第14話 輸出用

「アオガネ?」


「って、なんですか?」


 バスケットの向こうから、ケモい系女子2人からそんな疑問が飛んでくる。

 キラービーの攻撃にさらされる中、下手に外へは顔を出せない以上、ファティマとアポロニアは少々手持無沙汰なのだろう。


「黒鋼の輸出仕様だ。衛星国向けのモンキーモデル。言い換えりゃ、性能を落とした安価品って奴さ。よっしゃ、こいつでラストだ!」


 敵のレーザー光を照準し、主砲であるチェーンガンのトリガを引いた。

 シャルトルズに備えられた対空戦闘用の自動照準追尾機能は800年前、マニュアル操作の方が当たるだとか、開発費用の掛かったカウンターウェイトだとか、インターフェースのお荷物だとか、散々な言われようだったことを覚えている。だが、実際使ってみると、ドローンの奇抜な軌道をしっかり追尾できており、砲手など専門外であるはずの俺でも、適当に有効打を叩き込めていた。

 囮役として逃げ回り始めてから、ざっと5分少々。レーダーに映る最後の1機をフランベし、俺が歯の隙間から、ふぃーと息を漏らした所で、玉匣は車体を揺らして暗い道端に停車した。


『これで終わり?』


「多分な。相手の親がビーハンター装備のマキナなら、10機も運用してりゃ多い方だぜ」


 無線から流れたシューニャの声に適当な答えを返しつつ、俺は砲手席から骨身を引っこ抜いてバスケットを出る。


「飛んでるから危ない気もしましたけど、思ったより弱っちいんですね」


「しかも今までの奴より安物ってことなら、ご主人の方も心配なさそうッス」


「奇襲に失敗した時点で、心配なんていらねぇだろ。あの面長スケコマシにかかりゃ、貴重なスクラップが増えるだけだ」


 顎をカタカタ鳴らし笑いながら犬と猫の間を抜け、後部ハッチを押し開く。

 そこで俺は、表情の出しようがない髑髏から笑い声を消した。


「そんでも、気がかりなこともあらぁな」


 目の前には墜落して炎上しているキラービー。装甲など持っているはずもない玩具が、焼夷榴弾の直撃を受けたのだから無理もない。

 砕け散った小さな樹脂の欠片を拾い上げ、俺はそいつを炎の灯りにかざしてみる。

 無論、それはただのゴミでしかないのだが。


「気がかりとは、トリシュナー邸が最初に狙われたことではないの?」


 視界の片隅に映り込んだ錦紗の頭。彼女はこちらを見ておらず、俺もまた振り向かないまま小さく頷いた。


「それもある。ただの暴走した無人機なら、戦略的な思考なんざできやしねぇ。それどころか、ドローンなんて複合的な装備運用できてる時点で、正直意味がわからねぇぐらいだからな」


「他に何が?」


「青金は輸出用だっつったろ。企業連合軍で運用された実績はねぇし、民間向けにも卸されてねぇ。だが、現在地を昔の地図に透かしてみりゃ、ここは間違いなく企業連合の主要領土だ」


 リビングメイルや野良という言葉がある以上、現代では暴走したマキナが唐突に町村や街道に現れることもあるのだろう。

 だが、機体が運用された背景を知っていれば、そこに余計な疑問が挟まってくるものだ。俺は樹脂の破片を炎に投げてから、ゆっくりとシューニャへ髑髏を向けた。

 彼女が俺の言いたいことを、どの程度理解してくれたかは分からない。ただ、何やら少し考えた後、考えが纏まったのか、カクンと首を傾げた。


「偶然、という可能性は?」


「無くはねぇが、それだけで片付けるには怪しい話だぜ。こりゃ調査してみた方が――」


 いいだろう、という声は出なかった。

 聞こえたのはガキンという鈍い音。ハンマーか金属バットでも叩きつけられたような感覚に、視界がぐるりと回って暗転する。

 シューニャが俺の名を叫んだ気がしたが、それもハッキリとは聞き取れなかった。



 ■



 突撃銃の弾幕が正面から迫る。

 それを左右に機体を振って躱しつつ、ブースターの勢いも借りて一気に距離を詰めた。

 ハイライトされたマットグレーの敵機がモニターに大きく映りこむ。その外見は、肩に大型の箱型装備ドローンハイブを備えている以外、自分も良く知る黒鋼と瓜二つである。


 ――戦闘用装備は最低限。本当に無人機だけで組まれた偵察部隊なのか?


 躱しきれなかった高速徹甲弾が肩装甲に火花を散らす。だが、被弾警報は響くことなく、僕は膝を曲げて機体を低く沈め、そのまま弾かれたように突進した。

 モニタの中で大きくなっていく青金は、前腕部を覆う小型シールドを前に射撃を続けていたが、こちらに相手の真似をして無駄弾ばら撒いてやるつもりはない。

 着剣状態の突撃銃を正面に、深く踏み込む1歩。飛び掛かるように横凪ぎに振るえば、敵の突撃銃が真っ二つに斬り飛んだ。


『浅いか。対マキナ戦闘、鈍ってるな』


 青金は衝撃によろめきながらも、玉泉重工のオートバランサーに支えられて踏みとどまった。だが、転倒回避の為の自動補助がかかった後に起こる、アクチュエータの硬直という僅かながらも大きな隙を僕は良く知っている。

 きっと青鋼のアイユニットは、迫りくる刃を映していたことだろう。それから間もなく、高速振動する技術の刃が、赤い光を宿す頭部を貫いた。


『次――!』


 発砲の衝撃を利用して銃剣を引き抜き、膝から崩れ落ちる敵機の陰に翡翠を滑り込ませる。すると瞬く間に、青金の装甲を火花が走り抜けた。

 味方と絡み合っている敵を攻撃することを、プログラムが躊躇っていたのか。援護射撃をするには遅すぎる。散開したおかげで連携も微妙であることも加えれば、数の有利もあってないようなものだ。

 撃破された青金から小型シールドを奪い、空いた左腕に装備。壁となってくれた残骸を押しのけ、接近してきていた次の敵を目掛けて跳ぶ。

 装備は先ほどと同じビーハンターパッケージに突撃銃という偵察型。動きも無人機と思しき単調なもの。

 盾に傾斜が着くよう構えれば、飛んできた銃弾が火花を残して散っていく。正直、使い慣れた装備ではないが、それでも過去に触った僅かな経験を身体が覚えているらしい。

 大樹の幹を蹴っ飛ばして軌道を変え、ちょうど敵機の頭上を越えるように宙で機体を翻す。

 狙いは至近距離を通過する瞬間。僕はトリガを短く引いた。

 ダダダと3回連続した銃声が響き、首元の薄い装甲が剥がれ抉れる。

 着地と同時に、残心をするように振り向けば、首のフレームを破壊されて全身を弛緩させた残骸だけが残されていた。


『次が、最後!』


 ガサリと頭上で木が揺れる。

 そいつはきっと、一撃必殺のタイミングを見計らったつもりだったのだろう。こちらの視界が切れた途端、大上段から飛び掛かるように着剣状態の突撃銃を振りかぶってきたのだから。

 無人機らしからぬ、大袈裟な機動ではある。だが、視界が切れていても位置を把握していないと考えるのは浅はかが過ぎるだろう。

 突撃銃をその場で投げ捨て、左腕の盾を前へ、右マニピュレータで左腰装甲に外付けされた柄を握りこむ。その姿勢のまま僕は機体の上半身を左へ大きく捻った。

 力を込めて振りぬいた盾は、迫っていた突撃銃の腹を叩き、それに押されて銃剣の軌道が大きく逸れる。同時に右手が引き抜いた対機甲軍刀の刃が、居合のような格好で敵機の胸部装甲の正面にぶつかった。

 耳元で響いた銃声は、青金のマニピュレータがトリガを握りこんだまま固まったからだろう。銃剣共々、こちらのヘッドユニットからは拳1つ分以上離れた位置にあり、森の土を僅かに耕すだけで、両断された胴体は音を立てて地面へ転がり、それきり夜の帳に静寂が戻った。


『エーテル機関の緊急停止を確認。汚染反応、なし』


 我ながら、上半身から敵機を真っ二つにするなど、全くスマートじゃないなとため息をつく。咄嗟の動きだったとはいえ、誤って主機関を叩き切ってしまえば、派手な爆発を起こしたりエーテル汚染を引き起こす可能性だってあるのだから。

 尤も、エーテル汚染耐性の高いとされる現代人からすれば、大した問題でないかもしれないが。


『しかし、なんだったんだろうか? 野良のマキナが武装して隊伍を組み、挙句ドローンで町を襲うような真似をするというのは』


 リッゲンバッハ教授の作った暴走プログラムは、果たしてどれほど優秀なのか。シンクマキナが居ない状況でもこれだけ柔軟な動きができるとなると、仮に文明崩壊があと5年10年と遅ければ、機甲歩兵という仕事は人間の手を離れていたかもしれない。


『……ん? このシンボルマークって――』


 暗視モードの中で浮き上がった紋章に、僕は周囲に敵反応がないことを確認してから、倒れ伏した青金の装甲に手を伸ばす。

 白く刻まれた形には覚えがある。最後に見たのはどこだったか、と思考の海に潜りかけた矢先。


『キョウイチ! 聞こえる!? すぐに戻って! ダマルが、ダマルが!』


 無線からキィンと響いた声はシューニャのもの。しかし、あまりに普段とはかけ離れた声色が、彼女の混乱を色濃く伝えていた。


『落ち着くんだシューニャ。何があった』


 自然と機体を玉匣の居るであろう方向へ向き直らせる。相棒に何があったのかと、表情を強ばらせ。


『ダマルが、撃たれた!』


 考えたくない事態を告げられ、僕は反射的に地面を蹴っていた。



 ■



 息が荒い。

 タマクシゲの中に転がり込んだ私は、どういう理屈なのか、人の形を留めたまま喋らなくなった骸骨を前に、無線からの返事を待っていた。

 救いがあったとすれば、ザラつく彼の声が、酷く落ち着いたものだったことだろうか。


『敵の情報と、ダマルの容態を。わかる範囲でいい』


「そ、外に出ていた時に撃たれたから、暗くてよく見えなかった。ダマルはタマクシゲの中に引っ張り込んだけど、倒れたままで返事がない。骨は、傷ついてないと思うけど」


『了解、すぐに戻る。できるだけ交戦は控え、退避を優先するように。新しい情報がわかれば、逐一報告を』


「わ、わかった」


 それきり、ファティマの胸から流れていたキョウイチの声は聞こえなくなる。

 これまでの経験から、ダマルが簡単に死ぬとは思えないが、それも絶対ではないだろう。

 しかし、動揺するまま蹲っている訳にも行かない。私は守られたようなものなのだから。

 深呼吸を1つ。不規則にうるさい胸の音を押さえ付け、震えそうになる身体をよろよろと立ち上がらせた。


「指示は聞いた通り。アポロニアはホウシュをお願い。ファティはダマルを診てて」


「こ、このまま逃げるんスか!? ダマルさんが撃たれたんスよ!?」


「今はとにかくキョウイチの指示に従う。相手がなんであれ、タマクシゲを壊せるような武器は早々持っていないはず」


 ダマルを撃ったのは、間違いなくジュウの類だった。それを扱う存在というだけでも、私たちからすればどうしようもない程の脅威だが、神代の品である以上、その希少性は私の理解から外れることは無いだろう。

 ただのジュウしか持っていないとすれば、タマクシゲの装甲を貫くことはできない。そう思っていたから、私はふらつく足元のまま運転席へ滑り込み、胸を押さえて息を整えていたのだが。


「……本当にそうでしょうか?」


「ファティ?」


 通路から後ろを覗き込めば、彼女はこちらに背を向けたまま、くるくると耳を回し、どういう感情なのか、ブンブンと大きく尻尾を振っていた。


「なんだか、聞き覚えのある音、です。まきなとは違う感じですけど」


「それってどんな――」


 私は前へと向き直り、発車のための準備をガチャガチャと整えていた。


「ッ! シューニャ! すぐ走ってください!」


 ファティマの大声に、私は呆気にとられたものの、それも一呼吸分。何を、と聞き返すこともしないまま、咄嗟にあくせるぺだるを踏んでタマクシゲを唸らせた瞬間。

 後部ハッチの僅か後ろを、聞き覚えのある風の音が通り過ぎ、ほぼ同時にすぐ側の果樹から爆炎が吹き上がった。


「ほぎゃーッ!? い、いいい、今のってまさか、ッスかァ!?」


 爆風に揺れた車内でも、アポロニアの声はよく響く。

 直接扱っていた彼女だからこそ、その音も威力も身に染みて覚えていたのだろう。


「掴まって!」


 奥歯を噛み込んで、一気にタマクシゲを加速させる。

 1発目が外れたのは、ただ運が良かっただけ。大型船を吹き飛ばすような武器を直撃されれば、タマクシゲだって無事では済まない。


 ――でも、足ならこっちに分があるはず。


 タマクシゲに追いつけるようなものなど、私はほとんど思いつかない。それこそ、動きの速いミクスチャや、空を飛ぶまきなでもない限りは。

 しかし、そんな想像は一瞬でかき消された。


「敵見えました! 人種の影が追いかけて来てます!」


「ひ、人がタマクシゲを追ってくるの!? そんなに速く走るなんて、カラでも難しいはずなのに!」


 一瞬後ろをみたせいか。車体が道から僅かに逸れ、1段低い畑に片方の履帯が落ち、木の柵がバキバキと音を立て砕けていく。

 それでも速度を落とす訳には行かず、タマクシゲの中は大いに揺れた。おかげで、物言わぬ骸骨がカラカラと音を立ててウンテンセキの脇まで転がってくる。


「シューニャ! 落ちます、落ちてますってば!」


「わ、わかってる!」


 グリグリとハンドルを動かし続けていれば、ようやくドカンと音を立て、街道の上に車体が戻る。

 それでも、胸を撫で下ろす暇を敵が与えてくれるはずもなく、すぐさま雨のように装甲を叩く音が響き渡った。

 これに痺れを切らしたのがアポロニアである。


『ええいくそ! パカパカ撃ちまくってくれやがってぇ! 自分だって、シュホウをぶっ放すくらいできるんスからねぇ!』


 無線の向こうで彼女は吠えると、ぐるりとホウトウを後ろに回して狙いを定める。

 だが、最初のホウダンが吐き出されるより早く、ムセンから聞こえてきたのは、地の底から響くような声だった。

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