第44話 ホーンテッドハンガー

「いい加減機嫌直してくれよ、寝起きのレディ……っと」


 化粧板以外を組み直し、補器類の電源をシーケンス通りに1つ1つ投入していく。

 コンプレッサの動作音に合わせ、圧力計の針が上昇し、冷却系の電磁弁が開き、濁りの取れた水が回り始め。

 傍目にはコンテナと大差ないパッケージに収められた巨大な装置は、遥か幾星霜の時を経て轟と息吹を吐いて見せた。


「っしゃ来たぞ来たぞキタキタぁ! やっぱり俺ぁレジェンド級だぜぇ!」


 煌々と輝く運転準備完了を示すランプに、俺は作業用手袋を打ち合わせる。

 完成図書と睨めっこしながら、有り合わせの資材でどうにかこうにかここまでこじつけたのだ。それも故障かなと思ったら、なんていう欄の言う通りなら、メーカー担当者に問い合わせねばならない状況からである。

 俺には産業機械の修理経験はない。それでもここまでやれたのだから、これは称賛されるべき仕事だろう。

 だというのに、見た目の派手さが足りないからか、荷運びを頼んでいた猫は、不思議そうに首を傾げるだけだった。


「れじぇんど、ってなんですか?」


「伝説的ってこった。どーだ、今更惚れんなよ?」


「ボク、骸骨さんはちょっと」


 全く、これだから原始人は偉業という奴が理解できなくて困る。俺の成したことは今日より暫しの間、翡翠の運用にかかる問題点を解決に導くことになるだろう。

 だがいいのだ。俺は今とても機嫌がいい。多少オツムが足りないくらい、軽く目を瞑ってやれるくらいの余裕がある。骸骨だから瞼など無いのだが。


「ツレねぇなァ。まっ、これでようやく翡翠の心臓移植に目処が立った訳だ。冷えたおビールで乾杯したって文句は言わせねぇ。お前もたまにゃ付き合え」


「お酒はそんなに好きじゃないんですけど」


「固ぇこと言うなって。昨日の夜だってアイツ抱えて寝てたじゃねぇか。ここは1つ、酒の魔力も借りてもう1歩、いやなんなら力づくで一気に踏み込んでみるってのも――」


 ボフン、と急に尻尾が大きく膨らむ。なんなら、いつも飄々たる顔もゆで上がった蛸のように真っ赤に染まり、1拍遅れてからわーわー、と俺の言葉を遮ってきた。


「ど、どどどどういう意味ですかそれ! というか、見てたんですか!? 見てたんですね!? 噛みますよ!!」


 襟首に掴みかかってくるファティマを、どうどうと押し留めつつ、俺は内心少しばかり意外に思っていた。

 ようやく誰かが何かを吹き込んだ。かつ、コイツ自身が興味を持ったということだろうか。まだまだ生娘であることに変わりはないが、成長と見ていいだろう。

 デリケートな問題ではあるが、ここは押し込むべきか。それとも見守るべきか。からかうに面白いのは前者だが、と余計な高速思考を回す。

 しかし、俺がその答えを出すより早く、工作室の扉が開け放たれた。


「ダマル!」


「よぉシューニャ。いいタイミングで来たな。見ろ! ついに自動工作機械が復旧したぞ!」


 ある意味でナイスタイミングである。予期せぬ乱入者により話題が逸れ、俺はファティマの手から解放された。

 しかし、自慢の仕事を称賛してもらえるかと思えば、何故か彼女は普段見ない程の大股でズカズカと歩み寄って来て、鬼気迫る様子で俺を見上げてきた。


「急ぎの相談がある。聞いて」


 今日はなんだ。俺の声は無視される日なのか。流石に2回やられるとちょっと凹むぞ。


「なぁ、そりゃどーしても今じゃなきゃダメな奴か? 俺、ようやくひと仕事終えたから、キンキンのビールとトゥドのフライで優勝したいんですけども――」


 少し拗ねた調子でごねてみようと試みた。それくらいは許されると思って。

 しかし、俺の声はシューニャの後ろから近付くもう1つの足音によって、存在しない喉の奥で音とならず、パクパクと顎が動くだけに変わってしまった。あるいは、俺の中にあった仕事を終えた感覚もだ。


「や。何日かぶりだね」


 頭部から毛先にかけて徐々に透き通るグラデーションがかった髪。どことなく眠そうな目に口調。背格好から声質に至るまで、俺はそいつを知っている。

 知っているが、二度とその全てを拝むことはないと思っていた。否、自然の理において絶対だったはずなのだ。

 つまり、この場合疑うべきは。


「……あ、もしかして夢かコレ。ははぁん成程な、つまりアレだ。俺はまだこの後起きて、ポンコツマシンと格闘せにゃならんと。カッカッカッ! あーやってらんねぇー」


 全く、なんと気の利かない無意識だろう。夢の中で仕事をしたいと思う程、俺はワーカホリックになった覚えはなく、せっかく空想なのだからもっとエロいものでも見せてくれればいいのにとため息を吐く。

 が、文句からの目覚めを期待しても、眼前に立つ女は歪むことも消えることもなく、どこか馬鹿にした様子で腕を組んだ。


「夢じゃないって。ほら、しっかり見えてるっしょ?」


「見えてるな。見えてるし、こんだけビックリしても、景色がベッドにならねぇってこたぁ――」


 夢じゃない。夢じゃないなら、このルウルアは。


「キャー!! オバケーっ!!」


「誰がオバケだぁ! いやまぁ、ユチの身体とスゥの意識を殺しちゃったのは、事実なんだけど……」


「というか、ダマルさんがそれ言うんですね」


「同感」


 外野の言う通りだとは思う。が、俺は少なくとも人間の意識を持ち、かつ800年前の文献通りならば、アストラル体も保持されている存在なのだ。

 しかし、ルウルアは違う。あり得ないと俺の頭は理解を拒絶する。


「訳わかんねぇよ! なんで生きてんのお前!? おかしい、絶対おかしいって! 頭ぶち抜かれてんだぞ!? プラナリアか!? 俺、働きすぎでついにおかしくなったってこれ!」


「あーもーうっさい! アンタは正常だわ!」


「ヘヴしっ!」


 ぶうんと振られた髪の毛兼触腕が、兜にガゴンと鈍い音を立てる。同時に視界が綺麗に360度回転した。

 成程、確実に夢ではない。ついでに、物理的な接触が可能ということは、テンプレートなオバケという訳でもないらしい。


「これで、分かってくれた?」


 がしりと両手で兜を掴まれる。おかげでぐらぐら揺れていた視界が固定され、ついでに首元でカコンと何かが嵌った音がした。


「……おう。その髪の毛ってか触腕ってか、結構パワフルなのな。首が取れた――かと思ったぞ」


 ギリギリのところで無理矢理に誤魔化す。

 ここで事実を伝えれば、間違いなく俺の方が化物なのだから。いや、あらゆる人種から見ても、動き喋る骸骨は化物以外の何物でもないとは思うが。


「ルウルア、ホントに無事だったんですね。おにーさんから話は聞いてましたけど、びっくりしました」


 手を取ってブンブンするファティマに対し、ルウルアは少し照れたように、しかしどことなく自嘲的に笑う。


「ま、まぁ色々あってさ。それより、今はシューニャだよ」


「いやいや、そんなアッサリ流していいことじゃねぇだろコレ。死んだ奴が生きてんだぞ」


「ゴタゴタうっさい! ウチのことはいーから、真面目に聞く」


「わーった、わーったから! その、触腕ブンブンして脅すのやめろって、こえーよ!」


 お前のサイドヘアは極太の鞭か何かなのか。クヴァレの身体能力は人間と大差がないとか聞いていたが、注釈に触腕を除くときっちり記しておいてもらいたい。

 もう1発薙ぎ払いを食らったら、今度こそ兜ごと頭蓋骨がもげ落ちる未来しか想像できず、俺はこっそり後ずさりながらシューニャへと向き直った。


「で、なんだ。急ぎの話ってのは」


「敵拠点を攻撃する手段について意見を聞きたい。着いてきて」


 彼女はそう言い放つと、こちらの返事も聞かずに踵を返す。

 自らが抱える質問の答えにどんな希望、あるいは期待を抱いているのか知らないが、大層な気合の入りようであろう。

 仕方なく工具を置いて後に続けば、シューニャが向かった先はテクニカの格納庫だった。

 既にここの調査は終えている。置かれている武器、弾薬、装備類の状態までのデータ化を俺がこの手でやった以上、新しい発見があるとも思えない。

 しかし、シューニャは迷うことなくマキナのハンガー区画を進むと、その一角で靴を鳴らして立ち止まった。


「これ」


 細い指が向けられた先は、E12と刻まれたメンテナンスステーションである。

 なんだよと、大きくため息を零す。分かってはいたことだが、目新しい発見などあるはずもない。このエリアに何が置かれているかなど、俺は隅から隅まで把握しているのだから。


「回収してきた青金だろ。これがどうした?」


「使える?」


「はぁ? このスクラップをか?」


 テクニカに収容された青金はどれも、先の戦闘で行動不能となったものばかり。もっとはっきり言えば、撃破された機体なのだ。

 この青金とて、正面の見てくれこそ綺麗だが、背中は突撃銃の弾痕だらけ。最終的には頸部に飛び込んだ高速徹甲弾により、中身のバイオドール諸共制御系回路を破壊され停止している。

 そんなジャンク品を前にして、一体何の冗談だと肩を竦めれば、ファティマの丸い目にジッと睨まれてしまった。


「ダマルさん」


「……そりゃまぁ、黒鋼とも部品は共通だし、この間攻め込んできた奴らから使える部材を合わせていきゃ、何機かは健全な状態に戻せるだろ。それが?」


 嘘ではない。が、出来ることならやりたくない。

 そう暗に伝えたつもりが、シューニャには通じなかったようだ。彼女はきらりと瞳を輝かせ、1歩俺に詰め寄った。


「敵の目を欺きたい。味方だと思わせれば、戦闘を避けて中に入り込めるかも」


「い、いやいやいや、流石に厳しくねぇか。見た目だけならともかく、敵味方の識別は信号式で――」


 そこまで言っておいて、はた、と思考が固まった。

 敵兵に扮して行動することは、国際法においてもマキナ陸戦条約においても明確に禁止されている行為である。

 だから俺や恭一は、最初から戦術として数えていない。何なら今の今まで、考えすらしなかった。

 しかし、それは800年前に滅び去った国の約束だ。俺たちは企業連合の旗を持たず、さりとて夜光協会が条約に批准している訳でもない。


「ルウルア、あのポンコツに繋げ」


「はいよ」


 壁面の古めかしい有線電話機に取り付いたルウルアは、内線番号を軽く叩くと、すぐに受話器をこちらへ差し出してくる。

 俺はそれをひったくり、壁に体を持たれかけた。


「管理権原者代理、聞こえてるな」


『ダマル中尉か。要件は?』


「バイオドールの敵味方識別方式を教えろ。お前らは何を基準にしてる?」


『戦闘用バイオドールの軍事的運用は、無人兵器に関する国際法及びマキナ陸戦条約に基づいている。Cタイプ、ないしDタイプの戦闘用バイオドールであれば、敵味方識別装置の信号を基本とし、補助的には登録された友軍機の外見や軍旗、部隊章などを光学的にスキャンする方式だ』


「どんな兵器でもか?」


『その通りだ。兵士の識別コードを含め、種類は問わない。ただ、敵対勢力下における自己防衛行動として、自機及び友軍に危害が確認された場合は、識別不能な存在に対する攻撃を条件付きで可能としている』


 成程、独立国家共同体は至って真面目に、バイオドールを兵器として輸出するつもりだったらしい。企業連合側が腰の引けた利権保護に逃げなければ、軍の人員不足を補う切り札とも成り得ただろう。

 馬鹿げた話だが、と歯の隙間から息が漏れた。


「……稼働可能なオートメックを全部俺の所に回せ。今すぐだ」


『承知した。CC5G32-0004アルファに管理コードを付与する』


「ルウルア、聞いたな?」


「はいはい、アイロン達を連れてくりゃいいのね。任せといて」


 受話器を叩きつけるように壁へ戻しながら、俺はコキリと首を鳴らす。

 結局の所、仕事の方が俺を愛してやまないらしい。おかげで億劫極まると思いもするが。


「シューニャ」


「ん」


 ふんす、と鼻息を立てるこの娘の努力を、誰が無下にできようものか。

 何がそこまでと問う必要もない。全てはただ、ズタボロでも戦おうとしている愛すべきクソボケの為に。


「今すぐあの引き籠りスケコマシを呼んでこい。忙しくなるぞ」


「わかった」


「あの、きっと二日酔いでぐにゃぐにゃだと思いますけど」


「意地でも叩き起こせ。どうしてもダメなら、お姫様の熱い接吻をかましたって構わねぇ。サプライズなら効果テキメンだろうよ」


 人が働いている時に、呑んだくれて寝こけている奴の心配など、誰がしてやるものか。

 手段を選ぶなと作業用手袋の人差し指を突き出せば、意気軒高と踵を返したシューニャが、勢いそのままもう一度こちらへ向き直り、ついでに激しくむせ返った。


「わか――んんぐッ!? けほっけほっ、わ、私が!?」


 色白な顔を真っ赤に染め、両手をバタつかせて慌てるシューニャ。それでもほとんど表情に変化が見えないのは、最早職人技的な何かではなかろうか。

 とはいえ、いつまでむっつりムーブを決め込むつもりだと内心呆れもする。


「なんだよ、今更ビビる様な話じゃねぇだろ。嫌なのか?」


「ボクが代わりにしてもいいですよ」


「い、いい! 私がする! 待ってて!」


 俺がわざとらしくガシャンと鎧を揺らし、重ねるように猫がピンと尻尾を立てれば、流石に別方向の焦りを覚えたらしい。

 どんな想像をしたのか知らないが、深呼吸を1回挟んでからムッと拳を握り込み、あまりにもぎくしゃくした動きで格納庫を出て行った。

 自動ドアが閉まる音が、天井の高いハンガーに木霊する。それが消えるのを待って、俺はフゥと息を吐いた。


「よかったのか、焚き付けちまって。あんなでも一応はライバルだろうに」


「んー……多分ですけど、今はシューニャの方が大事な時、ですから」


 長い尻尾の先が、ゆらゆらと虚空に揺れる。

 毒を吐くにもデレるにも自然体なファティマの事だ。思いついたままの行動かと思いきや、意外にもその横顔は穏やかな微笑みを湛えていた。

 ふぅん、と微妙な声が自然に漏れる。


「なんだかんだ、シューニャのこたぁ特別扱いだよなお前。そんなに好きなのか?」


「好きですよ。おにーさんのとはちょっと違うかもですけど、大好きです」


 これ以上ない剛速球のストレートに、俺ともあろう骨が一瞬気圧される。

 現代人がどう考えているかは知らないが、800年前的な目線なら、少なくともファティマは美形。傍目にはボーっとして見える不思議可愛い系の部類だろう。

 その口から淀むことなく、大好きです、なんて言われれば、大概の男は落とせそうな気もする。耳と尻尾というオマケ性癖を除いてもだ。

 しかし、ここまでハッキリ言われると、からかってみたくなるのも人、ないし骨の性でもあろう。


「ほぉ? なら、躊躇いなくキッスできちまったり?」


「あれって女の人同士でもしていいんですか?」


 金色の瞳がぐるりとこちらへ向き直る。

 どうやら興味をそそられる話題だったらしい。爛々と輝く肉食獣が如き目をノーモーションで向けてくるのだから、危うく後ずさるところだった。


「い、いや俺に聞くなよ。個人の考えと、現代の社会通念的にどうかって話だろ」


 現代文明において、性別を理由とする格差や偏見は、あまり目にする機会がなかった。否、人間とキメラリアという、あまりにも大きな差別が社会に横たわっているから、目に入らないと言った方が正しいかもしれない。

 ただ、こういうことこそシューニャに聞くべきだった気がする。猫は腕を組むと、うーんと言って首を捻った。


「わからないので今度してみましょーか」


「おぉう……そんな新しい料理のレシピ試すような感覚でいいのかよ」


「いいんじゃないですか? おにーさんと2人っきりの時も大事ですけど、シューニャと3人ならまた違った素敵な感じになれそうですし。んふふ、楽しみです」


「そ、そっかぁ……」


 男だとか女だとか、人間だとかキメラリアだとか、何処の国出身だとか何歳だとか、そんなものファティマには関係がないのかもしれない。

 ただ、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。子どものように単純明快で、その表現を躊躇うつもりもないときた。

 想像してみる。仲睦まじいシューニャとファティマ、そこに入り込むことを許された男のことを。


「あ゛ーっ! あ゛ーっ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ! クッソ、あの面長野郎爆発しねぇかなぁ!! あ゛ーっ!!」


 野郎ばっかりいい思いしやがって。俺も帰ったら自分の女神に熱い抱擁と口づけをねだるんだ。

 そんな言葉にし難い心中は雄叫びに乗って、格納庫中へと轟いたのだった。

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