第58話 ウィンウィンなお土産

「操縦系思考連動、伝達率95%。人工筋肉アクチュエータ、動作正常値」


 コンソールに流れるログを眺める。

 一瞬の為に必要とされる大量の演算。人体の器用さを失わないよう追従しつつ、機械的なパワーを発揮し、更には銃弾を跳ね返す装甲まで求められた、複雑極まる技術の塊。

 それをたかが2、3メートルしかない人型の中に押し込めて、戦争の為にコストも削ろうと言うのだから、改めて玉泉重工やカラーフラ・インダストリと言ったメーカーの凄さが感じられる。


「アルファ1、シミュレーションテストクリア。アルファ2、数値計測を続行」


『アルファ2、思考伝達分離良好。運動性低下度修正、マイナス05』


「跳躍推進開始。最大推力へ」


『最大推力確認。アクチュエータ負荷、許容範囲内安定』


 俺は小さく顎を撫でた。

 違う。技術を賞賛されるべきは、利を求めて国に擦り寄った、あるいは国そのものであるかのように振舞った企業ではない。

 無理難題の要求性能に立ち向かった技術屋や研究者だ。その中でも隣に居るのは、とびきりと言っていいような爺さんである。


『どうかね?』


「……この短期間でよくもまぁ」


『大したことではなかろう。ゼロから作り出した訳でもあるまいに』


「昔ならそうかもしれねぇが。いや、アンタに普通を説いたところで始まりゃしねぇか」


 カカ、と小さく笑う。このリッゲンバッハ一族を平凡の枠に収めるとすれば、人類の大半は出来損ないもいいところだ。

 むしろ、そんな存在であるからこそ、現代のような幼い文明の中でも可能性を見出すことができる。


「そういや聞き忘れてたが、瑪瑙は確認されたんで?」


『うむ。よもや翡翠の現地改修型などが見れようとは思わなんだがな』


 一応と送り付けたデータを、教授はしっかり確認していたらしい。産みの親である以上当然でもあろうが。


「爺さんの目から見て、性能面の強化はどうです?」


『翡翠の改良余地から考えれば、極端な差はあるまいよ。ただ、操縦系の信号伝達は人間とは異なる形に最適化されておる上、生命維持装置の機能が一部オミットされていたようじゃが』


「中身が違えばって奴か。あの野郎、よく青金なんかで勝てたな」


『それこそ中身の問題じゃろうて。天海君はマキナの操縦に順応した、一種の特異体じゃよ』


 特異体、という言葉にゾッとする。

 バイオドールによる操縦を根幹としていれば、確かに人間ほど重厚な生命維持制御は必要ない。言い換えればそれは、余計な物を積まなくて済むという意味でもある。

 恭一や井筒タヱ少尉の技量を思えば、技術屋が言う小さな差は、埋めがたい物として現れかねない。にもかかわらず、相棒は遥かに性能の劣るはずの青金で、瑪瑙を容易に下して見せた。


「実感はありますが、そんなに違うもんですかね? 機体性能の限界は決まってるでしょうに」


『機甲歩兵の不可解な点じゃな。思考制御系が組み込まれて以降、マキナの性能は額面と異なる様相が多く報告されている。しかし、不明瞭な性能曲線の変化は、文明が滅びるその日まで原因解明に至っておらん』


「企業には受けが悪かった、ってとこですか」


『むしろ不安材料だったじゃろうな。量産品がスペック表と異なる性能を見せたとなれば、それは半ば不良品のようなものよ』


 明瞭な答えなど出せるはずもない会話に、モニターの中で禿頭が苦笑を浮かべていた。

 今となっては、マキナの性能追及など不可能に等しい。仮に俺たちが、現代文明に古代技術を広げたとて、新たなマキナが生み出されるとすれば数世紀以上先になるだろう。であるなら、俺たちには関係のないことだ。

 コンソールから携帯端末へデータを送信して踵を返す。


『もうよいのか?』


「あんまり長いして怪しまれちゃ面白くないんスわ。こんだけの結果が見れりゃ十分ですよ。少なくとも、俺たちの考えを実行するにはね」


 ひらりと手を振って管制室を後にする。

 眼球などなかろうと、自分が見るべき場所はよく理解しているつもりだ。

 ちょっとしたサプライズも含めて、だが。



 ■



 小包を抱え、雑踏を行く。

 活況の市場に争いの影は遠く、各所で槌音こそ響けども、人々の表情に薄暗い雰囲気は見当たらない。

 王都ユライアシティは、先の戦乱から立ち上がろうとしている最中だった。


「発展途上国、というか、本当に中世期ね」


 屋台に並べられた見慣れない果物を横目に、井筒少尉はそんな感想を小さく零す。


「どういう意味ッスか?」


「何でもないわ」


 キョトンとするアポロニアからの問いかけに対し、彼女は短くそう答えたきり視線を前へと戻した。多分だが、説明するのが面倒臭かったのであろう。

 少尉は元々、よく喋るようなタイプでもなければ、ハッキリ言って人付き合いもよろしくはない。

 事実、中隊に所属していた時分から、教導隊の一匹狼がタヱちゃんと呼ばれるようになるまで、中々に時間がかかったものだ。


「おかしい?」


「いや、気にしないでくれ」


 昔を思い出していたせいか、知らず知らず表情が緩んでいたらしい。

 懐かしくもある冷たい半眼から逃れるように、僕は雑踏から抜け出して細い路地へと足を進めた。

 いつしか見慣れた、店と思えぬ店構え。立場は大きく変わったはずなのに、その雰囲気は全く変わることなく、人気のない影の中に消えたランプを吊るしている。


「ウィラ、居るかい?」


 キィと蝶番を鳴らし、これまた薄暗い店内へと足を踏み入れる。

 すると珍しく、カウンターの向こうに座る彼女を見つけた。


「あら――こんな時節にようこそ、変わったお客様。お久しぶりね」


 特徴的な白黒ツートーンの髪を持つ女性。キメラリア・アラネアのウィラミットは、何かを縫っているらしい。その手を止めることなく、首だけをぐるりと回してこちらを見た。


「久しぶり。しかし、こんな時節とは?」


「貴方達の持っている装いなら、この国の日差しくらいどうということもないでしょう? 服を求めない人は、誰も仕立て屋になんて近付かないものよ。何かを買い足しにきたのでなければ、ね」


「あぁ成程。確かにそれはそうかもしれないが――」


 まるで自分たちが持っている衣服の全てを把握している、とでも言いたげな口調だが、相手がウィラミットとなるとあながち冗談とも思えない。

 ただでさえミステリアスな女性ではあるのだが、服飾の話となるとなおのこと。自分たちが持っている服の全容を把握されていても、何の不思議もないのだ。

 何なら、こちらが衣類の購入目当てで訪れた訳でないことも感じ取れるらしい。彼女はカウンターに針を置くと、真っ黒なドレスの裾を揺らしながら、物音1つ立てずに立ち上がった。


「裏の案件、かしら?」


 ワインレッドの瞳が、ランプの灯りに照らされて薄く揺らめく。

 この店の中が彼女の空間だからだろうか。別段敵対している訳でもないのに背筋がぞわぞわと粟立ち、同時に自分の後ろで井筒少尉が密かに身構えるのを感じた。唯一、隣に並ぶアポロニアだけは呆れた表情をしていたが。


「違う違う。今日はお土産を持ってきただけだよ」


 突如流れた冷たい空気を振り払わんと、僕は慌てて小脇に抱えていた小包をカウンターの上へと下ろす。

 するとウィラミットは先ほどの雰囲気が嘘だったかのように、色白の顔にキョトンとした表情を浮かべ、小さく首を傾けた。


「まぁ、蜘蛛にお土産だなんて。本当に変わった人。一体どこへ行ってこられたのかしら」


「私用ついでの遺跡巡り、と言ったところかな」


 井筒少尉がホルスターにかかっていた手を下げたのにホッとしつつ、静かに小包を括っている紐を解く。

 動く手先の様子を、あるいはこちらの動きを、ウィラミットはまるで人形かのように、小さな笑みを湛えたままじっと見つめていた。妙に緊張してしまったのは、値踏みされているように思うからだろうか。

 咳払いを1つ。


「前に言っていただろう。古代の服飾関連の物があれば届けてほしいと」


 包みの中から現れたのは、テクニカに残されていた800年以上前に発行されたファッション誌。そして、短い期間ながらその内側で暮らしたであろう誰かの古着である。

 テクニカはガーデンと違い、実際にシェルターとして運用された実績があるからだろう。日用品の類の多くは、抗劣化装置の不調や故障によってボロボロだったが、一部には保存状態良好な品が見つかった。

 となれば、自分たちが着潰すよりも、約束を果たすべきだろうと言う事で。


「一応見つけた分を一式持って来たんだが――ウィラ?」


 視線を上げた先、白黒な蜘蛛の女性はただこちらを眺めていた。

 顔には何の表情も浮かんでいない。あるいは、無表情で固まってしまったかのようだ。

 それでも、暫く待っていれば、紅の塗られた唇が、震えるように動く。


「何が、望みかしら」


「はい?」


「貴方の望みはなぁに? お金? 身体? なんでもいいの。タダでなんて虫のいいこと言わないわ」


 まるで影のように、ウィラミットはゆらりとこちらへ向き直ると、まるで体をさらけ出すかのように両の腕をゆっくり開いてみせる。

 だが、そんな妖艶にも思える動きとは裏腹に、色白な頬には少女のような火照りを浮かべているではないか。

 特有の吸い込まれそうな色気とのギャップに、僕のような者は困惑するしかできず、彼女にしとりしとりと歩み寄られてなお、答えに窮していたのだが。


「仕事ッスよ」


 ペチンという音と共に、やん、とウィラミットの口から小さな声が漏れる。おかげでここまでの空気が一気に霧散した。

 背格好の差から視界の外だったアポロニアは、いつの間に自分の前へと回り込んでたのか。プラプラと振られる小さな手と、黒いドレスの胸元を隠すように後退するウィラを見る限り、どうやら軽く胸を叩いたらしい。


「居たのね子犬ちゃん」


「分かってて言うなッス。こっち」


 呆れたようにため息を吐いたアポロニアは、ウィラミットの細い腕を躊躇いなく掴むと、そのままズルズルと店の奥へ引っ張っていく。


「あら、あらあらあらら? 残念、今日は貴女なの? まぁそれならそれで可愛がってあげるけれど」


「き、気色悪いこと言うなッスよ! 自分はただ、頼む内容を伝えとくよう言われてるだけッス! だぁ、しなだれてくるなぁ!」


 騒がしい声はカーテンの奥へと消えていく。なんだかんだ、あの2人も仲がいい。

 ただ、ようやく落ち着いた空気が戻ってきたかと思えば、感情の乗らない冷たい声が背中に投げかけられた。


「随分なご趣味ね」


「彼女は誰に対してもああいう感じだよ。僕が特別なんじゃない」


「そうは見えなかったけれど、まぁいいわ」


 井筒少尉の目は疑わしげだったものの、掘り下げようという程の興味もないのか、軽く肩を竦めて話題を切る。

 ならば僕としても、敢えて微妙な空気を引きずろうとなど思えない訳で。


「君も採寸してもらってくるといい。今後、服が必要になることもあるだろう」


「そうね。ただ、そろそろ教えておいてくれる?」


 軽く腕を組んだ少尉の目は、先程と異なり純然たる疑問が浮かんでいる。

 懐かしい、と言えばいいだろうか。ブリーフィングの際によく目にした、真面目なタヱちゃんらしい顔だ。


「あの骸骨、何を企んでいるんです?」


「鋭いな。別に悪い話じゃないさ」


「だとしても、いきなり地雷原は嫌よ」


「現状、作戦は内容を極秘として進行している。サプライズだと思ってくれ」


 敢えて堅苦しい言い方を残し、僕はくるりと踵を返す。別に追及を避けたかった訳ではないが、ちょうどいい潮でもあろうと言う所。


「中隊長、どちらへ?」


「野暮用という奴だよ。適当に戻るから、アポロとウィラにはそう伝えておいてくれ」


「はぁ……了解よ」


 何を聞いても無駄だと思われたのか、あるいはそもそも興味を失ったのか。

 ため息に半眼の井筒少尉を残し、仕立て屋を後にした僕は、その足を町を囲む防壁の方へと向けた。

 目抜きを外れれば、町の外縁部に近いエリアは影のような場所が多い。いわゆる貧民街と呼ばれるそこは、バラックのような家々が所狭しと並ぶおかげで、陽の光が遮られて薄暗い。風通しも悪い為にじめじめとしていて衛生的にもよろしくないだろう。

 ただ、区画として整備されている訳ではない為、庶民街との明確な線引きはなく、僕は作りこそ古そうで周りも散らかっているが、バラックというには立派な建物の前で足を止めた。

 穴の開いた扉が、開け放たれたままの入口を静かに潜る。すると中から、鉄の香りと特有の熱気が伝わってきた。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいますか?」


 薄汚れたカウンターの前から、店の奥へと声をかける。

 すると間もなく、酷く億劫そうな様子で、日焼けした赤ら顔の小男がうっそりと姿を見せた。


「はいよ……ったく、妙に綺麗な言葉使いやがって。ここはお上向けの店じゃねぇ――ぞぉぁっ!?」


 だが、そんな様子も束の間。目が遭った途端、どんぐりのように大きな目がぎょろりと開かれ、手に持っていた小さなハンマーが床に落ちてカーンと音を立てる。

 継ぎ接ぎだらけの黒いエプロンを身に着けた男性。その見た目や態度から察するに、この人で間違いないだろう。


「すまない、身内から腕のいい鍛冶屋があると聞いてきたのだが」


「あ、あああアンタ、その黒髪……まさか英雄アマミか……っ!?」


「ただの客だよ。英雄はやめてくれ」


 周りを意識してか、敢えて声を殺して問うてくる店主。

 ファティマから教えてもらった通りというか。彼女の説明が手足をつけて歩き出したと言ってもおかしくないくらいのピタリ感に、僕が小さく苦笑を返せば、彼は慌てた様子でカウンターの前までドタドタと回り込んできて頭を下げた。


「こ、こりゃ失礼! だが、ここは普段安物の道具作ってる鍛冶屋だぜ。アンタみたいなのに使って貰えるような武具は置いてねぇが……」


「欲しいのは武器の類ではないんだ。とはいえ、あまり詳しくなくてね。少し知恵を貸りたいんだが、構わないか」


 キラリと銀に光るコインを1枚手渡す。それは客であることを明確にするためであり、同時にファティマが世話になったという話の謝礼も込めてのことだったが。


「お、おうおうおうおう! もちろんだ! 俺なんぞに答えられることならなんでも聞いてくれ!」


「助かる」


 たちまち商売人の顔になる鍛冶師の旦那。

 個人的には、下手に気取った店より、こういう手合いの方が話しやすい。今でこそ英雄だのなんだのとおだてあげられていても、元々の自分はただの兵士。富裕層でもなんでもないただの庶民に過ぎないのだから。

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