第76話 無人島防衛戦
頭上をフライパスしようとした奴の腹に高速徹甲弾を叩き込む。
『目標02、ダウン』
こちらの背後を取りたかったのかもしれないが、見えてさえいればそんな悠長な動きを見逃すはずもない。
その上、飛行を前提とした設計はロシェンナと同様装甲が薄いようで、翼替わりにもなっているらしい腕パーツがへし折れ、ブースターから黒煙を上げながら地面へと突っ込んでいった。
『目標05、離脱する模様。01急速に近づく。近接戦闘装備を展開している模様』
『ふぅ――了解、対応する。03を牽制してくれ』
『了解』
小さく呼吸を整える。
柔軟性など皆無に思えた土偶だが、どうにも格闘戦を想定したパッケージもいるらしい。
可動域の狭い腕から更に細いアームを展開したそいつは、緩降下しながら加速し、通り過ぎ際に青白い閃光を迸らせる。
空戦型特有の機動性を利用した一撃離脱。超高温の刃を成型するプラズマトーチが装甲を掠めて通り過ぎる。
大きく躱し過ぎたか、敵の離脱が早い。システムに回避の補正データを叩き込んでいれば、ガリと無線が鳴った。
『キョウイチ、聞こえる? クリンとサフェージュが見つかった。アラン達が救助中』
『救助? 負傷しているのか?』
敵機をロックオンしたまま聞き返す。
『詳しいことは分からない。ただ、見つかったのが岩の隙間みたいな洞窟で、中が急傾斜になっていたらしい。多分、滑り落ちて登れなくなっているのだと思う』
『了解した。こちらが片付いたら応援に向かう。可能なら2人に、よく咄嗟に隠れてくれたと伝えてくれ』
『ん』
シューニャの言い回しに背中を冷たい雫が伝ったが、あの土偶に襲われた訳ではなさそうでホッとした。
透過迷彩の恐ろしい部分はこれだ。懐まで潜り込まれていても、最初の一撃が放たれるまでは中々気が付けない。
だが、化けの皮さえ剥がしてしまえば所詮は無人機。再度突っ込んでくる土偶を躱せば、同じ動きでフレアを焚きながら逃げていく。
2度同じ手は食わない。ブースターを利用して素早く回れ右を行い、上昇する先に狙いをつけてトリガを引けば、無防備な背面に数発命中を得たらしい。バランスを崩して落ちていく。
『そそっかしいわね。狐の彼』
『
『中隊長?』
こめかみと胸の辺りに走る痛みに、小さく舌を唇に這わせる。
万全の機体だからこの程度なのか。あるいは。
『なんでもない。残りをさっさと片付け――何ッ!?』
レーダーに突如現れた反応に振り返る。
それはほんの目鼻先。つい先程墜落し、エーテル反応の停止を確認した敵機と全く同じ場所。
そいつはまるでこちらを嘲笑うかのように、ブースターから赤い尾を引いて林の奥へ飛んでいく。
『まさか、再起動したというの?』
『違う、
自分の位置からでは突撃銃は届かない。しかし、跳躍機動の途中であった瑪瑙なら、まだ有効射程に捉えられているはず。
言うが早いか、ダダダと地面に弾丸が爆ぜる。
『ッ、外した! 手が足りないわ!』
『グランシャリオ01よりノルフェン、手負いが1機そちらへ抜けた! 直ちに対応を! くっ!』
視界の隅から突き出されたプラズマトーチを髪一重で躱す。
表示される敵機の識別は04。これまで牽制に始終していた機であり、それが突如後退を妨害するかのような動きを見せたことに、僕は苦々しく奥歯を噛んだ。
『この埴輪――邪魔をするなァッ!』
■
ギシリと鳴った綱に、少し太っただろうか、なんて少しだけ考える。
その程度でアラネア繊維のロープが、どうなるものでもないのは分かっているのだが。
「クリン! サフェージュ!」
湿った洞窟の底まで降りれば、暗がりの中でぴょんと見慣れた飾り羽根が跳ねた。
「ま、マオリィネ様!? キメラリアの身で御手を汚させてしまうなど、なんと申し開きをすればいいか……」
「気にしなくていいのよそんなこと。それより、怪我はしていない?」
「私は大丈夫です。サフ君が庇ってくれました。ただ――」
暗がりで見える限り、ミズギ姿の彼女に大きな怪我はなさそうだ。
一方、そんなクリンはどこか申し訳なさそうに後ろを振り返る。
そこには洞窟の壁を背に、膝を立てて座り込んだまま笑うサフェージュの姿があった。
「ぼくも平気ですよ。少し足を捻っただけですから」
これだから男の子は、と腰に手を当ててため息を吐く。
ほとんど体を守ってくれないような薄着で、しかも軽いとはいえクリンを庇いながら、この急傾斜を滑り落ちたのだ。格好をつけたいのは分からなくもないが、へたりこんだままでは強がりも響かない。
「平気な訳ないでしょう。すぐ引き上げるからジッとしていなさい」
ずいと顔を寄せて睨めば、サフェージュは見抜かれていると悟ったのか。バツも悪そうに視線をさ迷わせてから、耳と尻尾をペタリと垂れた。
「う……す、すみません。マオリィネ様の手を煩わせてしまって」
「貴方までそういうこと言わないの。ここは王宮の中ではないのだから。ファティマ、お願い」
まるで同性かのように思える彼の体に綱を括り、最後にポンと肩を叩いてから、私がれしぃばぁに向けて声をかける。
すると程なく、ざらつく音の中に緊張感のない返事が聞こえてきた。
『はーい。引っ張り上げますよー』
じわりじわりと吊り上げられていくサフェージュ。
どうにも、ファティマの耳にはさっきの会話が聞こえていたらしい。もし彼が怪我をしていると知らなければ、あんな慎重に引き上げはしないだろうから。
「本当に申し訳ありません。凄い音がして慌てて隠れた暗がりが、まさかこんな深い穴だったとは思いもよらず」
待つしかない時間がいたたまれなかったのか、クリンはまたしても私に対して深く深く頭を下げる。
こうなった原因が、自身にある訳でもないだろうに。あまりに生真面目な彼女の姿には、まるで誰かさんのような苦笑が自然と零れた。
「謝ることないのよ。キョウイチは貴女達の判断を褒めていたわ」
「えっ? アマミ様がですか?」
「相手が何者かはわからないけど、襲ってきたのはまきなだったからね。よく咄嗟に隠れてくれた、ですって」
きっと2人は、迷惑をかけたから叱られるとばかり思っていたのだろう。
おかげでクリンは暫くキョトンとしていたが、やがて何を思ってか口元に手を当てて小さく笑った。
「……サフ君の判断は正しかったのですね。ふふふっ」
人間の召使いをしているキメラリア。そう考えれば、ひたすら自らの粗相に頭を下げ許しを乞うていたクリンの姿勢は、極めて常識的な反応と言える。
けれど、この場所では滑稽なだけだ。きっと彼女はそれを思い出せたから笑えたのだろう。
『大丈夫ですかサフ?』
ムセン越しにファティマの声が聞こえてくる。どうやらサフェージュが地上に着いたらしい。
『すみません姐さん。迷惑をかけてしまって……』
『いえ別に。生きてたからよかったじゃないですか』
『それはそうなんですけど、うぅ、かっこ悪いなぁ』
『泣き虫さんなら後にしてください。おろしますよー』
飄々とした彼女の態度は、弟分であるサフェージュ相手でもさっぱり変わらない。ただ、ぶっきらぼうな言い回しなのに、棘や冷たさが感じられない辺りは凄くファティマらしい気もするが。
なんて考えていれば、程なくペタリと音を立てて上から綱が降ってきた。
自分の腰にそれを回し、途中で解けないよう固く結んでから、立ち尽くしてるままのクリンに声をかける。
「さ、来なさいクリン。一緒に引っ張り上げてもらうから、しっかり掴まっておくのよ」
「えっ、えええええ!? いけませんよそんな!? 私みたいなのが、マオリィネ様の重石になるなんて!」
まるで予期していなかったとばかりの反応だった。何の為に私が降りてきたと思っていたのか。
無論、サフェージュの怪我が全く動けない程酷ければ、抱えて引き上げてもらうつもりだったが、あれでも元々は一端のリベレイタ。あの程度の負傷なら、私が補助しても余計に時間がかかるだけ。
だが、クリンは違う。こんな状況に慣れているはずもなく、いくらクシュの体が軽いといっても細腕の非力さは否めない。
それをいちいち説明するのも面倒くさいので、私は引けている彼女の腰に手を回し、力を込めてグッと引き寄せた。
「気にしないでいいわ。この方が早いし確実なの、分かるでしょう」
「ひゃ、ひゃい……申し訳、ありませぇん……」
腕の中で縮こまるクリンにも同じようにロープを回し、結び目を確認してから抱き上げる。
「ファティマ、お願い」
『はーい』
マキナを着ているファティマからすれば、女2人分の体重なんて全く問題にならないらしい。待っていましたと言わんばかりの反応で、すぐさま足が宙に浮いた。
岩に体が擦れないようを、引き上げられると同時に傾斜を軽く蹴りながら登る。この速度なら地上までもあっという間だろう。
「あの、やっぱり重くありませんか……?」
「騎兵槍よりずっと軽いわ。もっと食べなさい」
腕の中から向けられる困り眉に、私はフッと笑みを返す。
「……クリンは幸せ者です。こんなお優しい方々に囲まれて」
少しだけ強くなった腕を掴む感触。
私は今まで、これほど直接的に誰かの、キメラリアの力になれたことがあっただろうか、なんて考えた。
しかし、妄想に浸らせてくれるほど状況は良くないらしい。れしぃばぁがガリと耳障りな音を立てた。
『グランシャリオ01よりノルフェン、手負いが1機そちらへ抜けた! 直ちに対応を!』
■
緊迫したおにーさんの声に、どこかホッとした雰囲気だった空気が一気に張り詰める。
真っ先に反応したのは、ボクたちの中で唯一武装しているアランだ。
『ノルフェン了解。ファティマ、引き上げを急げ。敵が来るぞ』
『分かりました。マオリィネ、しっかり掴まってください』
『ちょっと、上の状況は――ってイタタタタ!? 岩、岩に擦れてるから! もう少し優しくなさいな!?』
これまで慎重に引き上げていたロープを、これでもかと力任せに引っ張れば、すぐさま苦情が飛んでくる。
ぱいろっとすぅつを着ているのだから、ちょっとは我慢すればいいのに。御貴族様は繊細で困る。
『のんびりしてられなくなりました。敵が来るみたいで――あ、もう来ますね』
顔を上げた先のちょうど真正面。頭に見える部分をぐるりと光らせたそいつと目が合った。
おにーさん達が言うには、人は乗っていないらしいが、どうしてだろう。自分たちを狙っているという意思が伝わってくるのは。
『無人機風情が、舐めるな!』
鉄を叩くような音をトツゲキジュウから響かせながら、のるふぇんが突撃する。
その間に少しでも引き上げようと、ロープに力を込めた矢先。
『いたぁっ!?』
肩の辺りにガァンと走った痺れるような衝撃。
もにたぁに浮かんでいる人の形をした模様の肩部分が赤く染まっている辺り、センショウは衝撃の理由を伝えてくれているらしい。
となれば多分、敵の攻撃が当たったのだ。それでも平然と動けているのだから、まきなを着ていてよかったと心底思う。
『も、もー! こっちを狙わせないでくださいよ!』
『そう簡単に行くか! こいつ、妙にすばしっこい!』
あんな啖呵を切った割に、アランは早速翻弄されているらしい。
でも、おにーさんやタヱちゃんの評価が正しいなら、彼は弱いという程ではないはず。
『ファティマ、一旦下ろしなさい! アランを手伝うのよ!』
攻撃を受けて動きを止めたのを、マオリィネはボクが何かを躊躇っていると考えたらしい。
しかし、既に洞窟の半分くらいは過ぎている。このまま持ち上げた方が、と言いかけた所で、バシバシと地面が爆ぜて、岩陰に身を潜めていたサフェージュがキャンと悲鳴を上げた。
『早くなさい!』
『わ、分かりましたよ。上げたり下ろしたり忙しいですね!』
まきなを着ていない2人をこのまま地面に上げたら、余計に危ない気がする。
そう思ってロープを下ろそうとした所で、さっきと同じ明かりが視界の片隅を過った。
――あ、これは不味い奴。
最初にも思ったこと。敵は無防備な奴を優先して狙っている。だからきっと、のるふぇんの隙をついてボクの方に来た。
ロープを離せば避けられるかもしれない。けど、ここで手を離したら2人はきつい斜面を転がり落ちることになって、大怪我をしてしまうかも。
動けなかった。黒いジュウの先が向けられているのが見えているのに、どうしたらいいか咄嗟に判断できなかったから。
ガチン、とまた痺れるような衝撃が体に走って。
『どぉぉぉりゃああああ!』
次の瞬間、突如現れた大きな塊が、敵と周りの木々を巻き込みながら飛んでいったのが見えた。
ゴロゴロと転がる鈍色の体。そいつは地面を抉りながら止まると、シュウと足から小さく煙を吐いてゆっくりと姿勢を起こす。
『アポロニア、ですか?』
『ひゅー……当たってよかったぁ。なんでもやってみるもんスねぇ』
盛大で単純な体当たりで敵をぶっ飛ばしたコウテツは、力の抜けた調子でそんなことを口走る。
と、狙ったかのように地面を転がっていた敵が、黒いジュウをガシャリと回してアポロニアの方へと向けた。
『ボーっとするな! まだ動くぞ!』
ダダダと響き渡った飛び道具の音に、コウテツはその図体に似合わずキャーンと鳴き、わたわたしながら岩の後ろへ飛び込んでくる。
『ちょっ、タンマタンマ! こっちぁ武器なんて何にも持ってないんスからねぇ!?』
『これ代わってください!』
偶然にもピッタリ隣へ来てくれた彼女へ、握っていたロープをぐいと押し付ける。
元は力の弱っちいアポロニアでも、今はまきなを着ているのだ。マオリィネとクリンを支えておくくらいできるだろう。
『りょ、了解! 任されたッス!』
コキリと肩を鳴らして立ち上がる。
動けない理由がせっかくなくなったのだ。武器がなくたって、2回分のお礼くらいはしておきたい。
アランにもボクの動きは見えたらしい。敵を岩陰から追い払うよう動いている彼からムセンが飛んできた。
『足止めする! 後ろから行け!』
『やってみまーす!』
のるふぇんから距離を取ろうとする敵。アランはその行き先を狙っているらしく、ジュウの音と共に木々が抉れていく。
ボクにとっては目印だ。アイツが攻撃を怖がっているのだとしたら、上かあるいは木の抉れていない方に逃げるはず。アランもそれを狙っている。
チロリと唇を舐めた。
『残念だったな、流石に何度も同じ手は食わん。ファティマ!』
『とあーッ!』
目の前に現れた敵に、木を蹴って跳んだ。普段の自分より遥かに早く、大きく、敵の上から覆いかぶさるような勢いで。
逃げられないよう掴まえてしまえば、もう武器なんていらない。ジュウだって当たらない。ただボコボコにぶん殴るだけ。
そう思っていたのだが。
――ヤな予感。
もし敵が、最初からボクを狙っていたとしたらどうだろう。
青白く煌めいた形のない武器。突き出されるソレは、全然似ていないのに剣のような気がして。
『――うぎっ!?』
突然視界が右へブレた。それも体と頭がぐらぐらするような衝撃と共に。
普段の癖で、咄嗟に姿勢を戻して手足から地面に落ちたものの勢いは殺せず、ゴロゴロと地面を転がっていき、最後は太い木に背中からぶつかって止まった。
『離れろ!』
『お、応ッ!』
少し遠く聞こえるムセンの声。
二重三重にぼやける視界の中で、敵のジュウが火を噴いたのが見えたが、次の瞬間にはその腕は斬り飛んでいた。
『ふー……はー……何とか、間に合ったか』
『トリッキーな動きをする相手に油断し過ぎよ』
ガシャンと重い足音を立てて降りてくる2つの青いまきな。
それは安心であった一方、気が緩んだおかげでお腹の奥から酸っぱい物が込み上げてきた。
『をををを……おにーさんの蹴りが1番痛かったん、です、けどぉ……おえぇ』
『悪かったとは、思ってるさ――だが、ああしなければ、今頃串刺し、だった』
ヒスイを着ているのに、おにーさんが肩で息をしているのが分かる。
よくない。自分の体が気持ち悪いのより、ずっとよくない。
『ご、ご主人こそ大丈夫ッスか? 凄い息切れッスけど』
『なぁに、少しばかり、疲れただけ、だ。すぐ、戻るよ』
マオリィネとクリンを従えて歩み寄ってきたコウテツに、おにーさんは平気平気と手を振っていた。
ボクにはとても平気には見えなかったが、それ以上誰かが心配を投げかけるより先に、タヱちゃんがいいかしら、と割って入った。
『敵性反応消滅。その他不明反応も確認できず』
『……小屋に戻ろう。少尉、警戒態勢は維持しておいて、くれ』
深呼吸を1つしたおにーさんは、少しだけ落ち着いたようで、小屋に向かって普通に歩き始める。
心配のし過ぎだろうか。
他の皆と顔を見合わせたボクには、どうしてもそうは思えなかったのだが。
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