第47話 偽物闊歩

 静かになった恋人達をキャビンに残し、コックピットのドアを潜る。


「どうだ?」


 並列複座サイドバイサイド方式のパイロットシートに声をかければ、どちらもキャノピィから目を離さないまま、言葉だけを返してきた。


『機体各部に異常はない』


「外も静かなもんだね。まぁ、こんな馬鹿でかい鉄の塊を落とせる奴なんて早々居ないと思うけど」


 現代文明の兵器では、という意味ならその通りだろう。大型の投石機が奇跡的に直撃でもしたら分からないが、クロスボウやバリスタ程度では損傷を与えることも難しいはず。

 そもそもの話、洋上で攻撃を仕掛けてくる相手など、古代兵器を扱うような連中以外居ないだろうが。


「それより、心配なのはテクニカの方だよ。アタバラ達だけで大丈夫かなぁ」


 ルウルアはそう言って、複雑そうに腕を組む。

 テクニカに残っているキメラリア達は、最低限兵器類を扱える程度の訓練こそ積んでいるものの、誰もが現代文明の産まれであり、800年前の正規軍部隊とぶつかるには、戦術面でも技量でも心もとない。有事にはB-20-PMの本体がアタバラ経由で指揮を執るだろうが、それでも自分たちが抜けたことによる戦力低下は、とても埋められないだろう。

 作戦は成功しても、帰る家がなくなりました、では笑い話にもならない。だが、そうなる可能性がゼロでないことを、僕はよく理解している。


「安心してくれ。万が一に備えて、増援を頼んである」


「えっ? アマミ達って、これで全員じゃないの?」


 余程僕の言葉が意外だったのか、パッと振り向いたルウルアは目を丸くしていた。


「少数精鋭なのは認めるよ。だがまぁ、虎の子もあるってことさ」


「隠してたってことね。もうちょっと信用してくれても良くない?」


「B-20-PMには伝えていたさ。君に言い出すタイミングがなかっただけで」


 ふぅん、と湿り気のある半眼を向けられる。

 別に隠すような話ではなく、自分の言葉に嘘はないのだが、どうやら信じては貰えそうにない。

 どこか責めるような視線から逃れるべく、僕は咄嗟に話題を切り替えた。


「そういえば、興味本位から1つ質問させてもらいたいんだが、構わないか」


「ん? ウチのこと?」


 途端にキョトンとした顔になる。まるで、自分の事を聞かれるなんて夢にも思わなかったかのようだ。

 少なくとも、僕はそこまで薄情に生きてきたつもりはないのだが。


「ああ。ポリプの遺伝子を人間の物で上書きすると言っていたが、ルウルアも元は人間だったのかい?」


『セキュリティレベル3、ログの開示を許可』


 質問内容が何かに触れたらしく、今まで沈黙を貫いていた機長が唐突に口を開く。


『答えは否だ、大尉。CC5G系ポリプは、テクニカにおけるマキナ暴走事故後、残されていた人間の遺伝子マップを基礎として発生したグループであり、現在は32号ポリプが唯一、正常な生命活動を維持している』


「他は失敗したのか?」


『1号から31号ポリプは、経年による細胞崩壊や想定外の細菌感染、エーテルの過剰暴露による奇形変異など、様々な要因で廃棄せざるを得なかった。中には保管されていた人間や動物の受精卵を捕食し、暴走的な変異を起こした個体も存在する』


 ふいに、嫌な感覚が背中を伝った。

 ポリプが人と融合することによって起こる変化、ないしは進化をB-20-PMは観測しようとしていた。そしてその中に暴走的な変異を起こし、廃棄された個体があると。

 バイオドールの発言に言葉以上の意味があるとは思えない。では彼の言う廃棄が、殺処分とイコールでなかったとしたら。


「……まさかとは思うが、焼けた大地に暮らすナナフシのような奴は」


「チーのことなら、それが正解。同族の成れの果てって奴ね。会ったことあんの?」


「まぁその、少しな……」


 あまり思い出したくはないが、確かにあの巨大ナナフシ共は、自らをチーだのなんだのと呼んでいた気がする。

 だからこそ彼らは、人間と交わることを求め、結果的に種として強くなれると信じていたのかもしれない。培養コンテナが大量に放棄されていたのも、あるいは。


『J型キメラリアはその特異性から、非常に不安定な存在だ。しかし、CC5G32は肉体面、精神面共に高い安定性が認められており、次段階実験への期待も高いのだが――』


「僕はやらんぞ。ルウルアは、ルウルアであるべきなんだから」


 想像だけで頭が痛くなりそうな話だと、被せるようにB-20-PMの言葉を遮る。

 だが、振り払うように言い放ったセリフをどう思ったのか、ルウルアはまた意外そうに目を瞬かせると、何やら悪戯っぽく顎に指を添わせた。


「へぇ? もしかして、ウチのこと口説いてんの?」


「い、いや、僕にそんなつもりはなくてだな。ただこう、生物の進化というのはもっと自然にあるべきだと思っただけで、誤解しないでくれ」


 青い瞳はきっと、からかって楽しむことだけを考えていたに違いない。おかげであらゆる言葉が言い訳がましくなってしまった。


『応用的な入力を検知。興味深い話だ。CC5Gグループは、生存している人間の直接的な進化を命題とし、遺伝子投入による同化実験を繰り返してきたが、J型キメラリアと人間との自然交配による子孫形成は行っていない』


 挙句、感情を一切考慮しない発言をする奴も居たりする。しかも骸骨とは違い、冗談を一切挟んでいないあたり非常に質が悪い。


『大尉、この場合の協力は――』


「やらないからな」


「否定早っ! ちょっとぉ、それは流石に傷つくぞー」


「心にも無いことを言うもんじゃないよ。もっと自分を大事にしなさい」


 ぶー、と頬を膨らませて見せるルウルア。庇護欲を焼いてくるようなあざとさに、僕は子どもをあしらうようにして目を逸らした。


『残念だ。しかし、新たな可能性は生まれた。研究補助用であるB-20-PMは、与えられた命令を元にした実験内容を繰り返す以外の、いわゆる応用手段を策定することが難しいのでな』


 人間としては馬鹿馬鹿しい話。それでも、人間をサポートするために生み出された人工知能にとっては、死活問題とも言える内容だったのだろう。

 B-20-PMに感情があるかどうかは別として、僕には何となく、彼が与えられた目標に対する可能性を必死で探っているように思え、ため息がてらに自分の考えを吐き出した。


「自由恋愛を推奨するよ。自然に生きる中で変化していく姿を見守ることにも、実験の意義はあるだろう」


『助言に感謝する。検討させてもらおう』


 本気らしい発言に、なおのこと頭が痛くなる。

 元々単一の機体で主体的に活動することを目的に作られていないからだろうが、柔軟性の無さは欠陥と呼んでもいいレベルに思えてならない。

 その上、もう1人の当事者であるクヴァレの女性は、何を考えてかうーんと唸っていた。


「ジユウレンアイ……考えたこと無かったなぁ。ね、誰かイイ人知らん?」


 表情筋が顔中に皺を作った気がする。

 これまでに見てきた雰囲気から、ルウルアは他者とのコミュニケーションを面倒臭がる性質だろうと思っていたが、どうやら恋愛に関してはかなり積極的らしい。あるいは、研究結果を見せることが、自らの存在意義と考えている故の発言か。

 どちらにせよ、僕には肩を竦めることくらいしかできないのだが。


「わざわざ僕なんかに聞かんでも、テクニカには男性も沢山居るだろう」


「そりゃそうなんだけど、ウチってほら、建前は巫女様じゃんか。そういう畏まられ方しちゃうと、好きとか嫌いとかって雰囲気にはなかなかなれんっしょ」


「悪いが人選ミスだ。そういう話に僕は不向きだよ」


「3人も女の子はベらせてんのに?」


 あまりにも鋭利な言葉が突き刺さる。肉体に傷を負った訳でもないのに、血を吐くのではないかとさえ思った。


「い、言い方……まぁその、僕が外からどう見えているかは知らないが、中身は恋愛ど素人もいいとこなんだ。察してくれ」


 ジトリ、とさっきよりよほど湿度の高い視線に睨まれる。

 それは心配しているような、呆れているような、なんとも複雑な重みを持っていて。


「はぁーん? そりゃシューニャも苦労する訳だ。相手に甘えてばっかいないで、ちょっとは努力しなよ」


 最後にしっかりと、容赦のない止めの一言を叩き込んでくれたのだった。


「……オッシャルトオリ、デス」



 ■



 画面出力遮断。

 そう表示されているのは、彼女が映すのを憚られる場所、あるいは状況に居るからだろう。


「いやー、再出撃の前に悪いね」


 男の軽い声に、文字だけが浮かぶ画面からは、小さなため息が返って来る。


『こんなタイミングで呼び出すのだから、それに見合った価値のある話なんでしょうね?』


「勿論だよ。いや、多分くらい、かな? きっと」


『切るわ』


「冗談冗談冗談! すぐ終わるから、ねっ? 一生のお願い!」


 彼女は笑わない。軽快に回る口の男と対照的に、会話することすら億劫だと感じている程、そこには他者を拒絶する意思が現れていた。

 しかし、その一方で憐れみと言うべきか、はたまた情と言うべきか。そんなものも同時に持ち合わせているらしく、モニタへ向かって男が手を擦り合わせていれば、暫くの沈黙を経た後、彼女は再び小さくため息を吐いた。


『……何』


「さっきC-54-002のビーコンを検知したんだよ。君の忘れ物だろう?」


 聞く必要なんてない。C-54-002は間違いなく、彼女の部隊に所属していたバイオドールなのだから。

 それでも敢えて確認すれば、女性の声は少しの静寂を挟んだ後、そうね、と返した。


『だとして、まさかバイオドールがストークスを奪還して、自力で離脱してきたとでも?』


「有り得ない話じゃないよ。実現確率の低さはともかく、鹵獲から免れるってのは、兵器として重要なプログラムだしさ。マハ・ダランは収容を決定しているみたいだけど」


『貴重な戦力が戻ってきたのなら、それでいいでしょう。一生のお願いって、そんな報告?』


 沈黙。

 男はその後に続く言葉を先に考えてはいた。しかし、何か断定的な女性の物言いを聞いた時、考えていた内容をゴミ箱の中へ捨てたのである。


「まぁ、それだけっちゃそれだけなんだけど。うん」


『……そ』


 短い返事を最後に、文字だけが浮かんでいた画面は、どこかの部屋の映像に切り替わる。

 何のことはない、ただの防犯カメラ。その管理モニタの前で、男は1人ギィとコンピュータチェアの背もたれを鳴かせていた。



 ■



 鳴り響く警報音。

 降下率が大きいシンクレート降下率が大きいシンクレート機首を上げろプルアップ機首を上げろプルアップ

 墜落の危険を知らせるそれらを、僕は静かに棺桶の中で聞いていた。


『トリセディ管制よりC-54-002。ユニット013に墜落の危険を検知。直ちに高度を取り、規定の空路へ復帰せよ』


『こちらC-54-002。機体システムにエラー発生。エンジン推力が低下。墜落回避のため、カーゴ内物資投棄の許可を請う』


『申請を承諾。機体の保持を最優先とせよ』


『了解、後部カーゴランプ解放。コンテナ01及び02、リニアレールによる強制パージを実行』


 カーゴランプの動作を知らせる警告灯が、視界を黄色く染め上げ、外から吹き込む暴風に晒された固定具が、あちこちでガチャガチャと音を立てていた。

 それも束の間。ステーションに固定された青金の前を、無骨なコンテナが火花を散らし滑っていく。


 ――分かっていたが、かなりの無茶だな。


 分厚い鉄の箱は何も言わず、墜落寸前まで高度まで落とした輸送機ピギーバックの後ろから、暗い海面へ向かって落下していった。

 重石を捨てたからか、機体は一瞬大きく傾いだものの、どうやら推力が勝ったらしい。


『パージ成功。機体の安定を確認。以後、有人操縦系を利用した直接操縦に切り替える』


『直接操縦への変更を許可する。Nライン、アプローチコース、クリア。デッキ04に着陸せよ』


『了解。ビーコンに従い進入する』


 一旦本来の航路へ戻った機体は、大きく旋回しながら高度を落としていく。

 その途中、開きっぱなしになったランプから、洋上に浮かぶ施設の全景が見えた。


 ――これが、トリセディか。


 3Dデータを見て理解していたつもりだったが、想像していたよりも規模が大きい。加えて、とても民間施設に偽っているようには思えなかった。

 上部には4つの離着陸デッキとエレベーターを備え、その脇には知らされていたよりも多数の火砲が空を睨み、警戒に出ているらしいマキナの姿もちらほらと見える。

 その上、ちょうど飛び立っていく同型機の5機編隊まで目に入れば、一体何と戦うつもりなのかと考えてしまうのも当然だろう。テロ対策にしても、費用対効果に見合わない豪勢さだ。


 ――今のが第2次攻撃隊でないことを祈りたいが、どうにせよ、そう時間はなさそうだな。


 先の戦闘において、確認されたマキナ輸送機ストークスの数は2機。それだけの戦力でも、自分たちは守りに徹してギリギリだった。

 もしあの編隊がテクニカを目指しているとすれば、攻撃開始前にこちらの始末をつけなければ、甚大な被害は避けられないだろう。

 レーザービーコンに従って下降する機体の中、僕は静かに呼吸を整える。

 自分は、できることをするだけだと。

 耐熱塗装をタイヤが撫で、けたたましいエンジン音が息をつく。

 どうやら無事に着陸したらしい。コックピットのドアから、C-54-002ボディが顔を覗かせた。


『大尉、準備を頼む』


『了解。暗号化されていない通信系の一切を切断。制御系をパイロットからシステムに移行。待機モードへ移行する』


 システムが自分の身体から切り離されていく。

 手足のように動かせる鎧は固くなり、やがて視界や音声ラインだけを残し、青金との繋がりが失われた。

 それから間もなく、外部接続という文字がヘッドユニットの中へ浮かび上がる。


『接続の確立に成功。機体の制御権限を取得――これでその青金は、何者が見ても無人機だ』


 自分の意志とは関係なく動きだすマニピュレータ。メンテナンスモードでならば何度か経験もあるが、実戦前としては流石に落ち着かない。

 己の判断で咄嗟に動けない、というのは、実戦経験があるからこそ余計に恐ろしいものだ。


『エレベーターリンク、下降開始』


 和音調の警報音に合わせ、デッキのエレベーターは下り始める。洋上施設と言うだけあって深く潜ることはなかったが、それでも発着デッキの下に大規模な駐機場を設けるなど、民間施設なら道楽そのものだろう。


『トリセディ管制よりC-54-002。積載物の詳細データを送られたし』


『こちらC-54-002。機体の無線通信系に異常が発生している。連結された牽引車への直接データ転送を要求する』


『承諾する。D-50-0339、ポートを開放せよ』


『D-50-0339、了解』


 データの転送と言う言葉に体が強張る。

 だが、微かに機体が揺れ、見えない牽引車によって移動が開始されても、外が騒がしくなる様子はなかった。


『どうやら……気付かれてはいない、か』


『ここまでは想定通りだ。そして、もしマハ・ダランが当機と類似した思考パターンならば――』


『マハ・ダランよりC-54-002。輸送品データの正確性を問う』


 先ほどまでのバイオドールとは明らかに異なる、合成された男性の声。


 ――まさか、直接のお出ましとは。


 こちらの差し出し物に、余程お熱という事だろう。人工知能が何を目指しているのかは知らないが。

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