第12話 羽音の舞う町(前編)

 屋敷の影を走り抜ける。

 僅かな月明かりに暗視装置もなしでは、景色など僅かに輪郭が見える程度。

 だが、それはあくまで人間に限った話。縦1列となった僕らを先導するアポロニアは、優れた耳と鼻も駆使して、屋敷の門まで迷うことなくたどり着いて見せた。


「居るッスね。前左側、多分2つ」


「右側にもう1つです。お昼間のお酒が抜けてないんですか?」


「ん、んなわきゃないでしょうが! 酔いなんてバッチリ覚めてるッスよ!」


「静かにして。光が動いてる」


 呷られて反射的に噛みつこうとするアポロニアを、シューニャが手で制する。

 声に反応してか、ドローンは一瞬赤いレーザー光をこちらへ向けたが、壁越しの存在までは認識できなかったらしい。またくるりと方向を変えて、屋敷と市街地を結ぶ道の方を警戒し始めた。


「あの動き、自動警戒モードか?」


「じどう……鉄蟹くらっかぁのような感じ?」


「ああ、似たようなものだ。随分と綺麗な警戒網を作ってくれている」


 あらかじめ警戒範囲を設定するやり方は、複数機のドローンを同時に使用する場合に有効な手段ではある。

 ただ、気になるのはその配置だ。この町の構造が最初からインプットされていたのでなければ、状況に応じて操縦手が設定しなければならないはず。


 ――暴走した兵器、という訳じゃないのか?


 だとしたら何者が、何の為に、と疑問が後から湧いてきて、僕は思考に蓋をした。

 今考えるべきは、どうやって安全を確保するか。ただそれだけだと。


「アイツ、止まってるみたいッスけど、撃ち落としたらダメなんスか?」


 と、アポロニアは自動小銃を軽く掲げて見せる。


「この暗闇とこの距離を1発で撃ち落とせる自信があるならね。攻撃を受けたとなったら、一斉に集まって来るよ」


 自動操縦自動警戒なら、脅威判定も行っているはず。機体が攻撃を受けたという信号は、連携しているドローンに一瞬で伝達される。そうなれば、ハチの巣をつついたようになるのは目に見えていた。

 その様子はアポロニアにも想像できたらしい。ブンブンと勢いよく首を横に振ってみせる。


「あ、自分は無理ッス。絶対無理」


「でも、それじゃあ進めませんよね?」


「言った通りだよ。連中は攻撃を受けたら――」


 僕が言い切るより先に、南市門の手前で赤い閃光が夜空に輝く。

 タイミングよく始まったらしい。空中で炸裂する焼夷榴弾と、帯を引く曳光弾トレーサーに、ドローンが勢いよく飛び去って行く。


「タマクシゲを囮に?」


「キラービーは基本的に偵察や観測用のドローンだ。あれの搭載火力程度なら、たとえ爆装していても装甲車は抜けないよ」


 塀の向こうを覗き込みながら、シューニャは成程と呟く。

 眼前で警戒していた3機全てが、玉匣の居る南市門を目指し飛び去って行く。自動操縦だからこそ、脅威判定が最優先となっているのだろうが、これで警戒網には大きな穴が開いた。

 屋敷の塀を飛び出しても、こちらを狙ってくる者はいない。そのまま市街地へ入れば、市民たちが恐る恐ると言った様子で、窓から外を覗き込んでいる姿があった。


 ――武装していない相手には、積極的な攻撃をしていないのか。


 3人を先導して走りながら、そんな考えが頭を巡る。

 建物が燃えるでもなく、無差別に通りを銃撃するでもなく。暴走しているにしては、随分規律だった動きをしているような。


「そこの角を曲がったら、もう市門が見えるはず」


 シューニャの声に建物の壁に貼りついた。

 南北の門を繋ぐ目抜き通り。もしドローンの自動警戒が想像以上に賢いとすれば、最優先でここを見張るはず。

 だが、そう思って通りを覗き込んだ瞬間だった。


「っ! 後ろから新しいの! 1つ来ます!」


 ファティマの声にハッとして振り返る。

 建物の屋根上から飛び出してきたソイツは、玉匣への攻撃に向かっている途中だったのか、自分たちの存在に気付いて咄嗟に停止したらしい。ちょうど銃口をこちらへ急旋回させている所だった。


「んぇええいッ! この距離なら、やったるッス――うぐぇっ!?」


 咄嗟に伸びた腕は、運よくアポロニアの首をしっかりホールドできたらしい。

 地面を蹴って建物の角へと転がり込む。同時にファティマもシューニャを抱えて跳んでおり、その後ろを勢いよく銃撃が舐めていった。


「ひゅ……ご、ご主人、助かったッス」


 腕の中でもぞもぞと動く彼女の様子に、小さく安堵の息を漏らす。


「全く、いきなり身体を晒したまま撃とうとするんじゃないよ。怪我は?」


「お陰様で無傷、だと思うッス」


 結構、とアポロニアを離して立ち上がり、自動小銃を構えなおす。

 と、ほぼ時を同じくして、角を抜けてさっきのドローンが飛び出してきた。


「流石に見逃してくれないか! 走れ!」


 軽く毒づきながら、乾いた音を宙に木霊させる。

 だが、向こうもこちらの脅威度は解析済みだったのだろう。ドローンらしい急激かつ不規則な機動で、狙いを定めさせてくれない。

 逆に赤いレーザー光が確実にこちらを捉える位置まで伸びて来て、いよいよ僕が建物の扉に身体を投げようとした時。

 ガツンという音と共に、ドローンから火花が散った。それも結構な衝撃だったのか、機体は勢いよくバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられて部品が散らばった。


「あ、当たっ、た?」


「ッスか?」


 気の抜けたような声に振り返れば、ミカヅキを盾のように構えたファティマの後ろから、回転式拳銃オートリボルバーと自動小銃の銃口が覗いていた。


「お見事、よく当てたね」


「今の、自分、ッスかね?」


「わ、わからない。偶然だと思う」


 どっち、どっち? と顔を見合わせる2人。ファティマもわかりませんと首を振る。

 路地まで退避してから援護に転じたとすれば、狙いをつける時間など無かったのだろう。

 だが、奇跡だろうが偶然だろうが、結果が全てだ。僕はアポロニアの頭と、シューニャのキャスケット帽をくしゃりと軽く撫でた。


「わぷ」


「んぇ? な、なんスか?」


「助かったよ。偶然だとしたら、君らは幸運の女神様だ。急ごう」


 手応えがあまりにも無さすぎたのだろう。そう言っても彼女らはまだキョトンとしたままだったが、僕が走り出せばファティマが後ろから続き、2人も慌てた様子で後を追って来た。

 できるだけ、建物の軒下を隠れるように進む。だが、どうやら既に警戒は不要だったらしく、市門に至るまでに新たな敵は見当たらなかった。

 しかし、中途半端に開かれたままの門扉から外を覗けば、防壁の向こうは静寂とは程遠い。機銃掃射と対空射撃の応酬が近距離で繰り広げられ、そこに手榴弾による爆撃も合わさって、さながらロックフェス会場のような騒がしさに包まれていた。


「ダマル、市門に着いた。合流する、援護してくれ」


『来やがったな! チャフ、スモーク同時散布!』


 言うが早いか、車体側面の発煙弾スモーク・ディ発射器スチャージャーから、パパパと弾けるような音が鳴り、続いて滝のような煙が銀色の粉末を伴って車体を覆い、こちらにまで流れ込んできた。


「よし、行け行け!」


「はい!」


 耳のいいファティマが先導して、その後にシューニャ、アポロニアと続き、その背を僕も追いかける。

 煙に目鼻を塞がれても、エーテル機関の発する独特の音をケットの耳はきっちりと聞き分け、迷うことなく車両の後部ハッチへ辿り着いて見せた。


「遅刻だぜ盆暗共」


 転がり込んで一言、ダマルが砲手席のあるバスケットから髑髏を覗かせる。


「これでも、ふぅ……急いだほう」


「けほっけほっ、うー……目がしばしばします」


「煙撒くにしたって、もうちょい加減して欲しいッス」


「弾の雨が降ってこねぇだけ、ありがたいと思えよ」


 ようやく安全地帯に辿り着いたからか、女性陣は息をつきながら各々苦情を吐いていた。

 とはいえ、これでようやく反撃開始だ。

 僕は手早く戦闘服を脱ぎ、寝台の上に放り投げる。


「敵の様子は?」


「レーダーを信じるなら、玉匣に群がってるのと町に残ってる奴を合わせて10機居るか居ないかだ。東に逃げてるのは、弾使い果たして補給に戻ってる爆装の連中だろう」


「東にベースになる何かがあるのか。全部キラービーかい?」


「絶対とは言いきれねぇが、ここまでの攻撃を見てる限りじゃ、その可能性は高ぇな。ハイブ装備のマキナでも居るんじゃねぇの?」


 メンテナンスステーションの端末を軽く操作すれば、青い鎧が音を立てて背中を開く。空戦ユニットが取り払われ、武装も減らした機体はスマートに見えた。


「……無人機がドローンを操作するなんて、聞いたこともないが」


「俺もねぇよ。普通なら演算能力不足で落ちるだろうからな。だが、原始人共に扱える装備とも思えねぇ」


 自分の背格好に合わされたインナーパーツに身体を添わせれば、搭乗者を認識した愛機は背中を閉じ、ヘッドユニット内に今は亡き玉泉重工のロゴと、GH-M400Tという軽式番号を浮かび上がらせる。

 機体装備表示。手にはハーモニックブレードを着剣した突撃銃、腰には近接用補助装備となる特殊合金長刀を腰に、脚部には小型擲弾ポッドが映し出された。


『なら、またアラン君みたいなタイプだと?』


「じゃなきゃ、シンクマキナみてぇな頭でっかちだろうな。前とおんなじ奴が居たら、今の武装じゃ打つ手なしだぜ」


 全くだ、とシステムチェックの画面を見ながらため息を吐く。

 今の自分の身体では、リミッターを解除した機動戦闘に耐えられない。リッゲンバッハ教授から口酸っぱく言われたことだ。

 起動シークエンスが終わり、モニター上に外の様子が映し出される。その中心にあったのは、不安げにこちらを見上げるシューニャの顔だった。


「……キョウイチ」


 彼女は僕の名前を短く呼んだ後、何かを言いかけて黙り込む。

 本当なら、マキナを着装することさえ、反対したかったのかもしれない。だが、環境がそれを許さないことも理解していて、無表情の裏から言葉にできない葛藤が滲んでいた。

 シューニャだけではない。ファティマもアポロニアも、何も言わないままこちらをジッと見つめている。この場に居れば、マオリィネもポラリスもそうだっただろう。

 皆にこんな顔をさせたいわけじゃない。だからこそ、僕は機と相棒を信じ、証明してみせねばならないのだ。


『無理はしないよ、約束する。シューニャ、ドライバーを頼む。ファティとアポロは、車内モニターで周辺警戒を。キラービーの排除ができるまで、外には出ないように。ダマル、後のことは任せるよ』


「おう。戦果を期待してるぜ、大尉殿」


 コツンと装甲を骨の拳が叩き、各々が見送るように頷き返してくれる。

 それに応えるように、翡翠が甲高い機関音を響かせた。


『戦果、任されよう。エーテル機関、戦闘出力安定。出撃する!』

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