ」


 私が不安そうにしていたのがわかったのだろう。マークは笑いながら、追い払うように手首を振って離れていく

 きっと大丈夫。夜が明ければ全て終わって元通りのはずだから。そう飲み込んで、私も歯を見せた。


「あぁ、お前も気を付けて――」


 そう言い切る直前だった。彼の背後に何か、耳慣れない羽音のようなものを聞いたのは。


「来た、来たぞぉーッ!」


 通りの方で、マークと一緒に動いていた兵士が叫ぶ。

 何が来たのかなど、私には分かるはずもない。暗がりに浮かんだ影から、何かバラバラという激しい音に、砂塵と砂利が飛び散り。


「ぐあっ!?」


 時が遅くなったかのように見えた。

 目の前で、さっきまで話していた男が、尻もちをつくように倒れ込んでいく。


「ま、マーク!」


 潜りかけていた地下室の扉から飛び出し、咄嗟に彼の体を抱え上げる。即死は免れたようだが、肩から流れ出した血がギャンベゾンに滲み出していた。


「バースレイ! 早く、早く戻って!」


「だ、ダメだッ! 放ってなんておけない!」


 妻と子が大切なのは当然。だが、彼だって友達だ。

 もしかしたら、自分もやられてしまうかもしれないとは思った。そうなったら、妻子がどんなに大変な思いをするかも想像できる。

 それでも、そうだとしても、友達を見捨てて逃げるなんて、私にはできなかった。

 彼を肩に担ぎ上げる。しかし鎧をつけたマークは重く、男2人が潜るには、跳ね上げ扉は狭い。


「後ろ、だ……!」


 呻くような警告に、身体が硬直した。ゆっくりでも振り返ることができたのは、半ば怖いもの見たさだったのかもしれない。

 道の向こうから、赤い光がこちらを見ていた。見ていた、という表現が正しいかはわからないが。

 月明りに照らされたそいつは、まるで大きな羽虫のようにふわふわと浮かんでいて、何かひゅん、ひゅん、と不思議な音を立てていたように思う。

 さっきの飛び道具が来る。それなら一層、怪我をするかもしれないが、2人そろってこのまま階段を転げ落ちても。

 そんな風に考え、いざ体ごと倒れこもうとした時、赤い光が急に消えた。

 正しくは、違う方向を向いたと言うべきか。こちらに興味を失ったのか、思っていたものと違ったのか、あるいは。

 バキリ、と何かが砕けるような音が聞こえた気がした。


 ――青い、鎧?


 地響きと共に砂塵を舞い上げて通り過ぎた何か。その後に残ったのは、潰れて地面に落ちたさっきの大きな羽虫だけ。

 暗がりの中で、私には何が起きたのかはさっぱりわからない。もしかしたら、鎧さえも見間違いかもしれないが。


「今のは、一体……」


「バースレイ? 何があったの?」


 怪訝そうにこちらを見上げてくるコレットに、私はなんと答えればいいのかと考える。

 しかし、そんな自分を尻目に、肩の上でマークは小さな笑いを零した。


「あれが、英雄……まるで、嵐、だな」



 ■



 5つ。

 市街地を徘徊していたキラービーを叩き落とし、東を目指して町の中を走る。

 一方的に潰し回ったおかげで、自分の優先度は大きく高まっているらしい。今までは何かを探すようにふらついていたドローンの群れが、まとめてこちらを狙ってきていた。

 そんなウンカの群れを引き連れて、僕はまた防壁を飛び越える。狙いは最初から、末端の偵察機ではない。


 ――さぁ、どこへ道案内してくれるのか。


 増水しているというリリウム川を遡上するような形で、補給の為に後退する爆装ドローンの痕跡は続いている。

 肉薄してきたキラービーに裏拳を叩き込み、遠く追撃してくる連中も突撃銃で撃墜しつつ、データが示す道を辿っていけば、やがて草原と森の境界線のような場所に辿り着いた。

 レーダー情報が正しければ、木々の上空を通過したドローンは、森の浅い場所に消えている。

 居るとすればこの先と、僕は太い木を背に奥を覗き込み。


『ッ! 当たりか!』


 ヘッドユニット内に鳴り響く甲高い警報音。咄嗟に機体を滑らせれば、1秒と経たない内に大木が爆風にえぐり取られた。

 最後のキラービーを落としたポイントから、こちらの出現位置を絞り込んでいるだろうとは思っていたが、顔を出すなり撃って来るとは、中々思い切りのいい奴が居るらしい。

 爆発の規模から、相手の武装は小型の誘導弾か、汎用マキナに装備可能な軽榴弾砲。どちらもドローン部隊と連携するには、火力が物足りない気もするが。


 ――その顔、拝ませてもらおう。


 柔らかい地面を抉りながら減速し、ジャンプブースターを点火。攻撃予想地点を絞り込み、爆発で立ち上がった煙を突き抜けて跳び上がる。

 空戦ユニット程の自由度はないにせよ、翡翠のブースター推力ならば木々の頭上を越えることなど造作もない。森を見下ろす高度まで舞い上がれば、間もなく木々の合間に見知った輝きが映った。


敵機視認コンタクト!』


 叫ぶが早いか、闇を照らす弾幕がバラバラと撃ちあがってくる。同時に機体を不規則に振った。

 どうやら小さな泉があるらしい。僅かながら森の開けている空間は、身を隠しながらドローンを運用するのに向いている。

 尤も、キラービーの自動操縦に頼り切りでは、親だけを隠蔽したところで意味もないが。

 全方位にスキャンを走らせれば、木陰にハイライトされた数体の人型が映りこむ。それらはどれも、エーテル機関反応を発していた。


『翡翠より玉匣。敵勢力の情報を送る。マキナ3、内ドローンビーハンターポッド装備パッケージが2。機甲歩兵による威力偵察分隊と推測される。IFF要求、応答なし。所属不明機アンノウン脅威存在エネミーと判定』


『データリンク確認。さぁて、喧嘩吹っ掛けてきたのはどこのバカタレだ?』


 対空攻撃を躱しながら、脚部に装備された小型擲弾ポッドを解放。パパパ、と音を立ててケースレスグレネード弾が撒き散らされる。

 小型の破片榴弾であるため、装甲目標への効果はほとんど見込めないが、牽制としては必要十分。偶然の直撃と爆風を嫌って、敵機が身を隠したタイミングで、僕は勢いよく地面を抉りながら着地した。

 するとたちまち、木々の向こうから銃火の歓迎が飛んでくる。


『無人機にしては反応がいい。やっぱり誰か乗ってるのか?』


 突撃銃を応射しつつ、機体を屈めて木々の影へ滑りこむ。

 そこでレシーバーがガリと音を立てた。


『データ照合完了! 敵機形式番号確認、GH-M91P!』


 響く骸骨の声に、古い記憶が歯車を合わせる。

 GH-M91までの番号は、企業連合軍が採用していた黒鋼くろがねシリーズを指すものだが、問題はその末尾の記号。

 ほとんど耳にしたことのない識別コードに、よく咄嗟に名前が浮かんだものだと思う。


『P型……青金あおがねか?』

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