第75話 透過迷彩

 装甲に走る火花と鳴り響く被弾警報。

 咄嗟にシューニャを庇う形で前に出たおかげで数発貰ってしまったが、どうやら翡翠の装甲を貫通するような火力ではなかったらしい。


「な、何が――!?」


『林の中へ! 身を隠すんだ!』


 生身の彼女らを急かしながら、サブアームに預けていた突撃銃を握りなおす。

 機銃弾が飛び出してくる寸前、一瞬空間が歪んで見えた。この現象には覚えがある。


透過アシンメトリック迷彩コーティングか。見るのはいつ以来か分からないが』


 端的に言えば、機体を透明にして見えなくする装備品である。昔読んだ技術資料には、特殊な屈折を引き起こすメタパーティクルを発生させることで、光を迂回させて透明に見せているのだとか。

 しかし、ステルス装備の中でも生産コストが非常に高い上、銃撃や回避機動などの動作を行った際に空間が歪むような輪郭を残してしまうなど完ぺきではなく、大々的な普及には全く目途が立っていなかったはず。


『エーテル反応1。機種識別不明、空戦型マキナと推測。メタパーティクルの再構築を確認』


『対空戦闘! 隠れさせるなよ!』


『無理を言うものです――ッ!』


 自分と同様に突撃銃を手にした瑪瑙が左へ小さくステップすれば、彼女の居た場所で砂が大きく弾けた。

 わざわざ透明化を試みながら、隠れようとせず攻撃を続けてくる。有人機であるなら非常に奇妙な行動だが。


 ――いや、そもそもこいつは。


 ぼんやりと浮かぶ不可解な輪郭に、自然と眉が寄った。


『本当に、マキナなのか?』


『空対地誘導弾、来ます!』


散開ブレイク! ランダム回避!』


 何を考えずとも、身体に染みついた回避機動が機体を走らせる。

 誘導弾が前から迫り、左右あるいは後方で起こる爆発を掻い潜りながらも、僕の目はひたすらにその発射点を睨んでいた。

 誘導弾の発射煙によって、さっきよりもずっとはっきり見える輪郭。同時にそいつはまた景色の中へ溶け込もうとして。


『少尉!』


『――掴まえたわ。隊長!』


 虚空へ飛んだ突撃銃の弾丸が、青空の下に火花を散らす。

 被弾衝撃に弱いというのも、透過アシンメトリック迷彩コーティングの大いなる弱点だ。隠れていた金属の塊がノイズのように姿を見せ、その直後に回転しながら跳んできた刃が装甲に突き立った。

 先に逝ったのは制御系か動力か。頭部に重大な損傷を負ったであろう敵機は隠れ蓑を喪失し、勢いよく砂浜へと墜落していった。


『呆れた。ハーモニックブレードを投げつける癖、まだ治ってなかったんですか』


『癖とは失礼だな。臨機応変だと前から言ってるだろう。それより――』


 少尉からの小言に反論しつつ、突撃銃を構えたまま動かなくなった敵機へにじり寄る。

 ようやく掴めた全体像。それは自分の思っていた通り、マキナらしい人型とは言い難かった。


『完全無人機、か? 見たことのないモデルだ』


 頭部はボディに固定され、センサーのみが稼働する簡易な構造。

 左右に張り出した腕と言えなくもない部分もあるが、肘関節らしき稼働部は存在せず、内臓式の誘導弾ポッドと旋回機銃を備えるなど武装用のプラットフォームと割り切られているようにも見える。脚部に至っては着陸用と言うべきか、それを動かして歩行するということは考えられていないような作りだった。

 マキナとしては異質。否、同じ枠の中に捉えていいのかさえ微妙なラインだろう。


『まるで土偶ね』


『君も知らないのか?』


『ええ。敵でも味方でも見たことないわ』


 改めてスキャンを走らせるも、翡翠のデータベースに類似した機体は見当たらない。その上、少尉にも覚えがないとなれば、最早自分にはお手上げだった。


『専門家の意見を聞くべきだな。試作機だか民生品だかが暴走しただけなら、それでいいんだが』


『そうね。メタパーティクル構成の解析完了。とりあえず、これで奇襲されることは――』


 瑪瑙からのデータリンクを受け取ったと同時に警報が鳴り響く。


『新たなエーテル反応! 4時及び8時方向より、計5つ。散開しつつ接近』


 透過迷彩が無効化された瞬間、マキナのセンサーが気付いた。

 先ほどのスキャン結果から、同形状の機体であることも示唆されている。これがリッゲンバッハ教授のプログラムによる暴走だとすれば、この土偶は元々複数機で連携行動する前提で作られているのだろう。

 とはいえ、見えてしまえば大した問題ではない。


『島の反対側からか。迎撃を――いや』


 何かを忘れている。そんな感覚が一瞬脳裏を過り、僕は咄嗟に無線を起動した。


『シューニャ! 応答してくれ!』


 遅れる事数秒、落ち着いた声が返って来る。


『ん、聞こえてる』


『クリンとサフ君は、小屋の中に退避しているか!?』


『居ない。けど、フーリーの耳なら戦闘の音は聞こえているだろうから、すぐ戻ってくると思うけど』


『そうも言っていられない。新たな敵が接近している』


 確かにサフェージュなら、既に危険を察知して動いている可能性は高い。

 だが、先ほどの敵は明らかに、脅威度の高い翡翠や瑪瑙ではなく非武装のシューニャ達を最初に狙った。ただの偶然かもしれないが、仮に敵がソフトターゲットを優先攻撃対象としている場合、いくら運動能力の高いキメラリアといえど、飛行型に捕捉されれば逃げ切れない。

 この危機感は無線越しに伝わったらしい。


『俺が探しに行こう。隊長は敵の迎撃を』


『私も手伝うわ。戦闘には足手まといでも、クリンたちを探すなら手分けした方が早いでしょう』


『サフなら匂いで分かりますし』


 アランをはじめとした新しい機甲歩兵たちの申し出に、僕はむぅと小さく唸る。

 一方で、勇む3人に対し冷静な声も聞かれた。


『うーん……じゃあ自分はここでシューニャ達と待ってるッス。一応、今はまきなだって使えるッスから』


『わたしはだいじょーぶだよ?』


『判断を、中隊長』


 悩んだところで自分の判断が最善かどうかは、結局後出しでしか決まらない。むしろ今は、時間の浪費こそ避けるべきだろう。


『分かった、2人のことは君らに任せる。少尉、全マキナへのデータリンクを。それから、敵と接触した場合は退避を最優先してくれ』


『『『了解』』』



 ■



 手のように見える大きな葉をかき分けて進む。

 狭いと思っていた無人島だが、こうして藪の中を分け入ってみると、鬱蒼とした木々の中ですぐ海が見えなくなった。


『クリーン? サフェージュ? 居たら返事なさーい!』


『ファティマ、どうだ?』


「んー……この辺りを通ってはいますけど、ちょっと前ですね。もっと奥に行ってるみたいです」


 スンと鼻を鳴らしてから、ファティマは脱ぎ捨てたセンショウの中へ体を潜らせる。

 たった数日訓練をしただけだが、既に彼女はまきなの着脱に慣れたようだ。尻尾をしまい込む動きにすら、ぎこちなさは感じられない。

 しかし、センショウの背中が閉じ切って間もなく、ヒィンという甲高い音が頭上から響き渡った。


『屈め!』


 ズンとお腹に響く音。赤く立ち上がった爆炎に、私の体は自然と震えた。


『せ、戦闘の音を聞くのは、いくらまきなを着ていてもいい気持しないわ』


『着弾が近い。やはり、島の上で戦うことになっているようだ』


 マキナ越しに何かが伝わったのだろうか。狙いは自分たちじゃない、とアランは励ますように言ってくれる。

 ぶっきらぼうな男だが、意外と優しいところもあるようだ。キコウホヘイとしては先達だとしても、気遣いなんて柄じゃないと思っていたけれど。


『そもそも、あいつらなんなんでしょう? 野良の巣を誰かが突いた、とかでしょうか?』


『どうかしら。またこの間みたいな、神代の組織の生き残りじゃないの?』


 鳴り響く大きな音が嫌なのか、ファティマはセンショウの頭から生える耳の部分をぺったりと後ろにつけながら、どこか恨めしそうに空を仰ぐ。


『任務に集中しろ。今の俺たちにとって、敵が何かは重要じゃない』


『――そうね。シューニャ、そっちはどう?』


 できるだけ静かに歩を進めながら、教えられたとおりにムセンを繋ぐ。


『戻ってくる気配はない。アポロニア、匂いは?』


『全然しないッス。近くにも居ない感じッスね』


 元々期待はしていない。2人がどこまで遊びに行ったのかは分からないが、すぐ小屋へと戻らなかった以上、それなりに島の奥地まで踏み込んだのだろう。

 休暇目的で訪れていたとはいえ、あまりに気が抜け過ぎていた自分に腹が立つ。


『やっぱり、どこかに隠れているのでしょう。こんなことなら、もっと島の中を調べておくのだったわ』


『まきなじゃ見つけられないんでしょうか? ほら、いつものセイタイハンノーとかいう奴』


『レーダーはさっきから反応が悪い。戦闘の影響なのか、あるいは場所が悪いのか』


『神代の技術って、便利なのだけれど万能ではないわよね。結局、貴女の鼻が頼りよファティマ』


 自分たちからすれば、言葉通り神のような御業を沢山持っていることは間違いない。

 けれど、どれだけ時代が変わっても結局人は人なのだろう。都市を消し去る程の恐るべき技術を手にしてもなお、完璧からは程遠い。

 でなければ、今には完璧となるに足りない何かがあるのだろう。


「うーん……? この辺りで臭いが途切れてますね。草をかき分けた後もないですし」


 少し進んでまたセンショウから降りたファティマは、はてなと首を傾げる。

 周りに臭いを消せるような水場はない。なら、途切れたと言うのは1つの証拠だ。


『近くを探してみよう。その為の人手だ』


『ええ』


 まきなを身に着けたまま、周囲の茂みや大きく伸びる木の上を覗き込む。しかし、2人の痕跡は見当たらない。

 そもそも、クリンは目のいいクシュであり、サフェージュは耳鼻に優れるフーリーなのだ。私達が近づけば向こうから出てきそうなものだが、全く反応がないとなると、本当に近くには居ないのではないだろうか。

 手を動かしながらそんなことを考えた矢先、ふと視界の中に浮かんでいる記号の変化に気が付いた。


『ねぇアラン。この、えーと、左上に出ている模様と矢印の意味って分かる?』


『表示がノルフェンと同じなら、表示されているのは風向きだろう』


 何故、重々しいまきなが風を気にする必要があるのか。と疑問が浮かびかけて思考を切り替える。

 今はそんなことどうだっていい。


『風……ね。アラン、少し背中をお願い。脱いでみるわ』


『了解した』


 クロガネの背中から外へ出る。

 しかし、降り立った場所は葉陰が揺れることもなく、肌に風が当たる感覚もない。

 ではさっきの反応は何だったのかと、クロガネの周りをぐるりと回ってみれば、その正面に立った時、ふと足元にひやりとした感覚を覚えた。


「成程、これに反応していたのね。ここから風が出てきているのよ」


 背丈ほどあろうかという岩の影に手をかざせば、ヒューヒューと微かな音まで聞こえてくる。

 地面に空いた隙間のような穴。中は真っ暗で全く見通せないが、風が吹き出している以上、見た目以上に深いのかもしれない。

 と、思った途端、白い明かりが奥を照らした。


風穴ふうけつか。だが、これは隠れるにしても急傾斜過ぎるだろう』


 のるふぇんの目が光るとは知らなかった。

 下り坂となっている先は曲がっているのか障害物があるのか、照らしてなお最奥までは見通せない。


「可能性はあるでしょ。サフェージュー! クリーン! 居るなら返事をしてちょうだーい!」


 わぁんと自分の声が響き渡る。それから暫く耳を傾けていたら、羽虫程小さな音が一瞬聞こえた気がした。


「今の――音が舞っただけかしら?」


「いえ、居ますね。間違いなくクリンの声です」


 人間の耳には届かなくても、ケットの鋭敏な耳にはしっかり捉えられたらしい。


『まさか、隠れようとしてこの傾斜を滑り落ちたのか』


「マキナでは、流石に入れないわね。ファティマ、ロープを取ってきて頂戴」


「分かりました」

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